幸せになるスパゲッティデルムンド

No.16

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パスタの街で40年営業

おしどり夫婦がつくる

“幸せになるスパゲッティ”

JR高崎駅から徒歩5分。赤い窓枠が目印のビルに「デルムンド」はある。「なんでもコツコツやる」性格のマスター高橋康夫さんと、山登りにテニスと多趣味で、自他ともに認める“必殺遊び人”の恵美子ママ。高崎市がパスタの街と呼ばれるきっかけを作った名店「シャンゴ」の系譜店として、40年前にオープン。イチ押しを聞くと、返ってきたのは「“ハンブルジョア”よねぇ」とちょっと聞き慣れない言葉。むむ? 「ハン」って半? 「ブルジョア」ってフランス語のbourgeois? たくさんのクエスチョンマークを頭に浮かべながら、いざ調査!

(取材/絶メシ調査隊 ライター井上こん)

結婚と同時に店をオープン
あれからいつも一緒

写真ライター井上

「麺には目がないライター井上です。高崎といえば“パスタの街”として有名ですが、専門店が急増したのは実はここ最近の話だそう。今回お邪魔する『デルムンド』さんは創業40年と、高崎やスパゲッティ文化の移り変わりを見てこられた貴重な存在とあって、お話を伺えるのが楽しみです!」

写真

駅前の大通り沿いに建つビルの2階へ。美味しいスパゲティが食べられるとあって、わっくわくのライター井上。

写真

光が射す明るい店内で迎えてくれた高橋康夫さん・恵美子さん。「マスター」「ママ」と呼び合うお二人は中学の同級生。この1枚からも仲の良さが伝わるはず

脱サラ後に20歳で飲食業界入りしたマスターの高橋さん。高崎パスタの雄「シャンゴ」他、数多くの飲食店で修行した後、中学時代の同級生でもある恵美子さんと結婚。同時に“安くて旨い洋食店”をモットーに「デルムンド」を開店する。今から40年も前の話だ。

当時の高崎駅周辺は地方都市としては珍しく、「ダイエー」「高島屋」「藤五」「スズラン」「ニチイ」と5軒ものデパートが並び、土日にもなると目抜き通りは大勢の買い物客で賑わい、マスター曰く「東京の表参道のような感じ」だったという。

写真マスター

「その一角にあるし、味には自信があったから何とかなると思っていたんだけど…最初こそ知り合いが来てくれたけれど、2カ月経ってからが正直大変だった。大通りを歩く人たちを、指をくわえて見てる時期もありましたね」

だがやはり、旨いものは旨い。価格も当時スパゲッティ一皿350円と超リーズナブルだったこともあり、 徐々に常連が増え始め、気づけば繁盛店に。開店にかかった借金も1年半で完済し、8年後には2階に客席を増やし店の規模は倍に成長した。

写真ライター井上

「お二人で2階に客席がある店を切り盛りするなんて、想像するだけでも目が回りそう。ママはこんな華奢なお身体で肉体的にも精神的にもさぞ大変だったのでは?」

写真ママ

「最初は苦労したわよ。私は若い頃は、デパートの宝石サロンに勤めていて給料もボーナスもすごく良かったの。それだけに“レストラン経営”って響きはいいけれど楽じゃないのねぇって思ったわ。それに、私も一生懸命やってるのに、マスターがすごく怒ってくるわけ。何でこんなに怒られなきゃいけないのって(笑)。デパートのころはそんなこと一度もなかったから、ショックだわ悔しいわで一生懸命覚えたの。夢でうなされるくらい」

写真

「寝言で『それはあっちに置いて』とか言ってるのを聞いて、なんだか可哀そうなことしちゃったなと反省したよ」(マスター)

当時を「必死で働いて、必死で遊んだ」と振り返る恵美子ママ。その言葉を聞いて思う。お二人は夫婦であり、親友であり、同志なのだ。「お金や時間がないからって遊びに行かないってことはしなかったわ。毎週どこかに行って、美味しいものがあると聞いたら食べに行った。だって人生一度きりだもの」。ママ、至言である。

忘れられない“えんぴつおばさん”

なんせ40年。長い歴史のなかで“珍客”がいなかったわけじゃない。

写真マスター

「40年もやっているといろんな方が来ますよ。初めて来るお客さんなのに焼酎ビン片手に『マスター飲むべー!』とか」

写真ママ

「そういうときは、ややこしくなるからあなたは出てこないで、ってマスターをなだめて私が行くわけ(笑)。昔、お客さん同士でケンカが始まりそうになったときも仲裁したこともあったわね」

写真マスター

「あと“えんぴつオバサン”は忘れられないね」

写真ライター井上

「ネーミングからして忘れられなさそうな感じがします」

写真ママ

「随分昔の話だけど、ドレスを着て髪の毛にえんぴつを刺した女性が来たことがあったの。かんざしじゃなくて鉛筆ね。で、コーヒーをオーダーして、ひとり飲んでたんですけど、ふとある男性のお客さんのところに忍び寄って、隣りに座ったかと思ったら、その男性が飲んでいたレモンスカッシュに、自分のコーヒーのミルクをガバガバ入れだして! 男性もすごくびっくりして固まってるわけ。すぐに私が出ていって『お客様、どうされましたか?』って聞いたら、どうもその男の子が気に入っちゃったからついやっちゃったって言うの。あれにはちょっと驚いたわね」

