キュートな笑顔の店主に恋して
キュートな笑顔の店主に恋して
人の通りが多い高崎市役所や高崎美術館からほど近い中華料理店「可楽」(からく)。ひっそりとした佇まいながら、その味や店主に魅せられて長年通うファンも多いとの噂をキャッチ。うまいものには鼻が利く絶メシ調査隊は、早速「可楽」へ。そこで我々が出会ったのは、半世紀以上も店を“なんとなく”守る、素敵な笑顔を持つ店主だった。
高崎の笑顔の貴公子、ここにあり!
「どうも、絶メシ調査隊のライター船橋です。絶メシ調査隊に入隊してからというもの、頻繁に高崎に足を運ぶようになり、どんどんこの街が愛おしく思えております。だって高崎のご飯屋さんの店主たちはみんな優しいし、なにより高崎グルメは意外とうまいし(失礼!)。なんなんですかこれは。もしや、私、高崎に恋しちゃってるのかな…?」
早くも高崎に魅せられているライター船橋が今回訪れるのは、中華料理店「可楽」。最近話題の町中華のようなその外観から、期待値がぐ~んとあがる店だ。
いざ店内へ。すると、長年の油が染みた厨房を囲むカウンター席や、背もたれのないイスにテーブル、コンビニに置かれているだろう増刊的マンガがお目見え。
「あ~、これはこの店に歴史ありの証だ」と、勝手に憧れの昭和期に思いを馳せるライター船橋。そんな妄想する中、とびっきりの笑顔を向けてくれたのは、店主の小山正男さん。高崎のスマイルの貴公子、その人である。
「まさに癒しの笑顔。ずっと見ていたいくらい素敵な笑顔!」と鼻息を荒くするおじさん好きのライター船橋は、意気揚々と質問を投げかける。
「いやぁもう、激シブのかっこいい佇まい。あっぱれです! やっぱりお店の歴史、スゴイんでしょう?」
「いや、そんなものないよ(にっこり)」
「またまた~! 小山さんがお店を始めた経緯、教えてくださいよ」
「そんなこと言われてもねぇ。本当に漠然となんとなく始めたもんだからさ(にっこり)。元々は祖父母がここ高崎で理容業を始めたんだけど、オヤジは勤め人だったんだよね。それで戦争から帰った時に大判焼きとかの小商いをやり出したの。僕は理容も小商いもやる気がなくて、自分の代になったら飲食店が食いっぱぐれないんじゃないかなって思いついただけなんだよね」
「まさかまさか。でも中華料理を選んだのには、こだわりがあるんですよね!!!!!」
「いやそれもないよ(にっこり)。ラーメンとかチャーハンがいちばん手っ取り早いと思ったんだよね。それで18歳で東京に修行にでてさ。もうすぐ70歳だから52年も前のことになるよ」
「70歳? え、小山さん若くないですか!!!」
「全然そんなことないよ(にっこり)。腰は曲がってるし、体はそれなりだよ。最近は腕が痛すぎて中華鍋も振れない。だから普通10回振るところ3回にしてんだ。味が変わるかって? そんなことはないんだよ。あとの7回、きちんとかき回せばいいんだから」
「(キュートすぎるだろ……)。店の名前、“可楽”はさすがにこだわりを持ってして決められましたよね!!!!!」
「そこまでじゃないんだよね(にっこり)。これも中国語の単語帳をペラペラめくってたら見つけただけ。“楽しく過ごせる”という意味。まぁこれまでの50年間、なんとかそれなりに楽しくやってこられたけどね」
レシピなんてない…作り方は体が覚えている
「こだわりの料理は?」との問いにも、小山さんは「そんな大層なものじゃないよ」と厨房でにっこりほほ笑む。今回は、ランチで人気の高いという肉野菜炒め定食を作っていただくことに。
「あ、奥さんが見守ってくれてますよ!」
「年中けんかになるけど、うちの女房はこの店の四番でエースでキャプテンだからね。おおよそ逆らえないよ。50年間、一度もアルバイトを雇わずにいられたのは、お金の問題もあるけど、ある意味、女房がいたからかもね」
「50年間アルバイトなしですか! すごい! ちなみに料理のこだわりはあるんですよね!!!!」
「そんなものないよ(にっこり)。細かいレシピもないし、料理は体が覚えているもんだよ。だから鍋を振ってるときも、“次の休みどこに行こうかな”って考えてるんだ(にっこり)」
そしてものの30秒で肉野菜炒め定食を作り上げた小山さん。それも鍋を3回しか振ってないとは、とうてい思えないほどの手さばきで、だ。
そして出来上りがこちら。
愛しの小山さんの料理、いただきます!
「うまいうまいうまいうまい~!!!! 調味料も材料もシンプルなのに、この味は絶対家で出せないですよ!」
「そう? よかったねぇ。やっぱり鍋を3回しか振ってないからかな(笑)。あまりやりすぎちゃうと野菜のシャキシャキ感がなくなっちゃうからね」
70歳にはとうてい見えない小山さんだが、一般的にはシニア枠であることには違いない。愛するが故、小山さんに聞いてみたいのだ。お店の今後はどう考えているかということを。
「それはわからないよ。明日で終わるかもしれないしさ。もし、辞めていいなら今だって辞めたいくらい(にっこり)。後継者もいないし、子供たちにもやらせたくない。もしやりたいと言い出しても、『やめておけ』っていうね。これからの時代はもっと大変になるだろうしね。だから今は、できるところまで続けられたらってくらいの感じ。そんなに難しく考えてもいないんだよね」
投げかける質問にいつも笑顔で返してくれる小山さんは、間違いなく街の人に癒しを与えて続けてきた人。それもきっと本人さえも気づかないくらいのさり気なさで。そんな小山さんのこの笑顔に一度出会ってしまったら、恋せずにはいられないはずだ。それがたとえ、3回しか鍋を振らない炎の料理人だとしても。