スナック経営&トラック運転手
人生波乱万丈の店主がつくる
コシありすぎ田舎うどん
高崎市の中心部からややはずれた県道沿いに、何台もの自動車がひっきりなしに出入りする一角がある。駐車場の背後にあるのは、一見事務所風の建物。それでいて燦然と輝く「うどん」の看板と暖簾。実はこちら、地元で人気の隠れ名店なのである。20年以上にわたって切り盛りするのは、見かけは無骨な店主だが、話を伺ってみるとなんともざっくばらんな超絶話しやすい方だった。絶メシ調査隊の勘の良さを自画自賛しつつ、いざレポートスタート!
喫茶店→スナック→うどん屋
謎の経緯を持つ店主
「絶メシが各種メディアでも取り上げられているそうで、調査隊の一人として大変喜ばしく思っております。これによってこれまで取材したお店に新たな展開があるといいなあ、ついでに俺の花嫁候補も現れないかなあ、などと夢見るライター田中です。花嫁候補の方に条件はあまりつけたくありませんが、できれば今回取り上げるようなお店に行くのもためらわない、幅広い好奇心に溢れた気立ての良い美人、さらにそこそこ稼げて、気は優しくて力持ち……ということで心当たりのある方は自薦他薦を問いませんので、ご応募お待ちしております」
そんな独身おっさんライター田中がやってきたのは、手打ちうどんの店「あづまや」。田中が未来の花嫁と行ってみたいタイプの飾らない店である。
群馬県は小麦粉の生産量が北海道、福岡県、佐賀県に次ぐ全国第4位(2011年集計)。もちろんここ高崎も粉ドコロである。高崎グルメといえば全国的にはパスタが断然目立っているが、実は高崎はかなりの“うどんシティ”でもあるのだ。
そんなうどんにうるさい高崎市民に愛されているのが、今回訪れた「あづまや」なのである。
出迎えてくれたのは店主の東努さん。昼間の忙しい時間帯はパートさんを雇いながらも、基本的には麺作りから調理、接客までを一人で担当する働き者のおやじさんだ。
「開店したのは平成8年8月8日、今年で21年になります。うどん屋の前にはスナック、その前は喫茶店をやってたんですよ」
「初球からぶっこみますね。というか喫茶店からスナックを経てうどん屋へ!? そりゃまた不思議な展開ですが。まずは喫茶店経営からお聞かせください」
「高校時代にパーラーでコック見習いみたいなバイトをしていて、調理や、自分が作ったものを人に食べてもらうのが好きだったんです。それで自分の店を持ちたいと思い、某フランチャイズでコーヒーとかパフェとかピザとかスパゲティの作り方をがんばって覚えて喫茶店を開業したんですよね」
「努力して夢を勝ち取る…素晴らしいじゃないですか」
「でもねえ、町の中心部の店ならこれで成り立ってたんだろうけど、郊外だったこともあって、毎日同じお客さんしか来ないんですよ。そうするとレギュラーメニューなんて早々に飽きられちゃうでしょ。そこで日替わりランチが中心になっていって、せっかくフランチャイズで学んだことが活かせない状況になっちゃった。さらに(従業員のほとんどが常連さんだった)近所の会社が移転しちゃって、売り上げも激減。こりゃまずいなと、喫茶店を閉めて、昼間はトラック運転手をやりながら夜はスナックという形態に変更しました」
「えらくハードそうな形態ですね……。それはいつ頃のことなんでしょうか」
「昭和58年だか59年頃ですね。当時、自分は29でした。そのスナックでは女の子を雇ったりしてたけど、日によっては来られないときもあるじゃないですか。そういうときは自分が女口調でお客さん対応したりね。『あら、いやだぁ』とか言いながら。それで結構なんとかなるもんなんですよ。あ、その気は全くないから誤解しないでね(笑)」
「なんの話ですか……。しかし喫茶店からスナック、うどん屋という展開はやっぱり不思議です。特にスナック(&トラック運転手)からうどん屋の落差がすごい」
「(スナックで働いているときは)夜は決まって酒を飲むわけですけど、そうすると翌日は食欲があんまり出ないんです。でも昼はトラック運転手なんていう体力勝負な仕事だから、無理してでも何か食べないといけない。そういうときに喉を通るのがうどんだったんです」
「ま、まさか…」
「そう。毎日うどんを食べているうちに、うどんへのこだわりが生まれましてね。どこが美味いとか情報収集して、行く先々で食べ歩いているうちに、うどん屋をやろうと思いまして」
「(二日酔いの)食欲不振からの転身だったわけですね」
「その通り。やる気を出すためにスナックのお客さんたちにも『俺はうどん屋をやるんだ』って吹聴して、自分を後戻りできない状況にも追い込んだりしました」
「すげぇ…」
「でもね、そんなに簡単じゃなかったんですよ。これまでの経験もあるから、自分の舌と本を読んで勉強すればできるだろうと思ってたら、独学じゃ全然何をどうしたらいいのかわかんなくて。そこで友人のうどん屋に頼み込んで、授業料払うから一年ぐらいで素早く教えてくれと」
「頼む側のスタンスとして、素早く教えろってのがいいですね。ちなみに当時はおいくつぐらいだったんですか?」
「43歳だったかな」
「なるほど」
「そうこうしながら一年間修行したわけですか」
「いやー、さっさと開店したかったからさ、『もうだいたいわかったから』って一ヶ月ぐらいで修行を切り上げて開店しちゃったんですよ」
「あ…東さん…?」
「喫茶店やスナックの経験から、安くて早くて美味ければお客さんが入らないわけがないって確信がありましたから。味についても、なめらかな喉越しと芯があれば美味いという自分なりの基準もあったし」
