老舗パン屋アベニュー

No.03

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ほっこり度がスゴイ!

老舗パン屋の「素朴に美味い昭和パン」

高崎市にはかつて「金融都市」と言える時代があった(らしい)。遡ること大正初期、東京や神奈川から進出してきた巨大銀行に対して、「これでは地元のお金が、地元産業のために使われないまま、大都市に持って行かれちまう!」と、地元金融マンたちが、大銀行に対抗するようになっていったのだそう。

高崎市民お馴染みの「高崎信用金庫」や「上州銀行」は、この時期に出来たんだとか。そして金融界が大いに盛り上がりを見せていた時代に、“高崎のウォール街" と呼ばれていたのが、JR 高崎駅西口を南北に走る「田町通り」。現在も多くの金融機関が軒を連ねるこの場所に、昭和の金融マンたちが愛したパン屋さんがある。

(取材/絶メシ調査隊 ライター吉田大)

“昭和ヴィンテージ丸出し”のパン屋

写真ライター吉田

「こんにちは!絶メシ調査隊の吉田と申します。さいたま生まれのさいたま育ちの私にとって、高崎といえば通勤列車の終着駅。かつては終電で寝過ごし、思いがけず一泊旅行をキメてしまうなんてことも度々ございました(遠い目)」

そんなライター吉田、今回は高崎市田町の「パン洋菓子アベニュー」にやって来た。

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色あせた看板が妙にそそるパン屋だ

“大通り”を意味する店名は、もちろん「田町通り」から。そんなアベニューの創業は昭和5 5 年(1 9 8 0 年)。3 7 年前に作られたお店は、全てが昭和ヴィンテージな風合いを醸し出している。

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内装は開店当時から変わっていないんだとか。昭和にタイムリープしてしまうこと請け合い

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明るく広い店内。棚には空きスペースが目立つ。売り切れちゃったの?

昔ながらのパンへの期待に胸を高鳴らせつつ入店したものの、意外なくらい棚はスッキリ。あらら? とはいえ数少ないながらもツヤツヤ輝くパンを見る限り、味の方には期待出来そうである。昨今のおしゃれパン屋にありがちなカルチャー色が皆無なのも、逆にイイ!

視線を店の奥に向けると、そこにはパン屋然とした白髪の男性が。あの方がご主人に違いない!それにしてもパン屋さんって、なんでか美白な方が多いですよね(どうでもいい)。

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「恰幅が良い+白髪=ジャムおじさん=パン屋っぽい」という安易な考えで「パン屋っぽい」と認定されたご主人。お名前は山田一雄(やまだかずお)さん

写真ライター吉田

「こんにちは!高崎にめちゃめちゃレトロなパン屋さんがあると聞いて、はるばる東京から来てしまいました!しかし味のあるお店っすねえ」

写真カズオさん

「私は今6 5 なんだけど、2 8 の時にオープンして、その時のまんまだからねえ」

写真ライター吉田

「2 0 代にして、こんな街中にお店を?」

写真カズオさん

「こういうのは思い切りですよ。勢いでやらないと何も出来ない。まあ、ここは場所が良かったしね。田町通りって、昔は金融機関が軒を並べていたこともあって、商店街としても元気だったんです。すぐそこにも『藤五』っていうデパートがあってねえ。とにかく当時は人が多かった」

写真ライター吉田

「華やかな目抜き通りだったってわけですねえ。昼時ともなれば、金融マンの方々がパンを買いにやって来て。でも90年代初頭にバブルがはじけて…」

写真カズオさん

「うん。徐々に金融機関が減ってきてしまった。で、それに伴って商店も減って、人も減って。だからウチもメニューを削っていったんだ。今はやってないけど、ケーキなんかも作ってたんだよ」

立地の良さに目をつけて店を開いたはずが、バブル崩壊という大ピンチを迎えたご主人。ラインナップを削ったりと苦労も多かったと振り返る。

なるほど、“棚に余裕がある”のはそういう事情があったのか…。

しかし逆に言えば、数あるパンの中から本当に人気のあるものが残ったとも言える。

写真カズオさん

「それはそうかもね。うちのパンはね、惣菜パンの具も含めて、全~部ここで作ってるんです(ちょっと得意気)。だから数が作れない」

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惣菜パンは具材まですべて手作り

地味なんだが、パンがどれも美味しい件

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一番人気だという「食パン」を手にするご主人。これで三斤。価格は驚きの…

