ステキなママとうまい焼きそば
もう“それだけでうれしい”大衆食堂
ステキなママとうまい焼きそば
もう“それだけでうれしい”大衆食堂
高崎市民ならきっと誰もがお世話になっている「すずらんデパート」のすぐ近くに、アイビー(へデラ)の蔦が絡まった一軒家がある。店名は「すみれ食堂」。かつてはすずらんデパートの買い物客、さらに周囲で営業していたパチンコ店や雀荘の客で賑わっていたという大衆食堂だ。今も当時からの常連客に愛され、「やたらとくせになる焼きそば」を提供しているらしい。聞くところによると50代~60代と思しき“かわいらしい女性”がひとりで営んでいるとか。どんな店なのだろうか。ちょっと覗いてみようじゃないか。
「アヴァンギャルドな挑戦心が必要とは思いながら、ついついオーソドックスな『いつもの感じ』に落ち着きがちのライター田中です。本日はそんな『いつもの感じ』を充満させている老舗定食屋・すみれ食堂さんへお邪魔することとなりました」
お相手いただくのは、「すみれ食堂」2代目店主の新井京子さん(65歳)。噂通りのかわいらしい雰囲気のおかみさんである。
「写真はちょっと…」と、ご本人はあまり前面には出たがらないご性格のよう。引っ込み思案なのか、それとも取材に乗り気ではないのか……まずはお店の歴史について伺ってみよう。
「お店の始まりは63年ぐらい前のこと。両親がここの近くで『新井食堂』という名前の食堂を開いたのが最初です。そこでしばらく営業を続けて、私が小学5年生のときにここに移転して、店名も『すみれ食堂』に改めました」
「なるほど。改名の理由は? お母さんのお名前が“すみれ”さんなんですか?」
「いえ、違います。家族に誰も『すみれ』なんて名前の人間はいません。親戚のおばさんが“すみれがいいって”言うんで、それで決めちゃった感じですね」
「特に深い理由はないのですね」
「そうですね。うちの店、主義主張も信念も何もないんですよね。だいたい私自身がたまたま跡を継いだだけの2代目ですし。よく熱血主人の店とかあるでしょ。でも古い個人商店のほとんどは私のように地道にやってるだけじゃないでしょうか」
こんな店を取材したって仕方ないじゃないの。そう言わんばかりに、ファーストコンタクトで、ライター田中の質問を軽やかなステップで交わし、顔面に冷水の如くジャブを浴びせる新井さん。なんともいけずな方である。いや、“インタビュアー殺し”とも言える。しかしライター田中、負けじと質問を続ける。
「メニューの値段もかなり抑えられていますよね」
「どれも安いですね。なんか、“からだすこやか茶W”だけ後から無理矢理入れたっぽいですけど」
「最近入荷したんですよ。といっても、ほとんどみなさん、ペットボトルで飲み物持ち込んで来ますけどね」
「えっ、飲み物持ち込みOKなんですか?」
「はい。それくらいはいいですよ。さすがにお酒持ち込む人がいたら注意はしますけど」
「大らかですね。ちなみに値段はどれもお安いですけど、値上げとかはずっとしてないんですか?」
「そうですね。ラーメンを350円から400円にした以外は、ほとんど何十年もこの値段です。今はどこも安いじゃないですか。牛丼チェーンとか、300円台で食べられたりするでしょ」
「そこライバル視しますか。相手、大資本ですよ」
「でも、実際その値段で食べられるわけだからねぇ」
低価格のラインナップ&ペットボトルの持ち込みOKという大らかさを持ち合わせながらも、大資本と真っ向勝負を挑む新井さん。うむ、なかなか面白いではないか。おそらく噛めば噛むほど味が出るタイプの方なのであろう。
「おかみさん、とても魅力的な方とお見受けしました。思いつきで言っちゃいますけど、おかみさん目当てでお店にやってくる常連さんもいるんじゃないですか?」
「それはどうでしょうね。こっちはお客さんになってくれればいいので、うまいことあしらったりはしてたかもしれないですけどね」
「食堂のおかみさんというよりスナックのママのコメントですよ、それ」
「すみれ食堂に行ったなら、焼きそば定食を食べるべき」
事前調査でそのような有力情報をゲットしていたライター田中。迷わず、焼きそば定食をオーダーしてみる。
なお、新井さんはすみれ食堂をお一人で切り盛りしている。だからオーダーも、調理も、配膳も、全部ひとりでこなす。
キャベツ炒めーの。
麺入れーの。
運びーの。
「セットの味噌汁やお新香はお客さんの好みでつけたりつけなかったりします。常連さんが多いおかげですぐに好みを判断できるからね」
「私のように常連ではない場合は……」
「若い方なのでご飯多めにしておきましたよ」
「ありがとうございます。ただ絶メシ調査隊では最高齢なので、ご飯多めは胃薬待ったなし案件です」
ズパパパパパパパ~!!
