無力な換気扇、燻される客
無力な換気扇、燻される客
高崎駅から車で約30分、最寄りの安中榛名駅から4km以上も離れ、おおよそ交通の便がいいとはいえないこの地に、地元民はもちろん、県外からのお客さんも訪れる人気店がある。それが昭和30年創業のホルモン焼きの店「山木屋」だ。市内にはたくさんの焼肉店があるというのに、一体どうして? そんな山木屋の人気の秘密に迫るべく、絶メシ調査隊は車を走らせた。
雑貨店からホルモン焼き
豪快な業態変更の過去
「どうも、絶メシ調査隊の船橋と申します。東京でライターをやっている食いしん坊です。生まれてこの方、ずっとお腹が空いているもので、好きな食べ物は、1に肉、2に肉、3・4がなくて、5に肉です。たとえ1食でも肉を欠かしてしまうと、本気で具合が悪くなるほど、肉が好きで好きでたまりません」
そんな肉食獣のライター船橋がにっこにこで向かうは、ホルモン屋「山木屋」。週1で焼肉屋に通うライター船橋は、外観を目にして即座に「すでに“おいしい”がこぼれ落ちてるじゃん」と大興奮。期待を胸に、早速お邪魔してみよう。
店内の“献立表”には「ホルモン」「ハツ」「カルビ」など文字面だけで腹がなるメニューがズラリ。そして入った瞬間に漂う、香ばしいあの匂い。ああ、胃液が止まらない。
店内は年季の入ったもので溢れるものの、焼肉店でありがちな床のぬるぬるはないし、七輪を入れるテーブルもぴかぴか。どこを見ても清潔そのものだ。
そんな山木屋で現在、店主を務めるのは、2代目の原田和男さん。調理師学校を経て19歳のころから約半世紀も同店に立つ、ミスターホルモン焼きだ。
早速、原田さんに店の成り立ちについて聞いてみた。
「オヤジさんが店を始めた当初は、ティッシュや歯ブラシを販売するような雑貨屋だったの。だけどオヤジさんはお酒が好きでね、よく問屋さんと高崎の繁華街へ繰り出していてね。そこで入ったホルモン屋で『これなら俺でもできる!』となぜか思い立ったみたいなんさ。俺が6歳の頃かな。それからは表で雑貨屋、裏でホルモン屋をやるようになったんだよね」
穏やかな声で、そしてやわらかい表情で、そう教えてくれた原田さん。雑貨屋とホルモン屋の同時営業という荒業について原田さんは「まぁ、雑貨屋の商品にも肉と煙の臭いがついちゃってたけどね」と振り返る。
「雑貨屋さんが突然ホルモン屋やるっていうのも驚きですけど、それが60年以上も続くってのもすごいですよね。しかもきっかけが高崎の街中で飲んだホルモン屋さんでの思いつきなのに。オヤジさんはホルモン焼き屋としてめちゃくちゃセンスがあったんでしょうか?」
「いやぁ、どうだろうね。ただただ普通のことをしていただけなんだけど、地元のみなさんに愛してもらってたね。まぁ、オヤジさんとオフクロさんの仕込みはすごく丁寧だったよ。ふたりが作ったオリジナルの味噌ダレもおいしかったしね。俺が19歳でオヤジさんと一緒に働き出してから、店は大繁盛だった。でも、オレが25歳のときかな。オヤジさんが脳梗塞で倒れちゃったんだ。それから一生懸命、いいものを早く出すことだけを考えて仕事してきたんだよね。その後、2代目として完全に店を引き継いでからは雑貨店はやめちゃったよ」
「雑貨屋は速攻やめたんですね(笑)。ちなみに原田さんは、若くして2代目を継ぐことになってますけど、継ぐまでに相当オヤジさんにしごかれたのでは?」
「いやいや、40歳を越えてできた子供だからか、オヤジさんは全然厳しくなかったよ。オヤジさんとの思い出? 本当にお酒が好きな人でね。一緒に働いている時なんかも、お客さんにお酒をすすめられるわけでもないのに自らあおって、閉店時間になるころにはぐでんぐでん(笑)。でも、俺は全くお酒が飲めないんだよね。タレの味や仕込みの技術は受け継いだけど、そこだけは受け継がなかったみたい」
原田さんがオヤジさんから教わった仕込みの技術。それは実に丁寧だ。まずホルモンをしっかりキレイに洗ってからボイル。そして細かくカットしていく。朝11時から始めて一通り仕込みを終えるのは19時だという。まさに1日仕事だ。
ニンニクたっぷりの「バクダン」
その危険すぎる破壊力とは
いい話を聞いたらお腹がすくライター船橋。それを見兼ねたのか静かに立ち上がった原田さんが向かうのは、清掃が行き届いたぴかぴかの調理場だ。
「メニューには載せてないけど、ほとんどの人がバクダンを頼むんだよね。20~30年前からやっているメニューで、ラム肉を塩とすりおろしニンニクを混ぜて焼いて食べるんだ。ニンニクをたっぷり使っているから元気が出ると思うよ!」
そして出てきたのがこちら!
