“サクやわ”ヒレカツ重菊乃屋

No.21

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45年超の歴史に幕ってマジ?
食べなきゃ後悔するかもよ
今、絶対に食べたい“サクやわ”ヒレカツ重

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群馬県民にとって「肉」とは、豚肉にことを指すらしい。ここ高崎市も例外ではなく、豚肉がもっとも美味しくいただける料理のひとつ「とんかつ」を扱う老舗店が実に多い。ところが長く看板を掲げるがゆえ、その幕引きのときが迫っている店も多いという。ここ「菊乃屋」もそのひとつ。創業から45年。多くの高崎市民に愛された名店が閉店してしまうとの噂をキャッチした絶メシ調査隊。これはなんということだ…。これはもう、突撃するしかないではないか。

(取材/絶メシ調査隊 ライター船橋麻貴)

菊乃家、お店辞めるってよ

写真ライター船橋

「お肉大好きライター船橋です。SNSで検索するのはだいたい肉の画像です。もちろんとんかつは大好物。いくら満腹でも食べちゃいますね。甘いモノととんかつは別腹って言いますし。さて本日は、閉店の噂もある老舗とんかつ屋さんに伺うため、朝イチで高崎入りしました。朝食抜いて来てるんで、玄関開けたら2秒でとんかつ食べたいです」

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店主の菊田さんご夫婦は、自転車で店に通う

高崎市本町。国道354号から一本通りに入ると見えてくる、こちらが本日訪れる「菊乃屋」だ。外観は昭和の食堂といった趣きである。

そしてこちらが店内の様子。

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テーブル席の他に、小上がりのお座敷のある店内。小上がりがあると上がりたくなるのが人の性である

まず目に入ってくるのは大物演歌歌手・冠二郎さんのサイン入りポスターだ。冠さん以外にも演歌歌手のサイン色紙が目立つ。

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よしよし、いいぞ。フィギュアスケート的に言うなら「ここまでノーミスの演技」。実に理想的な店内である

我々、絶メシ調査隊を迎え入れてくれたのは、店主の菊田進さんと節子さんご夫婦だ。

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店主の菊田進さん。強面のように見えてとても優しい雰囲気の方

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奥さんの節子さん。半世紀近くも進さんと一緒に二人三脚で店を営む

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さば定食や鮭定食など揃う。なおメニューは、とんかつから始まり、徐々に増えていったそう

写真ライター船橋

「なんか落ち着くお店ですねぇ。いいなぁ、いいなぁ。こういう店、いいなぁ(絶対なくしちゃダメっしょ)」

写真進さん

「ハハハ、ありがとう。でも実ね、店をじきに畳もうかと思ってるんですよ」

写真ライター船橋

「はぅあ! やっぱりそれ事実でしたか……噂では聞いてましたけど。はぁ、残念すぎる」

写真進さん

「まぁ、確定ではないんだけどね。この建物自体が古くなってきちゃって、手を入れようにも施しようがないんですよ。あと実は、最近大家さんがこの物件を手放すといった話もあって…。商売はいつまでも続けていいという話になっているけど、もしそうなったら(次の大家さんと)家賃の交渉もしなくちゃいけない。上がるかもしれないし下がるかもしれない。もちろん上ったら続けられないよね。そういうこともあって、そろそろかなって考えてるんです」

写真ライター船橋

「世知辛いっす」

写真節子さん

「あとお父さんは74歳、私も70歳になって年齢的にもきついんです。お父さんは2回もカテーテル治療をやってるし、健康面と体力面も厳しいんですよ」

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ねぇ、だるまさん。嘘って言ってよ

東京の飲食店で修行を重ねた後、地元・高崎に戻り20代後半でこちらのお店を開業した進さん。当時は昭和46年。今から実に47年も前の話だ。その後、節子さんと結婚し、二人で切り盛りしてきた。以来、ずっと地元の人に愛されてきた名店。取材日前日の夜も「近所の企業の方」が店を貸し切りにしてくれた。「お母ちゃんとふたりだから手が足りなくてね。みなさんが配膳の手伝いまでしてくれるんですよ」と進さんは嬉しそうに語る。

