高崎から草津方面に延びる草津街道(国道406号線)。その道沿い、風光明媚な倉渕地域に店を構えるます料理の名店「満寿池」(ますいけ)。同店の一押し料理はなんといっても敷地内の養殖池で飼育したます料理を生捕し、新鮮なまま調理して提供する「ます重」だ。昭和33年に創業者がさんまの蒲焼きをヒントに考案したます重は、県外からもその味を求めてお客が訪れる至高の逸品。
それを食べるだけで訪れる価値は“大アリ”の名店ではあるが、実際はそれだけでない「おもしろポイント」の宝庫であった。
名店なのにナゼ 「ますとカオス」の共存
「ども! 絶メシ調査隊員の高柳です。今回は、群馬有数の湧水の水源地として知られ、美味しいお米や有機野菜が穫れることで知られるスーパーオーガニックな町、高崎市倉渕町(旧・倉渕村)にやってまいりました。訪問するお店はます重の名店『満寿池』さん。やっぱり、水がキレイだと美味しいますも飼育できるんだとか。そんな最高のます料理をいただいてみましょう!」
絶品のます料理を期待し、意気揚々と店内に入るライター高柳。店内の雰囲気も「遠出してきた甲斐があった」と思わせる風情溢れるそれ。時代を経て味わいの増した木の温もり、昭和文化の結晶ともいえる伝統工芸のお土産などが陳列され、老舗ならでは趣深い雰囲気が漂っている
その時である。ライター高柳は、ふと店の奥に広がる「お庭」に気になるものをいくつか発見した。
電車の車輌。
ヤギ。
ナゾの人形。
「こ、これは…。カオスというか小宇宙というか…。老舗ます料理屋とは思えない絶妙な親しみ感があるとも言えるし、触れてはいけないものに触れてしまった感もややあるし…(しどろもどろ)」
これは店主に聞いてみるしかない。
ということで、3代目店主の阿久津サトシさんに直撃してみた。
「いらっしゃいませ。本日はよくおいでくださいました!」
「は、はじめまして。実はこちらで美味しいます重がいただけると聞いて、はるばる東京からやってきたのですが、それよりも気になっているのは……」
「(食い気味に)ます重ひとつですね!! ありがとうございます!」
ライター高柳の質問を遮り出てきた料理がこちらのます重。
味噌汁や漬物もついてきて、1080円也。
先ほどの質問を一度飲みこんで、食べます!
食べた瞬間、もうウマい。一見、うな重のようだが、それよりもアッサリしていて、噛むとサクッとした歯ごたえ。その身は非常に柔らかく、川魚特有の臭みもない。創業以来、継ぎ足されてきた甘みのあるタレと良く絡みあって、とても味わい深い
「めっちゃウマいです。3代目、これは初めて出会った美味しさですよ! なにか特別な秘密でもあるんでしょうか?」
「ありがとうございます。うちで使用しているニジマスやお米は、地元・倉渕産にこだわっています。やはり倉渕の食材は最高ですよ。ちなみに『ます重』は違いますが、お刺身などでは群馬が誇る『ギンヒカリ』というブランド・ニジマスを使用しています。通常のニジマスは2年で成熟し、成熟期には肉質が低下しますが、ギンヒカリは2年で成熟せず、成熟に伴う肉質の低下がありません。ですから刺し身も絶品ですよ」
「ますもめちゃくちゃウマいんですけど、なにげにお米もすごい。倉渕の米がこんなにウマいなんて、群馬県民でしたけど知りませんでしたよ」
「この地域では天日干しした米を『はんでぇ米』とか『はぜかけ米』と呼んでいて、稲穂を下にして約3週間、太陽の下で干すんです。穂を下にすることで甘みが下がるともいわれますが、機械で乾燥させたものより断然、旨味、甘味が凝縮されるんです。うちでは、そんなはんでえ米と機械乾燥米をブレンドして使用しています。倉渕は地質と水が良いのと、米農家さんの努力で糖度の高く美味しいお米ができるんですよ」
「倉渕の米のウマさには、そういう裏付けがあったんですね」
「庭で目にしたもの」について聞いてみたかったのに、ます重がウマすぎたり、3代目の話がおもしろすぎたりで楽しい時間を過ごしてしまうライター高柳。おい、高柳! 絶メシ調査隊として、ちゃんと調査しろよ!
