創業80年の大衆食堂松島軒

No.05

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黄色いカレー&出前は家の中まで
創業80年の大衆食堂は、すべてが昭和だった

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高崎市役所や高崎市美術館、そして高崎公園といった高崎市のランドマークに囲まれた市の中心街の一角に店を構える中華料理店「松島軒」。創業は昭和12年と古く、戦前から市民たちの胃袋を満たしてきた名店として多くの人たちに愛されている。なかでも、当時からメニューにある、絵に描いたようにキレイな黄色をしたカレーが絶品なんだとか。絶メシ調査隊は、そんな魅惑の一皿にありつこうと猛ダッシュで店へと足を運んだ。

(取材/絶メシ調査隊 ライター高柳淳)

絶滅したと思われた「黄色いカレー」を発見

写真ライター高柳

「こんにちは! 絶メシ調査隊員に加入後、リサーチのため絶品グルメを食べ続けていたら5kgも太ってしまった高柳です。日に日にだるまのように丸くなっていくボディにもめけず、今回向かったのは黄色いカレーで知られる『松島軒』さん。さっそく店内に入ってみたいと思います!」

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「おう、キャメラマン! 痩せて見えるように撮ってくれよな!」と言って撮ってもらった一枚

店内は市の区画整理のタイミングで建て直しているため、老舗ならではの古めかしさはない。しかしカウンター5席、テーブル10席とこじんまりとした店内は、昭和の風情を感じさせるに十分。

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ラーメンも豊富な種類が用意されている。ご飯ものもカレーの他、カツ丼やチャーハンや親子丼も。いかにも人気の「街の食堂」というラインナップ

そんな松島軒で現在、店主を務めるのは、3代目の木内健太郎さん。28歳のときに店を継ぎ、約18年に渡って店を切り盛りしている。

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こちらが3代目の健太郎さん。46歳とは思えない若々しさがみなぎる

松島軒にはレシピというものが存在せず、一子相伝のように親から子へ代々受け継がれているそうだ。“料理は体で覚えるのが基本”ということである。もう、このエピソードだけでプライスレス感がすごい。

早速、評判の黄色いカレーと半ラーメンのセット(900円)を注文してみよう。まぁ黄色いカレーと言っても、「やや黄色いもの」が来るかなと思っていたのだが、運ばれてきたそれは、想像以上に黄色であった。

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カレーの黄色さもあることながら、半ラーメンとは思えないラーメンの量。これで900円は相当リーズナブル

だるまボディ待ったなし!いただきます!

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まずはカレーライスをひと口!

写真ライター高柳

「ほどよい辛さ、そして甘み。まるでミルクでも入っているかのようなクリーミーさも感じます。具材の存在感もしっかりとあって、食べごたえもありますね。30代の僕の場合、黄色いカレーを知っている世代ではないのですが、やっぱり懐かしさを感じる。不思議ですね」

写真健太郎さん

「ありがとうございます。ある程度年配のお客さんからは、『昔、家庭で作っていたカレー』なんて評価してもらってます。戦前の創業時から同じやり方で作ってるカレーなんで、正真正銘の“昭和の味”だと思います」

写真ライター高柳

「味もさることながら、この色ですよね。マンガ的な黄色さです。どうやってこんな色になるんですか?」

写真健太郎さん

「今日は特別に教えちゃいますけど、これがウチのカレーの原型。市販で言うところの“カレールゥ”みたいなもんです」

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そうやって見せてくれたのが松島軒オリジナルの黄色いカレーの素。手間ひまかけてこの状態にして、提供前にこれをベースに具材などと和えて仕上げるのだとか

写真健太郎さん

「まぁ細かい作り方は企業秘密ですけど、使っているカレー粉はクラシックなS&Bの赤缶です。それをあえていじくらいないで使っています」

写真ライター高柳

「サラッと、すごい情報を(笑)。でもS&Bの赤缶をそのまま使って、これだけクリーミになるものですかね?」

写真健太郎さん

「それなりに手は加えてますよ(笑)。まずは小麦粉とラードと30分くらい炒ります。小麦粉がいい香りをしてきたら、カレー粉を入れてできたのが、このルーのようなカレーのベースなんです」

3代目はそう簡単に言うが、このルーには「エグい手作業」の賜物だろう。実際に同じようなことをやってみても、素人が再現するのはかなり難しいのではないか。

〈絶メシレシピ「松島軒の黄色いカレーを自宅で再現してみた」〉

写真健太郎さん

「カレーの具材には豚のヒレ肉と玉ねぎを使用しています。ラーメンのスープで具材を煮込んでからカレーのベースと和えて完成です。ちなみに、昔の家庭のカレーって、肉の代わりにチクワを入れるのが普通だったそうですよ。だから、かなり年配のお客さんは『肉じゃなくてチクワを入れてくれよ』ってオーダーをする人もいて(苦笑)。さすがに店では出せないんでルーをお持ち帰りできるようにしました(400円)。家でチクワカレーを作れるようにね(笑)」

こちらの黄色いカレー、ウコンが効いているせいか「二日酔いに効く」と言うお客さんも多いのだそう。実際、3代目も「オレも滅多に二日酔いにならないのは、これを毎日舐めているからだと思う」と笑う。

続いては、半ラーメンには見えないラーメンをいってみよう。

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カレーライスとラーメンの組みわせって、食いしん坊にとって最高のマリアージュ!

