異端系食堂大豪

No.09

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看板ナシ、メニューは2品、営業時間は2時間半
高崎が誇る“異端系食堂”はいろいろスゴい

高崎駅から車を走らせることおよそ10分。県道27号沿いに静かに佇む食堂「大豪」(だいごう)は、看板は崩れ落ち、飲食店にありがちなテントものれんもかかっていないばかりか、営業中の文字すら見当たらない謎多き店。

ところが、この大豪についてグルメな高崎市民に聞けば、“隠れた名店”という声が上がる。それはなぜか。この謎を解き明かすべく、絶メシ調査隊は大豪へ向かった。

(取材/絶メシ調査隊 ライター船橋麻貴)

大豪、外観から圧倒されるただ一つの食堂

写真ライター船橋

「はじめまして。ライターの船橋です。千葉県出身、東京在住の私ですが、高崎は、実は親近感のある街。なにせ2年前に、群馬出身の友達に誕生日プレゼントとして巨大なだるまを送りつけられて以来、ずっと気になる存在だったもので。部屋に鎮座する巨大だるまにはまだ目すら入れられていませんが、この街は幸運をもたらせてくれるに違いない!」

そんなライター船橋が今回向かうのは、高崎が誇るミラクルな食堂「大豪」。店を知る高崎市民は口を揃えて「とにかくものすごいから…」と意味深に言う。

ほほぅ。

飲食店取材を死ぬほどやってきて、あらゆる種類の店を知っているグルメライターの船橋に対して、そういうハードルの上げ方はどうだろう……。と思っていたけど、店前に着いたとたんいろいろと理解できた。

納得。

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こう見えて営業中

ご覧の通り、一般的な飲食店のそれとは違い、目立った看板もなければ、のぼり旗すらなく一切の飾りっ気がないのである。一見、営業しているかすら不明のように見えるが、この日ももちろん営業中だ。これはもう規格外すぎる。

早速店内に入ってみると、そこに広がるのはいくつかのメニュー札とカウンター席。

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カウンターののれん越しに調理場をチラ見

店の奥には畳の部屋も。実家的な懐かしい雰囲気を漂わせる。

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田舎のおばあちゃん家のような居心地の良さ

取り急ぎ気になるのが、あんまりにもすっきりとした外観。一体全体、どうしてこうなったのか。

調理場でもくもくと作業を続ける店主の小曾根勉さんに話を聞いてみた。

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こちら小曾根さん、パッと見怖そうだが、話すと誰しもがトリコになるスーパーチャーミングな方

写真小曾根さん

「やってるんだかやってないんだかわからなかったでしょ? 看板は何年か前の台風で落ちてからそのままなんさ。ひさしのテントも随分前に壊れちゃった。のれんは3年くらい前かな。どんどん破けていくもんだから、ガムテープでとめてたけど風が強い日は、飛んでいっちゃうんだよね。だから出さないほうがいいなって思ったわけ」

写真ライター船橋

「出さないほうがいい、ですか。直そうとはしないんです?」

写真小曾根さん

「ないない。修理する気なんてないよ。お金の無駄じゃない。それにお客さんもこれで十分だっていうの。キレイにしすぎると入りづらくなっちゃうって

写真ライター船橋

「なるほど。お客さんとの濃密な関係性があるからこそ、この状態でも問題ないわけですね」

食べる前から圧倒されっぱなし。これは期待以上の店かもしれない……。

御託はいらない ウマいは正義

驚きのエピソードをひょうひょうと話す小曾根さん。そんな彼が店をオープンしたのは、昭和58年のこと。高崎駅前のデパート、高崎スズラン内にあるファミレスで務めていた時、長野への転勤を言い渡されたのがきっかけだという。

写真小曾根さん

高崎が地元だからほかの土地には住めないよ。だから独立しちゃったわけ。最初はラーメンととんかつの店でスタートしたんだけど、とんかつなんて10年やって1個も出てないって気づいた時にやめて、カレーも全然出ないからすぐに取りやめ。餃子もやってたけど暑くてイヤだったし、鍋を振れる火力の強いガス台も1個しかないから麻婆豆腐もやめた。だから今、メニューは2品だけ。だって結局それしか出ないんだもん」

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取り残された今は亡きメニューたち

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カウンターにでかでかと掲げられた「みそラーメン」の姿も現在はない

かつて存在した味噌らあめんやとんかつといったメニュー札はそのままだが、実在するメニューは、らあめんセットと炒め定食のみ。小曾根さんのお言葉をポジティブ転換するなら、その2品は「淘汰されて残った精鋭中の精鋭メニュー」と言える。

それでは心していただいてみよう。

まずはらあめん定食から。

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らあめん定食700円。このボリュームでこの価格って、どうかしてるぜっ!

