奇跡の大衆食堂大将

No.57

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これは食える天然記念物だ!

コワモテ主人が魂込めて作る

採算度外視の大衆食堂メシ

大衆食堂の醍醐味は、味のある建物や、素朴で何度でも味わいたくなる料理、家族経営ならではの人間模様などさまざま。この地で44年の歴史を持つ「大将」は、そんな魅力を凝縮した……否、凝縮されすぎている店だった!

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/増山かおり)

絶メシ的大正義な店を
また見つけてしまった…

ライター増山

「3度目の登場となります、ライターの増山です。写真中央、カラオケでkiroroっぽい曲ばっかり歌いそうな感じで突っ立っているのが私です。さて、今回やってきたのは高崎の人気大衆食堂『大将』さんです。店名通りの“大将”としか言いようのない親父さんと、快活なご家族・ご親族で経営されているという、絶メシリストど真ん中のお店です!」

大衆食堂大好きライター増山が来て3秒で「もう、これは完璧」と悟った大将さん。まず外観が最高だ。赤(テント看板)・青(のれん)・白(壁)の和風トリコロール。テント看板には墨痕鮮やかに大きく書かれた「大将」と、その下に簡潔に書かれた「出前迅速」の文字。そして店先に置かれた、すぐにでも出動しそうな数台のカブ。これは絶対にやってくれる店だ。間違いない。

そして店内もパーフェクトなのである。

すべてを物語るこの写真。

大衆食堂ファンであれば脳内でドーパミンがダダ漏れになりそうなくらいに、喜びで満たされるこの感じ。これから通いつめたい。いや、住み込んでみたい。

しかし。

そうした店内の雰囲気とはうってかわって厨房の中は活気というより、殺気が漂う。そこは料理人たちの戦場。黙々と中華鍋を振り、一心不乱に野菜を切る人たちの姿が。

ライター増山

「(迫力すごいわ)す、すいません…た、大将、大将。お仕事中にすいません、取材でお邪魔した絶メシ調査隊の増山です…(完全に及び腰で)」

しーん。
ライター増山

「あぁ、声が小さいのかな……。よーし(息を吸い込んで)、大将!!! はじめまして! 取材にやってきました! 大将! 絶メシ調査隊がやってきましたよ!

あん?
大将と思われる男性
「ちょっと、さっきから何言ってんのかわかんないけど、オレ、“大将”なんて呼ばれてないから。常連客はみんなオレのこと“マスター”って呼んでるからね(超渋めの低い声)」
ライター増山

「えっ、てっきり少年時代から“大将”と呼ばれるタイプの方かと思ってました。大将がやってる店だから『大将』だと」

大将と思われる男性
「違う違う。オレの名前は秋山信一、ここの店主だよ。そこにいるのが妻の宏子で、そこで手伝ってくれてるのが姉の昌子ね。あと3人、オレの仲間たちがこの店で働いてくれてる。年寄りばっかだけどな。ガッハッハ」
そう豪快に笑う大将…もといマスターの真一さん。お仕事が一段落したようなので、早速インタビューすることに。

こんなに大衆食堂が似合うのに
ご主人は元洋食屋シェフだった!

ライター増山

「もういかにも食堂屋の親父さんって感じの真一さんですが、こういうお仕事はいつからやられているんですか?」

真一さん
「飲食の世界はそれこそ16歳くらいからですよ。ちなみに、オレ、もともと洋食のシェフだから」
ライター増山

「え、こんなに大衆食堂が似合うのに!」

真一さん
「どういう意味だい(笑)。まぁ、料理人は天職だと思ってますよ。兄弟が元々飲食やってて、一番上の兄貴は高崎の三大料亭のひとつ『魚仲(うおなか)』ってところで和食をやってたんですよ。で、二番目の兄貴も東京で修行した後、ゴルフ場のレストランでチーフをしたり本庄で食堂をやったりいろいろと。もちろん三番目の兄貴も飲食業。そういう環境で育ったもんだから、ごく自然にこの世界に来たって感じですかね」
ライター増山

「料理人になることが運命づけられていたんですね」

真一さん
「修行時代は『全日本司厨士協会』ってところに所属して、支部長の命令でいろんな現場に行きましたよ。4年ぐらい修行したときに、支部長から『もうお前は独り立ちしていい』って言われて、関東中心にいろいろな地域で料理人として働くようになったってわけ。といっても自分の店をやるってんじゃなくて、人の店で働いていたわけだけど」
ライター増山