パン職人の実力が、もっとも良く出るパンだと言われる食パンが人気商品であり、自信作だという山田さん。その理由についてこう続ける。

写真カズオさん

「食パンって余計な事が出来ないからね。誤魔化しが利かない。ただ、時間が掛かるんだよ。4 時から作業を始めても、焼き上がりは1 1 時近くになっちゃう。本当にゆっくり発酵させないと柔らかくならない。アナタにも食べて欲しいんだけどさ、店頭分は売り切れちゃったんだよねえ。食パンを使ったサンドウィッチならあるから食べてよ」

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シンプル極まりない「ジャムサンド」と「ピーナッツサンド」(各1 2 0 円)。超フツーなのだがコレが美味い

中はフワッフワで柔らかだけど、食感はしっとりモチモチ。コクのあるしょっぱさは沖縄の海水塩によるものなんだとか。ちなみに挟み込まれたジャムとピーナッツバターは、主人のお眼鏡にかなった市販品。銘柄を尋ねたところ「秘密です(ニヤリ)」とのこと。

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「これ、うまいっすね!」となんのひねりもない賞賛を口にしつつ、次のパンに手を伸ばすライター吉田

写真ライター吉田

「食べ●グ見てたら“あんバターパン”が紹介されてました。これ、あんこは自家製なんですかね(既にパンを持ってる)」

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あんバター(120円)。ぱっかーん!と開けちゃうとこんな感じ。例によって見た目はフツーだが…

写真カズオさん

「和菓子用の餡を作っている老舗のあんこ屋さんから取り寄せてるんです。(通常)パン用の餡は缶入りなんですが、そういうものは使わない(キッパリ)」

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恵方巻きのようにコッペパンに食らいつく吉田。無表情なのは全神経を舌に集中しているため

写真ライター吉田

「(ムシャムシャ…)甘さ控えめな上品な餡にバターの濃厚さと塩気が加わって美味いですね。最近コンビニなんかで売ってる大手会社のコッペパンって軽くてスカスカですけど、これはシットリ、モチモチしてる。家の冷蔵庫に常備しておきたい感じっすね。腹持ちも良さげ」

写真カズオさん

「食パンもそうだけど、手作業で丁寧にやってるよ。やっぱりさ、機械には任せられない領域というのもあるもんなんですよね。例えば生地を寝かせておく時間にしても温度管理が難しい。しかもウチの窯は昔ながらのものだからさ、温度管理が難しいんだよ。まあ、窯は見せられないけど」

写真ライター吉田

「ひ、秘密が多いすね!けど、昔ながらの職人の技って、そういうものなのかもっす!このプレーンな“バタートップ”も気になってるんですけど」

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つやめく「バタートップ」。食パンの表面にたっぷりバターを塗ってある逸品だ。価格はなんと190円。いくらなんでも安すぎるだろ

写真ライター吉田

「あの…値段、190円って安すぎません?」

写真カズオさん

安いよねえ。実は もう20年近く値上げしてないんです。食パンも安いよ。一斤220円。東京から来る常連のお客さんにも
『東京だったら、もっと高くても売れる』って言われんだけどね。ここは高崎だから(ニヤリ)」

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こちらバタートップを手で割った図。フワフワ&モチモチ&シットリの三重奏。そしてそこに濃厚なバターが絡んでくる。間違いなく何もつけずにこのまま食べるヤツ

写真ライター吉田

「これもうまいなぁ。でも、これだけ置いている商品が少ないと、来ても希望の商品が買えなかったりしません?」

写真カズオさん

「いや、だから電話して取り置きしてもらえればいいのよ?実際、そういう常連さんは多いですよ。特に食パンは予約分で完売してしまって、店頭に並ばない日も多いから」

写真ライター吉田

「電話で取り置きですか。あの、実はですね、ここだけの話、食べ●グに載ってるアベニューさんの電話番号にかけたら『現在使われておりません』って繋がんなかったっすよ。それ、ご存知でした?」