写真ライター船橋

「ステキなお客さんがいるんですね。お店がなくなったら、そういう方も悲しむんじゃないですか」

写真進さん

「まぁ、時代もあるから。最近はさ、この辺りもめっきり人通りが少なくなって。昭和40~50年代、この近くに映画館もパチンコ屋さんもいっぱいあってにぎやかだったんです。歩くと誰かの肩がぶつかるくらいで、それはもう大忙しだった。当時、高崎でとんかつをメインで出す店なんて珍しかったしね。まぁ、そんなしみったれた昔話なんかはいいからさ。お姉さん、お腹減ってんだろう? とんかつ、食べていきなよ」

ライター船橋の腹ペコ具合に気づいてくれた進さん。さすがベテラン。腹ペコ察知能力が高い。

「やめるのやめた!」
絶メシ調査隊のお願いに
1年の営業延長を約束?

厨房に向かう進さん。塊肉を取り出し、男らしく手切りする。やっぱ手切りっすよね!

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注文ごとに、肉を切り丁寧に叩く。その仕事ぶりは実に丁寧だ

写真ライター船橋

「ホント、一からやるんですね。パン粉とかつけておいたり、いわゆる“仕込み”はしないんですか?」

写真進さん

「そんなことはやらない。オーダーが入ったら塊肉を切るところから始まるんだよ」

写真ライター船橋

「すっごいこだわり! やっぱりそうやる方が鮮度を保てたりするからですか?」

写真進さん

「いやいや。理由は別にない(キッパリ)」

写真ライター船橋

「そこは、『そうだね』ってドヤっちゃいましょうよ〜(笑)。でもそういうところ好き」

写真進さん

「あ、でも肉はいいヤツ使ってるよ。群馬の『下仁田ミート』ってとこからとってるから。あそこは、生産も販売しているから肉質はすごくいいんですよ」

謙虚なのか本気なのか、そう言いながらパン粉を付けた豚肉を油に滑り込ませる進さん。パチパチと小気味いい音が響き渡り、店内はあの香ばしさに包まれていく。

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菊乃家ではカラりと揚がるサラダ油を使用している

そして目の前に運ばれてきたのは、人気メニューの「ヒレカツ重」。

これをこうして…。

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ヒレカツ重(750円)を前に、笑顔が止まらないライター船橋。そしてそれを見守る冠二郎さん

こう!

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タレが染みたヒレカツ。見ているだけでヨダレが…!

グルメレポーター界の重鎮・彦麻呂師匠のフレーズをパクるなら、「まるで北関東の宝石箱や〜」である。たしかに米の上に乗っているのは、とんかつではなく宝石だ。茶色に照り輝くさっくさくのジュエル。これはもう宝石から食らうしかないだろう。

お宝ゲットだぜ!!!

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宝石に食らいつくライター船橋。その犯行現場の一部始終を見守る冠二郎さん

はっ!

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こ、これは…!

写真ライター船橋

「やばっ! うまっ! 甘じょっぱいタレも絶妙。ヒレカツ特有のぱさぱさ感もなくて、めっちゃくちゃ肉がやわらかい。やっぱり45年以上続けてきたからこそ、なせる技ですわ!」

写真進さん

こんなもの、技術もなにもいらないんですよ。油の温度? 計ってないですよ。レシピなんてものも特別なことはしてないからねぇ。あえて言うなら“勘”。もうすこしマシな言い方をすると“経験”でしょうかね」

写真ライター船橋

「なにそれ超かっこいい」

絶メシ調査隊専属カメラマンIと隊長は、勝手に「ロースかつ定食」をオーダー。

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ロースかつ定食(930円)。こんなの絶対うまいに決まってる