“カオスな庭”の理由、そして今後のこと
と、その時、店の奥からひとりの女性が登場。
3代目サトシさんの母、昌子(まさこ)さん
満寿池創業時の様子を知る昌子さん。せっかくなので、お店の歴史について聞いてみました。
「もともとはね、うちは材木屋だったのよ。サトシの曾祖父が大正のはじめくらいに製材の技術者としてこの谷にやってきて。でも、太平洋戦争がはじまって、製材ができなくなってから、昭和33年に私の母であるヨシさんがます重を売りにしたお店をつくることになって、そこから60年近く、ずっとます料理屋としてやってきたの」
「なるほどなるほど。そこでですよ。ずっと聞きたかったのですが、そんな歴史があって、こんなに美味しいます料理を出していて、お庭には電車があったりヤギがいたり人形がいたりと結構なカオスじゃないですか。僭越ながら、これだけのお店でああいう“面白いこと”をする必要があるのかと…ちょっとモヤモヤしておりまして」
「まあねぇ。ご覧のとおり今、客足が遠のいちゃって、ああでもしないと…。これでもかつては賑わったもんなんですよ。たとえば高度経済成長期の頃、うちの前の道(草津街道)は軽井沢へ向かうのにみんなが通っていた道だったので、大型連休のときには、延べ人数で2000人くらいが来ていました。1時間も2時間も待たなければ、入店できなかったし、お客さんも食事の注文をしてから1時間待つほど。うちの店に入るために交通渋滞ができたほどなんです」
「ところが、軽井沢や長野に行ける高速(上信越自動車道)ができて、うちの前の道をみんなが通らなくなってからぱったりと…。あと時代もあったのかなぁ。お客さんの数はずっと減り続けている状況です」
そこで3代目が考え出したのが、敷地内に電車の車輌を入れ、その車内で宴会を楽しめるようにしたり、ヤギとたわむれることができるスペースを作ったり、はたまたますのつかみ取りイベントをやったりと集客のための施策の数々。高柳が先ほど目にした光景は、そうした取り組みの“残り香”のようなものだったのだ。
「そういう理由があったのですね…。この味と溢れんばかりの自然、それだけで人を満足させられると思っちゃうのですが、そういうわけにはいかないものなのかぁ」
「現実は厳しいものです。正直、うちの店の問題というより、この地域の問題でもあり、ひいては日本全国の地方のちいさな町や村の問題でもあると思いますが」
でかい。問題がでかすぎる。
我々、絶メシ調査隊は「絶やすな、絶品高崎グルメ!」を合言葉に活動しているわけだが、これだけの問題を前にこの言葉を軽々には言えない。だが、若干空気の読めないライター高柳は無邪気にこんな質問を
「なるほどー。これだけの味とお店がなくなるのってすごくもったいないことですよねぇ。高崎市民にとっても損失だと思うんですよ。個人的にはすごく残ってほしいお店だなぁと。ちなみに、後継者についてはどうお考えですか?」
「まぁ、この状況で後継者っていうのもね…(こいつ話聞いてたのかよ)。僕には18歳の息子がいて、横須賀で海上自衛隊員をやっているのですが、無理に彼に継がせようとは思っていません。もちろん、自分の意思でやる気を持って継ぎたいと言ってくれれば、継がせるつもりなんですが」
「となると、もしご子息が継がなければこの味は将来なくなってしまうのですか…」
「(なんてこと言うんだよ…)それは避けたいですね。店は存続させないといけないと思っています。なので僕は今、店の魅力を引き出せるビジネスパートナーを探しているんですよね」
老舗3代目が突如口にした「ビジネスパートナーを求む」発言。少々、驚いたが真意はこうだ。「存続」という守りのスタンスではこのまま時代に押しつぶされてしまう。だから攻めの経営をしていきたい。でも、3代目ひとりではできない。だから、それをサポートしてくれるビジネス感覚のある人と一緒に、店を大きくする取り組みをしていきたい———
「ピンチだからこそ攻める、ということですね。ちなみに3代目のなかではどんなことをしてみたいのか、青写真のようなものはございますか?」
「そうですね、当面の目標は、『食』と『遊』のレジャー・リゾートにできたらなぁって考えているんです。宿泊施設も併設して、泊まれるレジャー・リゾートとかね」
「思ったより大掛かりな構想でびっくりです」
「ここの場所って、土地そのものがとても魅力的だし、この自然と触れ合えるなんらかの仕掛けができれば、無理な話でもないような気がするんですよね」
「ちなみに小学生と中学生が自然の中で国内留学できる山村留学 『くらぶち英語村』がはじまったり、近隣にサッカー場ができたり、あと噂では富裕層向けのペット関連施設もできるという話もあり、徐々にではありますが倉渕にもいい風が吹いてきています。僕はね、再び人が戻ってくるかもしれないって期待しているんですよ。そのためにも宿泊できるレジャー施設を作り、そのお客さんたちをターゲットにできれば…」
「なんか一気に儲けられそうな気がしてきました(笑)。って3代目もなかなか商売上手じゃないですか!」
「いや、それにこの場所って……(と話しつづける3代目)」
どこまでも話が尽きないサトシさん。味だけでは守れないものを必死で守ろうとする姿がそこにあった。
ます重の名店・満寿池。この味。この雰囲気。そして店の外の一歩でると広がる豊かな緑とすぐそばを流れる烏川の清流。ここでしか味わえないものがあり、ここだけでしか体験できないことがある。こんなもん、絶やしていいはずがない。
後継者求む!
この店、この場所を使って“面白いこと”をしてくれるビジネスパートナーを募集しています。昔に比べてよそからの来客がすくなくなった倉渕地域。もう町ごと元気になるようなプランを一緒になって実現していきたいです。