「このお店はどういう経緯でやることになったんですか?」

真一さん
「ある時、三番目の兄貴が一緒に店やらないかって言ってきてね。高崎の成田町で4年ほど和食の店をやってたけど、売上が芳しくなく看板を下ろすことにしたんです。今度は末広町でスナックをやったけど、それも2〜3年くらいしか続かなかった。それで今度は洋食をやろうってことになったんだけど、機材とかスタッフとか揃える金のアテもなくてね。それでとりあえずラーメン、カレー、カツ丼とかそういうみんなが好きなものを出すお店にしようと、ここを始めることになったんです。1975年のことですかね」
こうして生まれた大衆食堂「大将」。店名の由来は、二番目のお兄さんが別の地域でやっていた同名の食堂「大将」から。そのお兄さんに相談したとき「(うちと同じ)大将でいいんじゃねえの?」という言葉で即決したという。真一さん本人は「店名? あまり意味なんてないよ」と言うが、今となってはもはや「大将」としかいいようのない店になっているのはなかなか感慨深い。
ライター増山

「今や大人気店ですけど、お店は最初からうまくいったんですか?」

真一さん
「いきましたねぇ。やんなるくらい忙しかった。忙しいときには客にも『うち来ないでよそ行けよ!』て言っちゃうくらいに、なんでこんなに来るんだ?って思ってた」
ライター増山

「贅沢な悩みですね」

真一さん

「そうかなぁ。忙しすぎるとイヤでしょ? 適当なのがいいでしょ? あんまり忙しいと、ねえ。今はだんだん年数重ねて(お客さんの)子どもも大きくなって家にはいなくなっちゃったし、出前とる量も減ってきたからマシにはなったけど」

ライター増山

「出前が少なくなったとはいえ、さっき見てると3人の出前担当のオジサマ方が交代交代でひっきりなしに出入りしてましたよ?」

真一さん

「まぁ、昼時はね。そうそう出前やってる3人のうちのひとりは一級建築士がいる。あと資産家の倅で、働かなくても食ってけるやつもいますよ。そいつは暇を弄ばしているから、うちを手伝ってくれてるんだよ」

すげえ。なおキャラが濃いのは出前スタッフだけではない。一緒に働くチャキチャキ姐さんともいうべき妻の宏子さん、そして主にホールを担当するやや毒っ気のある姉の昌子さんも見逃せないのである。

特にキャラが濃いのはお姉さんの昌子さん。お客さんにお料理を提供するときに「This is餃子!」「This is カルビ!」と真顔で言ったり、お会計のときに

『はい、おつりは150万円!』と淀みなく言い放つのである。令和の時代に残る、真性の昭和ギャグ。これもまた、いいのだ。

手間ひまかけたお料理は
質・量ともに申し分なし

ではでは、お待ちかねの実食タイム。さてなにを食べるかである。

常連さんによると、「レバニラと餃子は外せない」という。うむ、それは頼もう。一方、昌子さんによるとオススメは「全部!」とのこと。そりゃ全部食べてみたいが、さすがにこれだけのメニューを片っ端から食べるのは無理な話。
ライター増山

「非常に迷うところですが、常連さん激推しの餃子とレバニラ、カルビラーメン、あと焼肉定食もいいですか

もちろんOK!!

まずはこちらから!!

This is レバニラ!

ライター増山

「うわ、美味しいわ…しょっぱすぎず、食欲をそそるジャストな塩加減。シャキッとした食感の野菜に粒状のにんにくがたっぷり加わり、香りだけでなく舌触りも楽しめますね。これは常連さんが頼み続けるのも納得です」

続いてこちら。

This is カルビ!

ライター増山

「昭和から続くお店には珍しい本格的な辛さ! なのに、透き通ったスープの旨味をしっかり感じます。野菜から出た甘味がスープに移っているのもいいし、全部の食材がはっきり感じられるのもお見事。玉子のまろやかさがスープに少しづつ移っていくのもたまらないわ〜」

真一さん

「うれしいこと言ってくれるねぇ。ラーメンを食べれば一発でその店の力がわかるからさ。昔、●●食品(超有名インスタントラーメンのメーカー)の開発担当者がよくうちに来て、スープを瓶に入れて持ち帰ってたこともあったよ。それ分析して、マネするからって」

ライター増山

「え、味のパクりじゃないですか! 怒らなかったんですか?」

真一さん

「全然いいよ。だって、どうせ真似なんてできっこないから。もちろん(科学的に分析すれば)なにが入ってるかわすぐわかるんだろうけど、それを再現なんてのは無理なの。手間ひまかけて儲からないことやってるからね。そんな無駄なこと企業ができるわけないよな」

ライター増山

「かっこいい」

真一さん

「かっこよくないですよ。毎朝、スープづくりを一からやって、鍋に火をつけてずっと見てるんですよ。地道な作業です。かっこよくともなんともない

そしてご主人が密かにオススメしてくれた焼肉定食と、常連さんの定番・餃子も登場!
長々とコメントを書くのもアレなんで、増山のこの表情で味をご判断ください。
絶品料理はまだまだ続く。極めつきは、頼んでないのにやってきたこちらのモツ煮。
実はライター増山はモツが苦手。そのためあえてオーダーしていなかったにも関わらず、「これ食べてみてよ!」とこの一皿が運ばれてきたわけだ。もう、これはなにがなんでも食べなければいけない展開である。
ライター増山