写真ライター高柳

「こちらも昔なつかしの中華そばという感じですね。あっさりしたスープと平打ち麺の相性もいい」

松島軒のラーメンは麺が命だ。創業者の宗一さん、二代目の健夫(たつお)さんの代までは麺を手打ちしていた。しかし区画整理により店が狭くなったことで麺打ちスペースがなくなったことから、現在は製麺所に以前と同じような麺を作ってもらっているという。

写真健太郎さん

「うちの麺ってすごく繊細なんですよ。日によっても麺の仕上がりが違うから、しっかりと茹で上げるタイミングを見計らって作らないといけない。だから、よくストップウォッチで秒数を測る店もあるけど、うちの麺であんなことしたら大変なことになる。その日の気温、湿度、そして麺の仕上がりなど総合的に見て、茹で上げなきゃいけない……って、あまりに面倒な麺だから、麺業者にも『おまえら、ちゃんと仕事してんのかい!』って言ったりしてますけどね(笑)」

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颯爽と麺を湯切る健太郎さん。その手つきには職人の技が宿っている

そこまでやるの!?
お客様を大事にする姿勢に脱帽!

カレーライスとラーメン。どちらも代々家族によって守られてきた味だということを食べて実感したライター高柳。続いて、松島軒の歴史について聞いてみよう。

ここからは、3代目健太郎さんのお母さん(つまり二代目の奥様)、茂子さんに話を伺った。

写真茂子さん

「私の義父である創業者の宗一さんは、とにかく気骨のある人でした。屋台から店をはじめて、もう商売一筋。朝5時に起きて、麺打ちからスープ作りまで全部の仕事を一人でやっていたんです。今の人には絶対に真似できないというほどの働き者。そして、とにかくお客さんを大事にする人だった。出前に行って、お客さんの家の戸車の回りが悪かったりすると、休み時間に修理しに行ってあげていたんですよ。お年寄りが多い家だと、玄関で渡しても不便だからと台所にあがって置いてきてあげていましたしね」

写真健太郎さん

「そのしきたりはいまでも守られています。オレが店を継いだときも、はじめて出前に行った家で、なかなかお客さんが出てこなくてずっと待ってたら『早く上がってこいよ〜』なんて言われてビックリしましたよ。え、出前って玄関先で手渡すんじゃなくて、部屋の中まで運ぶんかいって。もちろん玄関で渡すお客さんもたくさんいますけど、昔ながらに部屋まで運んでって方もまだこの街にはいるんです」

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出前は3代目の仕事。料理をつくるより出前に出ることの方が多いとか

写真茂子さん

「昔はお客さんとも家族的なおつきあいをするのが普通だったから。いまの人にはびっくりする仕事かもしれないね。だから、いまでも先代、先先代から続いているお客さんが非常に多いんですよ。そういった方たちに『松島軒』は支えられているんです」

写真ライター高柳

「お客さんも2代、3代と続いているなんて素敵なお話ですよね。出前は創業当時からやっていたんですか?」

写真茂子さん

「そうよ。当時は自転車だったけどね。昔は大家族が普通だったから、出前の数も多かったんですよ。いまみたいに飲食店の数も種類もたくさんないでしょ。松島軒は、この界隈のご馳走だったんですよ。みんな、出前が来るのを楽しみに待ってくれていたものです」

これからも家族でやっていく

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3代目は岡持ちがよく似合う。見よ、この佇まい

お祖父さん、お父さん、そして現在の健太郎さんと三代でその味を守ってきた松島軒。気になるのは店を継承する4代目について。そのあたりどうなのか。

写真健太郎さん

「オレにはふたりの息子がいるんですけど、子どもに継がせるという気持ちは持たないようにしてますね。だって、親に言われてやる仕事って嫌でしょ。もし、オレと同じように自分の意思で継ぎたいと言ったら考えようと思っているけどね」

写真ライター高柳

「では、息子さんが継がなかった場合、他の人に継がせることはお考えですか?」

写真健太郎さん

「それはないかなぁ。うちは代々家族以外の人を雇ったことがないんですよ。継ぐのは家族でしかありえない。それは昔から変わらないことですね」

写真茂子さん

「先代は常々、商売は家族が仲良くなければ、絶対にうまくいかないって口を酸っぱくして言っていましたね。なにがあっても仲良く商売しろよって」

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実に息ピッタリの母(2代目の妻)と息子(3代目)。この家族でしか松島軒の味や雰囲気はつくり得ない

写真健太郎さん

「そうそう、あるとき、オレが向かいの病院へ出前の器を取りに行ったとき、看護婦さんから『健ちゃん、いつもご馳走様♥』という手紙(メモ書き)をもらったんですよ。それ以前も同じような手紙をもらったことはあったんですけど、ハートマークがついたのはそれが初めてで」

写真ライター高柳

「ちょっと、それ奥さん、激おこ案件(とても怒る事件)じゃないんですか?」

写真健太郎さん

「いやいや、そういうことではなく(笑)。それを親父に報告したら、『おう、お前もハートマークがつくようになったんだな』ってえらく褒めてくれたんですよね。妙なことで褒めやがるなと思って、親父に『なんで?』って聞いたら、『そりゃ、相手に安心感を与えることができているからだよ。うん、お前も一人前だ』って。さらに『家族でやっている個人商店の親しみやすさが伝わってこそ、松島軒だ』って力説してたんです。ハートマークにそこまでの意味があるのかわからないですけど(笑)、でもオレも親父の言っている意味は理解できました」

松島軒で食事をしていると、チェーン店全盛の現代では忘れてしまいがちなアットホームな触れ合いを思い出させてくれる。それは単純に黄色いカレーが昔ながらの製法で作っているとか、80年の歴史があるとか、そういうことではなく、この家族がずっと守り続けてきたものが、店や一品一品のお料理に込められているからではないだろうか。

みんなの食堂、松島軒。ここにも高崎の守るべき絶メシ店があった。

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取材・文/高柳淳
撮影/今井裕治

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