らあめんのスープを一口含んでみると、しょう油のほのかな香りが広がってとてもウマい。聞くと、スープは鶏ガラと豚肉を毎日4時間弱も煮込んで出汁をとっているという。それでも「こだわりなんかない」ときっぱり言う小曾根さん。職人である。

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鶏と豚の旨みがたっぷり詰まったスープをタレに加える。これが実にウマいのだ

写真ライター船橋

「このスープの味。マジでくせになりそうです。こだわりなんてないっておっしゃいますけど謙遜ですよね。この味の秘密、教えてくださいよ」

写真小曾根さん

「なんにもないって! 醤油だって、スーパーで1.5リットル200円のいちばん安いものを買ってるし。まぁ、味の決め手は、旨み調味料と塩かな。それもブランドにこだわりなし。なんだっていいの。よくテレビなんかで旨み調味料を一切使ってませんっていう店あるけど、あれは絶対嘘だと思うね。やっぱり使わなきゃ、この味は出せない。だからいっぱい入れるよ! これに酒やねぎ、にんにく、しょうがを加えたら大豪のタレが完成。まったく問題ないね」

清々しいまでの断言。言葉にも味にも迷いがない。

そしてもう1品の生き残りメニュー、野菜炒め定食がこちら。

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野菜炒め定食700円。見るからにスタミナつきそう

いざ味わうべし!

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パクリ。こ、これは…

上に乗った生卵が辛みのある野菜炒めをマイルドにしてくれていて、ごはんがすすむ味わい。うま味調味料を使おうがなんだろが、ウマいものはウマい。ウマいは正義。そのことを改めて知らしめる一皿だ。

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優しい笑顔で食べているライター船橋の様子をのぞく小曾根さん。なんだか、男としてかっこいい

写真小曾根さん

「うまいだろ? 味つけは、らあめんにも入れてるけど、豚ひき肉に豆板醤と旨み調味料を和えたもの。ただこれだけ。これで味をごまかしてるの(笑)!」

そう言って、大豪秘伝の隠し味を紹介してくれた。
それがこちら。

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大豪の味の要、豆板醤ひき肉。ほどよい辛みが最高。クセになる味。これも米がすすむやつ

創業以来、35年かけて淘汰されていったメニューたち。なかには中華の定番・チャーハンもあったというが、(しかもそれなりに人気メニューだったのに)「面倒くさすぎてやめた」と小曾根さん。もっともメニューからは姿を消したが、どうしても食べたいというお客さんには、「暇があればつくることもある」(小曾根さん)というのである。

潔くやめていったのは、メニューだけでなく営業時間も同様だ。

写真小曾根さん

「店を始めた当初は忙しかったんだけど、周りにチェーン店がいっぱいできちゃって売り上げは当時の3分の1程度。だから3年くらい前に、夜の営業もやめちゃった。お客さんがひとり来るか来ないかを待ってるのもヤダからね。昼が終わって夜の営業に向けて空調を入れたり、鍋の火をつけたりって考えると、夜の営業するのって赤字なんだよね。だったらはじめからやらない方がいいの」

即断で合理的な小曾根さん。シャイな本人は認めないかもしれないが、メニューも営業時間も削ったのは誰よりも“こだわり屋”ゆえ、何ひとつ手を抜きたくないからではないだろうか。

そんな小曾根さんに最後に聞いてみたい。この先の大豪の行方を。

写真小曾根さん

「僕も今年で69歳。もう年だからやってもあと数年かな。後継者? いやぁ、こんな汚い店、誰も継がないでしょ。だって忙しいときばっかりじゃないもの。暇なときなんてお客さん5~6人で終わっちゃうときもあるし…」

壊れた看板も直さないし、営業時間も超絶短いし、メニューも2品だけ。これだけを聞くと不親切に感じるけど、「そこがいい!」と通いつめる人がたくさんいる。こういった常連さんの思い通り、一度入ったらそのディープさがヤミツキになってしまう店、それが大豪だ。そんな店が、素敵な小曾根さんが、この地にいつまでもいてくれたら、再訪する日を夢見て明日からもまた頑張れる気がする。大豪の存続を願うばかりだ。

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取材・文/船橋麻貴
撮影/今井裕治

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