「しつこいわけではないけど、しっかり濃厚な味わい。ソースだけが主張してくるそこら辺の焼きそばとは一線を画す一皿ですね。くせになると言われる所以、すごくわかります。そしてご飯ももりもり進みます!」
「ありがとうございます。うちの焼きそばは塩、胡椒、和風だしの素、ソース、それからラードで味付けしています。ラードっていっても、チューブに入って売ってるのじゃないですよ。ちょっとめんどくさいんですけど、豚の背脂を細かく切ったのを中華鍋にかけてラードを作るんです。ギョーザや野菜炒めもそのラードを使ってます。一般的に家庭ではサラダ油だと思いますけど、ラードの方がコクがあって美味しいんですよ」
「なるほど、これはラードのコクでしたか!納得です。いやぁ、うまいですよ。“この店では焼きそばを食べるべき”って噂、ホントなんですね!」
「その噂は知らないですけど、焼きそばはラーメンより作るのずっと簡単ですから、焼きそばが出るのはうれしいです」
「そういうことは秘密で!」
絶品の焼きそばを食べて、食後のトーク。ママ…いや、おかみさんとの食後のトークは、この店でのデザートである。
「さっきから気になってたんですけど、店内にギターが置かれていますよね」
「ああ、これね。私が弾くんです」
「おお、そうなんですか。若い頃から、趣味でやられていたとか?」
「いえ、59歳と8ヶ月から始めました」
「ちょ、つい最近! なにきっかけで?」
「友だちがやってたのを見て、自分もやりたくなったんですよ。それでYouTubeのレッスン動画を参考に独学です」
「すげぇ…」
「まぁ、あくまで見よう見まねなので、難しいコードがある曲はできません。指が短くてFのコードが無理なんですよね。人生の目標はお店の存続よりもギターの上達です」
「言い切りましたね」
「本当は高校時代からやりたかったんですけど、私の世代だと岡林信康とか反戦フォークとかでしょう。それはちょっと違ってて…。軽音楽部みたいなのができるのはもうちょっと下の吉田拓郎あたりが出てきてからなんですよね」
「せっかくなので何か弾いてください!」
「ええ、今ですか? あんまり新しい曲はわからないけど…」
まさかの桑田佳祐、2017年新曲!
(♪ NHK連続テレビ小説『ひよっこ』の主題歌「若い広場」)
「みなさんも一緒に歌いましょうよ♪」
「(この歌知らないけど)もちろんですよ!」
図らずも歌声喫茶と化した店内。すみれ食堂は、夜半にはしばしばこういう状況になるらしい。ステキなママがいて、最高の焼きそばが食えて、そして(たまに)歌声に溢れる。最高の店ではないか。
「まだまだお元気にお店を続けられそうなところでこういうことをお聞きするのもなんですが、お店の跡継ぎとかは……」
「私の体が動く限りは続けますが、それができなくなったら終わりですね。後継者もいませんし」
「この店を継ぎたいという方が現れた場合は?」
「私自身がここに住んでますから、生きている間はそういうことは考えられませんよ。でも私が死んだ後だったら、どうしようと構いません。継ぎたいのであればどうぞ。最近、古民家を改装したりするのが流行ってるんでしょ? うちもかなりガタがきてるから、そこまで考えてやってくれるならどうぞご自由に。まぁ、まだ私は死にませんけどね(笑)」
ご両親の代から数えて約63年も続いているすみれ食堂。ご本人は主義主張もなく地道にやっているだけと仰るが、こだわりのラードで炒めた焼きそばの味は「本物」であった。また気分がよければ聞けるかもしれないおかみさんのギター演奏、さらには引っ込み思案ながらも積極的に話しかければ受け答えしてくれるスナックママ気質もたまらない。これらを常連客だけのものにしておくのはもったいない。
もちろん一流グルメ誌で紹介されるようなお店ではない。普通のお店だ。だけど、そんな普通のお店が次々と姿を消している。
だからこそ、今、こういうお店で腹を満たしたい。普通でいい。それだけでうれしい。
No.22
すみれ食堂
027-322-5314
10:30~18:00
不定休
群馬県 高崎市 宮元町2
高崎駅(JR)から812m
絶メシ店をご利用の皆さまへ
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。