「(一口食べて)おや、これは…食べたことのあるモツとは全然違う。モツ特有の臭みがなく、またおいしくないモツにありがちなゴムっぽい食感も全然ないですね。味噌で優しく煮込んだようなマイルドなコクもある〜。これは美味しいです!」

真一さん

「ふふふ。モツは一度に7kg仕入れるんだけど、使うのは4kgだけだからね。脂を取って3kgは捨てちゃう。普通の店だとモツ買ったらそのまま煮るけど、それやるとどうしても臭みが残るでしょ。自分はそういうの嫌なの。そうやって作ってるから、全然儲からないんだよなぁ。まぁ、儲かりたくて作ってるわけじゃないからいいんだけどさ

ニッコニコで絶品メシを食べている増山をみて、姉の昌子さんがメニューには乗っていないというポテトサラダまで出してくれた!
ライター増山

「何食べても美味しいし、それぞれのお料理で丁寧に仕事をされているのが伝わってきました。そしてなによりこの雰囲気の中で、食べられるというのが最高の食体験ですよね。食べるって、口の中、舌の上で完結するものじゃないって改めて思いました!」

こんな“奇跡の大衆食堂”は
これから先、ずっと生まれない

原価とか儲けとか効率とか、そういったものをより、いかにお客さんに喜んでもらえるかが大事。そう言い切る大将の店主・真一さん。まさに絶滅危惧種と言っても過言ではないこの店が、こうして営業を続けられているのは、ひとえに真一さんを始めとするこのお店で働くみなさんの心意気、そしてそれに共感する常連さんのおかげではないだろうか。ただ、それはいつまでも続くものではない。まるで、永遠の桃源郷が存在しないように(やや決め顔で)。
ライター増山

「採算性を度外視してなんでも手作りでやっている大将さんのようなお店は本当に貴重だと思うんですよ」

真一さん

「でしょうね。高崎にある市川食品ってこんにゃくの会社の会長さんもよく食べに来るんですけど、『街の飲食店がどんどんなくなってる』って嘆いてますよ」

ライター増山

「真一さんからして、そういうお店がなくなってるって感じるのは、ここ何年くらいですか?」

真一さん

「5、6年経つかなあ。みんなそれなりの年齢になってきてるからねぇ」

ライター増山

「後継者問題ですね。つかぬことをお伺いしますが、大将さんには、今後お店継ぐ方はいらっしゃるんでしょうか?」

真一さん

「息子にやれって言えばやるでしょうけどね。今、高崎で居酒屋をやってるんですよ」

ライター増山

「なんと! その居酒屋には行かれたことはあるんですか?」

真一さん

「ありますよ。週に3回くらい行ってる」

ライター増山

「まさかの通い詰め!」

真一さん

「暇だとかわいそうだから、飲みに行ってやってるんですよ。でも、多分継いでもらってもだめでしょうね。自分と同じことはできないから。二番目の兄貴のやってる『大将』も次男が継ぎましたけど、うんと仕事が速くて研究熱心な兄貴だったから、それを全部継ぐことはできず苦労してますよ。だから、うちも継いでも無理だろうなぁ」

ライター増山

「ご自身が一つ一つ大事にやられてるからこそ、それがどんなに大変なことかわかるから、お子さんに安易に継げとは言えないんですね。ご主人のお料理に、それが表れているなって思いました」

真一さん

「まぁお店は基本的にはオレがやれるまでやる、っていうことになるかな。でも、うちの家族はみんな早くに亡くなってるからね。俺は今70だけど、父親が46で、母親が33の時に亡くなってる。上の兄弟3人ももういないし、自分が一番長生き。まぁ、それを見てるから酒は好きだけど馬鹿飲みはしてないよ。煙草もやめて40年くらいになる。少しでも生きて、この店を続けたいしさ

ライター増山

「是非長生きして、おいしいものをずっと作っていってください。本日は本当にありがとうございました!」

誰もが嫌がるような面倒な作業を、長年ずっと続けてきた真一さん。そしてそれをいろいろな面でサポートしてきたご家族とお仲間。強い絆で結ばれた“ファミリー”が大将という奇跡の食堂を、令和の時代まで存在させてきたのだ。おそらくこんな大衆食堂は、今後一切(新たには)生まれてこないだろう。

大将――高崎市民ならずとも絶メシファンなら、絶対に一回は足を運ぶべき店である。

取材・文/増山かおり

撮影/今井裕治

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