写真カズオさん

「え、なにそれ。(レジからレシートを出して)この番号じゃなかった?」

写真ライター吉田

「(スマホ画面と見合わせながら)ご主人、これ下四桁が一個もあってないです。完全に別の番号ですね」

写真カズオさん

「(スマートフォンの画面を見て)あ、本当だ。ハッハッッハ(笑)」

写真ライター吉田

「笑い事じゃないですって!絶対お客さん逃してますよ!」(※)

(※取材後、食べ●グをチェックしたところ、なんと住所も間違っていることが判明! というわけで、ライター吉田、修正依頼を出しておきました。もちろんキッチリ修正していただいております)

【悲報】パン職人なのにパン好きではない件

言葉数は少ないながらも、パン作りへの情熱は相当なものとお見受けするご主人。そんなパン愛溢れる“高崎のジャムおじさん”に、同店の看板商品である食パンの美味しい食べ方について聞いた。

写真カズオさん

「食パンの食べ方? いや実はさ…オレ、あんまパン食わないんだよねえ」

写真ライター吉田

「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

写真カズオさん

「あんまり好きじゃねえんだよ。もちろん作るときにはちゃんと味見してるんだけど、食事でしっかり食べたいとは思えない(笑)。まあパン屋やってるとそうなるんじゃねえかな」

写真ライター吉田

「ご主人、面白すぎます。ちなみに朝ごはんは?」

写真カズオさん

「おにぎりが多いね」

写真ライター吉田

「昼ごはんとか夕食も?」

写真カズオさん

麺類が多いかな

このご主人、相当おもしろい。おそらく常連さんでさえ気付いていない、奥深さがあるのではないか。最後に、気になる後継者について聞いてみた。

写真カズオさん

「後継者なんていないよ。子どももやらない。それどころか子どもからは『体が動くうちにやめた方がいい』って言われてるんだよね」

写真ライター吉田

「う~ん。アベニューさんみたいな、よそ行きじゃないけど、地味に美味しいパン屋さんって街に必要だと思うんですけどねえ」

写真カズオさん

「(遠い目をして)そりゃ『続けてくれ』って人は多いよ…」

写真ライター吉田

「ですよね、言うのは簡単ですね…すいません。ちなみにお子さんはおいくつなんですか?」

写真カズオさん

「もう30過ぎ。普通に勤め人やってますよ。子どもたちは、小さい頃から盆と正月くらいしか休めない私の姿を見てますからね。しかもパン屋って決して稼げる仕事ではない。だから『継げ』とは言えないよね。自分から『どうしてもやりたい』って言うんならともかくさ」

写真ライター吉田

「なるほど。ただ、ご主人の場合は、休めない、儲かんないにも関わらず、もう40年近くお店を続けてるわけじゃないですか」

写真カズオさん

「それは誰かにやらされるんじゃなく、自分で決めたことだからってのは大きいよね。望んで、この生き方を選んじゃった。自分で思ったことを形に出来る仕事の方が良いな、ってさ。それで収入が良ければ一番良いんだけどねえ(笑)。正直な話、毎年のように『今年こそ辞めよう』って思うんだよ。でもお客さんに『やっててくれ』って言われると……ね? そういう、ちょっとしたやり甲斐がなきゃ、とっくの昔に辞めてるよ。何度も言うけど、休めねえし、儲かんねえしさ」

時代の流れとともに変わりつつある高崎にあって、頑なに昔ながらの製法を守り、派手さはないけど堅実で安心感のあるパンを作り続ける「パン洋菓子アベニュー」。ヨソ者がこんなこと言うのもアレだが、こういうお店は街として守ったほうが良い気はする。経験から言うと、おしゃれカフェのおしゃれパンと大手のイマイチなパンの二択って結構ツラいもの。ともあれ長年、金融マン達の胃袋を支えて来た素朴で美味しい昭和パン、ご賞味あれ。

写真

取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

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