「めっちゃドヤ顔されてますけれども。ただ、一ヶ月の修行で体得できちゃったってのもすごいですけどね」
「体得というか、真似してるだけですけどね。もちろんアレンジは加えてますが」
「東さん、あなたかなりの正直者ですよ。そんな人のうどん、食べてみたいです!」
食べてみたいのは
店名を冠したメニュー
それでは東さんのうどんを食べてみよう。味のある手書きメニュー表で、ひときわ気になるのは「特あづまうどん」である。
店名を冠した唯一の商品であり、なおかつ普通(並)の「あづまうどん」はメニューには存在しない。なぜ、いきなり「特」なのか。絶対にオススメに違いない。
「やはりイチオシは『特あづまうどん』なんでしょうか?」
「ああ、そうですね。でも、肉汁うどん(500円)なんてどうですか」
「それも気になりますけど、『特あづまうどん』はどういう……」
「たぬきうどんもシンプルで美味しいですよ」
「あ、いや『特あづまうどん』をお願いしたいのですが。ちなみにどんなおうどんなのですか?」
「えっと、ゆで卵、揚げ餅、かき揚げ天ぷらが入ってうどんが大盛りになりますね(素っ気なく回答)」
「ゴージャスですね。記事のビジュアル的にも映えるのでぜひそれで!」
「えー、ちょっとなあ」
「なんでですか!(笑)」
「めんどくさいんだよね、あれ作るの。もりかけうどんじゃダメ?」
「『特あづまうどん』でお願いしますよ!」
しつこくお願いして調理開始
写真ではそんなに量が多くは見えないと思うのだが、かなり大ぶりのどんぶりにうどん、かき揚げ天ぷら、ゆで卵、揚げ餅がぎっしり、本当に「ぎっしり」詰まっているのである。もうこれはどこからどう見ても「特あづまうどん」である。
上から見てみよう。
角度を変えてもう一枚。
それではいただきます!
「コシがありまくりで喉越しもいい。手打ち麺ならではの、バラエティに富んだ麺の太さも、それぞれの食感が楽しめていいですね! さっきの経歴聞いたら、適当な味を想像しておりましたが、ちゃんとうまいです(笑)。……ただボリュームがすごいですね。食べ切れるかな」
(その後、食べ終えて取材に戻るまで、ライター田中は約30分を要した。そして心なしか老けた)
海外に“弟子”が出店
その店構えは本店超え
「放送席、放送席、こちら田中、食べきりました。すんごい量でしたが、すべてがっつり腹に収めさせていただきました。いわゆる『田舎うどん』って感じで、僕はとても好きでしたね。最近の洗練されたうどんでは味わえない力強さがクセになりそうです。って、ここの常連さんはそれを求めているんでしょうね」
「どうですかねぇ。まぁ、そうだとうれしいのですが」
「東さんご自身、お元気そうですしまだまだ先のことになるでしょうけれど、このお店を継がれる方はいらっしゃるんでしょうか」
「それはいませんよ。仮にやりたいという方がいたとしても、なにせ自分が大雑把な覚え方をしてるんで、教えるのは無理があるんですよ。さっきも話した通り、安く早くというのが第一なので、人から見たら乱暴かもしれないけどスピード重視できめ細かな仕事はできないし、実はうどんも毎日出来上がり具合が違いますからね。弟子に『これってどうなんですか』なんて聞かれても、体で覚えてるから教えようがないんですよ」
「じゃあ、あづまやさんは一代で終わりなんですか……」
「日本では、ね」
「日本では……? まさか海外には!」
「(コクリ)」
「超やり手じゃないですか!」
「台湾に“姉妹店”みたいな店があってね。友人の息子がやってるんですよ。その友人に『息子が台湾でうどん屋をやりたいって言うんで教えてやってくれないか』って頼まれてね。で、作り方を教えて……」
「ちょっと待ってくださいよ! 教えられないんじゃなかったんですか?」
「基本はそうですよ。だから、断ろうと思ったんだけど、その友人と一緒に台湾に行ったときに、飲み食い全部出してもらっちゃったんですよね」
「わかりやすい買収工作ですよ!」
「そうなんです。で、まあしょうがねえなと三ヶ月ぐらいあれこれ教え込んで、去年の夏頃にあちらで開店しました。店名が『東努烏龍麺』。『烏龍麺』ってのはうどんのことです」
「『東努』って、店名に思いっきり東さんのフルネームが! どんな感じの店なんですか?」
「え、見たい?」
と、言いつつケータイの写真を見せてくれる東さん。
「ちょ!! お言葉ですが、これ本店より立派じゃないですか!(ライター、田中、正直な感想です)」
「そうなんですよ(笑)。店内の壁には、僕の生い立ちから何からやたらとパネルが貼り出されてるんですよね。まるで偉人のように。一緒に飲みに行ったときの酔っ払ってる写真まであって、ちょっと恥ずかしいけど」
「イジられてるのかまつられてるのかよくわからないですね」
「アハハ。まぁ、台湾に行ったときには寄ってみてくださいよ。あ、もちろん高崎来た時はウチに来てくださいね」
見よう見まねでスタートしながら、地元民に20年以上愛され続け、さらには(なし崩し的にだが)海の向こう、台湾に後継店舗が誕生するまでとなった「あづまや」さん。もっとも東さんが語るとおり、体で覚えた味を完璧に再現することは不可能ゆえ、東さんご自身によってしかこの豪快な味を作り出すことはできない。日によっても異なるかもしれない一期一会のコシのありすぎるうどんを、とにかくまずは堪能してみよう。話はそれからだ!