ステキなママとうまい焼きそばすみれ食堂

No.22

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ステキなママとうまい焼きそば

もう“それだけでうれしい”大衆食堂

高崎市民ならきっと誰もがお世話になっている「すずらんデパート」のすぐ近くに、アイビー(へデラ)の蔦が絡まった一軒家がある。店名は「すみれ食堂」。かつてはすずらんデパートの買い物客、さらに周囲で営業していたパチンコ店や雀荘の客で賑わっていたという大衆食堂だ。今も当時からの常連客に愛され、「やたらとくせになる焼きそば」を提供しているらしい。聞くところによると50代~60代と思しき“かわいらしい女性”がひとりで営んでいるとか。どんな店なのだろうか。ちょっと覗いてみようじゃないか。

(取材/絶メシ調査隊 ライター田中元)

お値段数十年ほぼ据え置き
ドリンク持ち込みも可能

写真ライター田中

「アヴァンギャルドな挑戦心が必要とは思いながら、ついついオーソドックスな『いつもの感じ』に落ち着きがちのライター田中です。本日はそんな『いつもの感じ』を充満させている老舗定食屋・すみれ食堂さんへお邪魔することとなりました」

写真

店前にはMONGOL800的に「ラーメン400」などと書かれた看板が

お相手いただくのは、「すみれ食堂」2代目店主の新井京子さん(65歳)。噂通りのかわいらしい雰囲気のおかみさんである。

写真

背後にいる「ふなっ●ー」とシンクロする奇跡のショットでのご登場

「写真はちょっと…」と、ご本人はあまり前面には出たがらないご性格のよう。引っ込み思案なのか、それとも取材に乗り気ではないのか……まずはお店の歴史について伺ってみよう。

写真新井さん

「お店の始まりは63年ぐらい前のこと。両親がここの近くで『新井食堂』という名前の食堂を開いたのが最初です。そこでしばらく営業を続けて、私が小学5年生のときにここに移転して、店名も『すみれ食堂』に改めました」

写真ライター田中

「なるほど。改名の理由は? お母さんのお名前が“すみれ”さんなんですか?」

写真新井さん

「いえ、違います。家族に誰も『すみれ』なんて名前の人間はいません。親戚のおばさんが“すみれがいいって”言うんで、それで決めちゃった感じですね」

写真ライター田中

「特に深い理由はないのですね」

写真新井さん

「そうですね。うちの店、主義主張も信念も何もないんですよね。だいたい私自身がたまたま跡を継いだだけの2代目ですし。よく熱血主人の店とかあるでしょ。でも古い個人商店のほとんどは私のように地道にやってるだけじゃないでしょうか」

こんな店を取材したって仕方ないじゃないの。そう言わんばかりに、ファーストコンタクトで、ライター田中の質問を軽やかなステップで交わし、顔面に冷水の如くジャブを浴びせる新井さん。なんともいけずな方である。いや、“インタビュアー殺し”とも言える。しかしライター田中、負けじと質問を続ける。

写真ライター田中

「メニューの値段もかなり抑えられていますよね」

写真

緑地に白文字で書かれたメニュー一覧。やはり安い。「ビール(中)」と「コカ コーラ」の間に無理やりぶち込んだ「からだすこやか茶W」の文字が気になる

写真ライター田中

「どれも安いですね。なんか、“からだすこやか茶W”だけ後から無理矢理入れたっぽいですけど」

写真新井さん

「最近入荷したんですよ。といっても、ほとんどみなさん、ペットボトルで飲み物持ち込んで来ますけどね

写真ライター田中

「えっ、飲み物持ち込みOKなんですか?」

写真新井さん

「はい。それくらいはいいですよ。さすがにお酒持ち込む人がいたら注意はしますけど

写真ライター田中

「大らかですね。ちなみに値段はどれもお安いですけど、値上げとかはずっとしてないんですか?」

写真新井さん

「そうですね。ラーメンを350円から400円にした以外は、ほとんど何十年もこの値段です。今はどこも安いじゃないですか。牛丼チェーンとか、300円台で食べられたりするでしょ」

写真ライター田中

「そこライバル視しますか。相手、大資本ですよ」

写真新井さん

「でも、実際その値段で食べられるわけだからねぇ」

低価格のラインナップ&ペットボトルの持ち込みOKという大らかさを持ち合わせながらも、大資本と真っ向勝負を挑む新井さん。うむ、なかなか面白いではないか。おそらく噛めば噛むほど味が出るタイプの方なのであろう。

写真ライター田中

「おかみさん、とても魅力的な方とお見受けしました。思いつきで言っちゃいますけど、おかみさん目当てでお店にやってくる常連さんもいるんじゃないですか?」

写真新井さん

「それはどうでしょうね。こっちはお客さんになってくれればいいので、うまいことあしらったりはしてたかもしれないですけどね」

写真ライター田中

「食堂のおかみさんというよりスナックのママのコメントですよ、それ」

写真

ライター田中の巧みなインタビューにより、徐々に心を開きはじめる新井さん

看板メニューの焼きそば
味の決め手は「ラード」

「すみれ食堂に行ったなら、焼きそば定食を食べるべき」

事前調査でそのような有力情報をゲットしていたライター田中。迷わず、焼きそば定食をオーダーしてみる。

なお、新井さんはすみれ食堂をお一人で切り盛りしている。だからオーダーも、調理も、配膳も、全部ひとりでこなす。

キャベツ炒めーの。

写真

サササッと!