もちろん横取りをキメるライター船橋。サクサクでジューシーなロースかつをぺろり。もれなく笑みが溢れる。ライター船橋のほっぺの肉は、あっさりと重力に逆らうことをやめたようである。

写真ライター船橋

「あのぅ…、非常においしいです。だから、やめるのをやめることはできませんか」

写真節子さん

「ありがとね。できれば、もうちょっとできたらいいんだけど。ねぇ、お父さん」

写真進さん

「う〜ん、そうだね。こんなに喜んでもらえるんだったら…じゃ向こう1年はやろうかな」

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ライター船橋のトラップ(?)に見事引っかかり、1年の延長を約束してしまう進さん

写真ライター船橋

「言いましたよね! 言いましたよね! わーい!わーい! 1年延長だー! ついでにもっと延長してほしいーー!」

「継いだほうがいい?」
そう聞いてくる息子に
店を継がせなかった理由

半ば強引に、1年の営業の続行が決定(?)した「菊乃屋」。わがままを承知で言うなら、こんな美味しいとんかつ、1年と言わず、2年先、5年先、10年先と食べ続けたいものだが。

写真ライター船橋

「さっきから気になってたんですけど、跡継ぎはいらっしゃらないんですか?」

写真節子さん

「まぁ、息子がふたりいますからね。でも彼らは跡継ぎではないんです。実は彼らが就職するとき、『継がなくてもいい?』って聞かれたんです」

写真ライター船橋

「えっ、そうなんですか」

写真節子さん

「でも、『(継がなくて)いいよ』って答えました。だってこういう商売は、本人が好きじゃないとできないもの。聞いてくる時点で、そこまで好きじゃない。そういうことなのよ」

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お産のときくらいしか店を休んだことがないという節子さん。飲食店を経営することの厳しさを知っているだけに、息子に跡を継がせることを躊躇ったのかもしれない

写真ライター船橋

「複雑な思いがあるんですね…。そうなるとこの味が継承されずに無くなってしまうってことですか。う〜ん、たとえばですよ。たとえば、若いやる気のある人が、菊乃家さんの味を継承したいって名乗り出たらどうします?」

写真節子さん

「それも難しいと思うわね。食べ物を継承するのって難しいんです。同じレシピでも作る人によって味が全く違うから」

写真ライター船橋

「うううう、さみしすぎる…。でもなんか解決策はないものですかね」

写真節子さん

「もしこの店を継ぎたいっていうなら、いっそのこと店名も変えたほうがいい。結局は店をやる人自身が自分の味を表現していけばいいものだから」

そう節子さんが答えると、静かに頷く進さん。それがふたりの意思であり、「現実」なのかもしれない。しかし、この味をそのまま継ぐのは難しいのかもしれないけど、その“遺伝子”を、そして“思い”を受け継ぐ人が現れることを、絶メシ調査隊は願うばかりだ。

かつて行き交う人で溢れていた高崎の街。進さんは、そんな超多忙な店での日々を振り返り、最後にこう教えてくれた。

写真進さん

「僕たち夫婦は、ふたりで一人前。僕が作って妻が配膳する流れだから、お互いがお互いを必要とする。ホントに急がしくやってきた。45年以上、けんかする暇もなかったくらいです。まぁ、今振り返るとこうして大きなトラブルもなく、続けてこられたことは奇跡だと思いますよ」

奇跡————進さんはたしかにそう言った。こうして長年続けてきたことも、そして今、こうして店があることも、ご夫婦にとっては「奇跡」なのだろう。もちろん、そんな奇跡がいつまで続くかはわからない。1年延長を約束してくれたけれども、それだって奇跡が起きることが前提であろう。

だからこそ今、菊田さん夫婦が毎日“奇跡”を起こしている「菊乃屋」に行こう。なくなってから寂しがるなんて、もうやめにしよう。

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取材・文/船橋麻貴
撮影/今井裕治

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