どん!
「ハハハ、原田さん…これ嫁入り前のオナゴ(私のことね)が無邪気に食べるやつじゃないですよね。もう食べた瞬間、絶対に臭っちゃうやつじゃないですか」
「まあまあ、そう言わずに食べてみてよ」
と言って、笑顔のままかき混ぜるミスターホルモン焼き。
そしてこうなる。
もう我慢できない!
うんめーーーー!
「ちょっと待ってくださいよ。これは…大変だ。めっちゃニンニクが効いているし、ラム肉がやわらかくて、んんんんうまぁあああああい! この後の会話はちょっと匂ってしまうかもだけど、これは箸が止まらないやつですわ!」
「うめぇか、よかったねぇ。すんごい匂いがするけど、人気メニューなんだよ。中には、『山木屋に行ってもいいけど、バクダンは食わないでくれ』って奥さんに言われるお客さんもいたりしてね(笑)。あ、お酒でも飲むかい?」
「そんな悪いですよぉぉ……ハイボールを(即答)」
口コミでその味をしらしめたバクダンとお酒に、恍惚の表情を浮かべている船橋に、原田さんは満面の笑みで上カルビ、モツ、タンの肉3連発を用意してくれた。
「し、し、し、幸せすぎる♡ とくにモツの味噌だれ、めっちゃいい! これが原田さんのオヤジさんの味か~。何が入ってるか教えてほしい!」
「味噌にニンニクとかね、ぐふふふふ(秘密の模様)。入れているものはオヤジさんが考えたままだけど、配合は少し変えたりしたんだよ」
換気扇よ、君はいつ力を発揮するのか!?
むくむくむく…。立ち上がる煙を換気扇が懸命に吸い込もうとしている。それでも、肉の香りと一緒にむくむくむく。煙で肉がよく見えない…。こんなにも換気扇というものは無力な存在であったのか。
「あ、あの……これ、換気扇きいてますよね? 音してますもんね。ブーンって。でも、立ち上がる煙の量に対して、明らかに吸い込む量が少ないような…」
「最近、換気扇の調子が悪くてさ。こないだも、小学生がゴーグルして来店したんだよね。あれには笑ったよ。まぁ、うちではそんなことは気にしないことだよ」
「ですよねー」
毎日8時間も続く仕込み、営業中の接客と調理。それを半世紀以上もの間、丁寧にこなす御年68歳の仕事人・原田さん。果たして、この先の山木屋はどうなるのだろうか。
「43歳になるセガレがきっと継ぐんだろうけど、やる気があればやればいいし、なければやめてもいい。それは彼が決めることだから。どうやら結婚する気はないみたいだけどね。そうだ、お嬢さん嫁に来てもらえないか(ニコリ)?」
「はい、こんなおいしい店に嫁げるなら今すぐにでも! よく食べるしよく寝ますけどいいですか(笑)。ところで、原田さんご自身はいつまでお仕事をされるつもりですか?」
「体が動くまでは続けるつもりだね。仕事を続けたいというか、“やめて何するんだ?”って思うから。定休日は友達に誘われて毎週ゴルフに行ってるんだよ。そんなにゴルフ好きじゃないし、仕事よりもそれが一番疲れるよね。だから毎日、仕事をしながらゴルフの疲れを取っているんだよね。そんなこともあって今はやめられないよ(笑)」
「おいしい!」とライター船橋が絶叫した時に、優しいその表情がいっそうぱっと明るくなったのが印象的な原田さん。そのうれしそうな顔は、煙が充満する店内でもはっきりと確認することができた。サービス精神旺盛でいつでもお客さん思い。その味と人柄がファンをうならせるのであろう。こんな店、東京にもあればいいのに…。