麺入れーの。

写真

焼きそばとキャベツの相性の良さは異常

運びーの。

写真

はい、おまたせしました

写真

焼きそばにご飯、味噌汁、お新香も添えられて620円。焼きそば単品だけなら400円

写真新井さん

「セットの味噌汁やお新香はお客さんの好みでつけたりつけなかったりします。常連さんが多いおかげですぐに好みを判断できるからね」

写真ライター田中

「私のように常連ではない場合は……」

写真新井さん

若い方なのでご飯多めにしておきましたよ

写真ライター田中

「ありがとうございます。ただ絶メシ調査隊では最高齢なので、ご飯多めは胃薬待ったなし案件です」

写真

といいつつ、一気にいきますよ!

ズパパパパパパパ~!!

写真

バキューム田中、吸引力はまだ衰え知らず

写真ライター田中

「しつこいわけではないけど、しっかり濃厚な味わい。ソースだけが主張してくるそこら辺の焼きそばとは一線を画す一皿ですね。くせになると言われる所以、すごくわかります。そしてご飯ももりもり進みます!」

写真

焼きそばとご飯のセット、ありだと思います!

写真新井さん

「ありがとうございます。うちの焼きそばは塩、胡椒、和風だしの素、ソース、それからラードで味付けしています。ラードっていっても、チューブに入って売ってるのじゃないですよ。ちょっとめんどくさいんですけど、豚の背脂を細かく切ったのを中華鍋にかけてラードを作るんです。ギョーザや野菜炒めもそのラードを使ってます。一般的に家庭ではサラダ油だと思いますけど、ラードの方がコクがあって美味しいんですよ」

写真ライター田中

「なるほど、これはラードのコクでしたか!納得です。いやぁ、うまいですよ。“この店では焼きそばを食べるべき”って噂、ホントなんですね!」

写真新井さん

「その噂は知らないですけど、焼きそばはラーメンより作るのずっと簡単ですから、焼きそばが出るのはうれしいです」

写真ライター田中

「そういうことは秘密で!」

還暦前にギターを始める
しかもYouTubeで独学!

絶品の焼きそばを食べて、食後のトーク。ママ…いや、おかみさんとの食後のトークは、この店でのデザートである。

写真ライター田中

「さっきから気になってたんですけど、店内にギターが置かれていますよね」

写真

桟敷席のテーブル下に置かれた一本のギター

写真新井さん

「ああ、これね。私が弾くんです

写真ライター田中

「おお、そうなんですか。若い頃から、趣味でやられていたとか?」

写真新井さん

「いえ、59歳と8ヶ月から始めました

写真ライター田中

「ちょ、つい最近! なにきっかけで?」

写真新井さん

「友だちがやってたのを見て、自分もやりたくなったんですよ。それでYouTubeのレッスン動画を参考に独学です」

写真ライター田中

「すげぇ…」

写真新井さん

「まぁ、あくまで見よう見まねなので、難しいコードがある曲はできません。指が短くてFのコードが無理なんですよね。人生の目標はお店の存続よりもギターの上達です」

写真ライター田中

「言い切りましたね」

写真新井さん

「本当は高校時代からやりたかったんですけど、私の世代だと岡林信康とか反戦フォークとかでしょう。それはちょっと違ってて…。軽音楽部みたいなのができるのはもうちょっと下の吉田拓郎あたりが出てきてからなんですよね」

写真ライター田中

「せっかくなので何か弾いてください!」

写真新井さん

「ええ、今ですか? あんまり新しい曲はわからないけど…」

写真

新しい曲は知らないのよね、と言いながらメガネをかけて譜面を眺めつつ弾きはじめたのは……

まさかの桑田佳祐、2017年新曲!
(♪ NHK連続テレビ小説『ひよっこ』の主題歌「若い広場」)

写真

なんでこんな新しい曲を知ってるんですか!

写真新井さん

「みなさんも一緒に歌いましょうよ♪」

写真ライター田中

「(この歌知らないけど)もちろんですよ!」

写真

手拍子しながらなんとなく歌う同行スタッフ。どうやらこいつもこの歌を知らないようである

図らずも歌声喫茶と化した店内。すみれ食堂は、夜半にはしばしばこういう状況になるらしい。ステキなママがいて、最高の焼きそばが食えて、そして(たまに)歌声に溢れる。最高の店ではないか。

写真ライター田中

「まだまだお元気にお店を続けられそうなところでこういうことをお聞きするのもなんですが、お店の跡継ぎとかは……」

写真新井さん

「私の体が動く限りは続けますが、それができなくなったら終わりですね。後継者もいませんし

写真ライター田中

「この店を継ぎたいという方が現れた場合は?」

写真新井さん

「私自身がここに住んでますから、生きている間はそういうことは考えられませんよ。でも私が死んだ後だったら、どうしようと構いません。継ぎたいのであればどうぞ。最近、古民家を改装したりするのが流行ってるんでしょ? うちもかなりガタがきてるから、そこまで考えてやってくれるならどうぞご自由に。まぁ、まだ私は死にませんけどね(笑)」

写真

すみれ食堂の外観。アイビーの蔦が絡まった雰囲気のある店

ご両親の代から数えて約63年も続いているすみれ食堂。ご本人は主義主張もなく地道にやっているだけと仰るが、こだわりのラードで炒めた焼きそばの味は「本物」であった。また気分がよければ聞けるかもしれないおかみさんのギター演奏、さらには引っ込み思案ながらも積極的に話しかければ受け答えしてくれるスナックママ気質もたまらない。これらを常連客だけのものにしておくのはもったいない。

もちろん一流グルメ誌で紹介されるようなお店ではない。普通のお店だ。だけど、そんな普通のお店が次々と姿を消している。

だからこそ、今、こういうお店で腹を満たしたい。普通でいい。それだけでうれしい。

写真

取材・文/田中元
撮影/今井裕治

  • このエントリーをはてなブックマークに追加