写真ライター井上

「えんぴつオバサンの行動、トリッキーすぎる…。やっぱり歴史ある店って、面白い物語がごろごろと転がっているんですね」

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「まぁなんとか丸く収めて帰っていただきましたけど」と当時を振り返る恵美子ママ。仲裁のプロである

絶品ミートソースに新感覚トマトソース
40年の味に悶絶

 

ぐぅ。

腹の音が鳴る。もう居ても立ってもいられない。マスター自慢のお料理をいただかねば! ということで名物の「ハンブルジョア」と、こちらも人気の「スパゲッティ&オムライス」の二皿をオーダー。

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フランベをしながら手際よくフライパンを振る。ジュオ~ッと胃袋を刺激する音が店内に響く

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「できるだけ調味料を使わず、素材の持ち味を生かすのがポイントよ」とママ。自慢のミートソースは煮詰めること1週間。味の決め手は丁寧に鶏ガラから引いたダシだ

美味しそうな香りを漂わせて「ハンブルジョア」(税込950円)が登場。

ドン。

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ミート―ソースとハンバーグを嫌いな人なんているのだろうか

「シャンゴ」の大盛りスピリットを受け継ぎ、スパゲッティは並で350g(大盛りは600g!)。そこに大きな大きなハンバーグがドンと乗る。この時点ですでに攻撃力は高いというのに、さらにこれでもかというほどミートソースがかかり、見ているだけで口の中が生ツバでいっぱいになっていく。

謎の呪文“ハンブルジョア”の由来も判明。ある日、ハンバーグとミートソースの両方を食べたいという常連さんに出したところ、「こりゃブルジョアが食べる料理だ」とたいそう喜んだことからメニューに仲間入り。“ハンバーグ”と“ブルジョア”で「ハンブルジョア」と名付けたそうだ。

そしてこちらは「スパゲッティ&オムライス」(税込950円)。

バン。

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今回は珍しい“トマトソース青じそ”をチョイス

合わせるスパゲッティはナポリタン、バジリコなど7種類から選べ、もちろん「ハンブルジョア」に使うミートソースも可。

美味しそうなスパゲティを二皿同時に食べられるなんて…と俄然テンションの上がる井上。さぁ、食すがよい!

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見るからにわんぱくな二皿を前に力がみなぎってくる!

写真ライター井上

「まずはハンブルジョアから。うわっこのミートソース美味しい! ブイヨンのうまみが直球で届いてから香味野菜の甘みが広がって……クセになる! そしてこのハンバーグときたら予想の何倍も旨みが濃い! ってアァ! 流れ出た肉汁がスパゲッティに絡んで、ただでさえ美味しいミートソースが食べ進めるほどに美味しくなるじゃありませんか! これを大盛りにしなかったなんて……バカバカバカ!」

ハンブルジョアのうまさに大喜びの井上。続いて食べた「スパゲッティ&オムライス」にも悶絶。ミートソースもハンバーグもオムライスも全部食べられるなんて、幸せの極みじゃないか。

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オムライスの卵は薄く、ライスもシンプルな味つけでスパゲッティが引き立つ。“トマトソース青じそ“は青じそをたっぷり使い、香りでも楽しませる個性派

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「わぁ! 予想以上にトマトの酸味としその清涼感がリンクしてる! トマトソースといえばバジル一択だと思ってたけれど、しそとの相性のよさは感動的。家でも真似させてもらおうっと」

うちの味を引き継ぎたいなら、全てを教える

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移転前のデルムンドの外観。こちらの写真は現在、店内に飾ってある

実はデルムンドは2006年に今の場所に移転している。移転に際して3階建てビルを建築。個人経営の飲食店が「ビルを持つ」という大きな決断はなにを意味するのか。デルムンドの将来について尋ねてみた。

写真ママ

「うちは娘二人で後継ぎがいません。娘たちに継がせたいなんて気持ちもありませんね。自分たちは好きに生きてきたんだから、子どもたちも好きに生きればいいのよ。私たちは私たちで子どもに迷惑をかけないようにしないとね」

写真マスター

「この内装も、将来貸すことを前提に、移転の際にデザイン会社に依頼したんですよ。洋食屋だけじゃなくてカフェやバーとして使えるような内装なのはそのためです」

写真ライター井上

「そうですか……。でも、この味がなくなるかと思うと、やっぱりさみしいです」

写真ママ

「もしうちの味を引き継ぎたいという人がいれば、全部教えてあげるつもり。ただ最近は教えてもすぐに辞めてしまう人が多いと聞くし、私たちも絶対に引き継ぎたいとは思っていないけれど、もしそういう人が現れたらうれしいわよね」

写真ライター井上

「では、本サイトで後継者募集とかしてみますか?」

写真マスター

「いや、それは止めておこうかな。だって、まだ辞める気ないし(笑)」

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「何にせよ、もう少しこのままやっていたいね。お客さんにも応援していただいてるし」

お二人が醸す柔らかい空気に、取材中にもかかわらず「いいなぁ」という言葉を何度も呟くライター井上(独身)。店を後にしても、「あんな夫婦になりたいなぁ」と上の空である。

必死で働いて、必死で遊んだ」。人生を謳歌しながら夫婦二人三脚で走ってきた40年は、温かく、愉しく、エネルギッシュで、魅力的で、だから美味しい。「デルムンド」はこの街の太陽だ。

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くう~っ、うらやましい!

取材・文/井上こん
撮影/今井裕治

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