群馬コーヒー界のレジェンドいし田珈琲

No.19

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意識不明から奇跡の復活
群馬コーヒー界のレジェンド
「目標は日本一の焙煎士」

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「あの喫茶店、マジで伝説です。絶対に行くべき!」

取材の合間に立ち寄ったオシャレカフェで、こんな情報を耳にした我々絶メシ調査隊。同業者もうならせるその伝説の店とは、高崎駅から徒歩10分ほどのところに佇む「いし田珈琲」だ。高崎で美味いコーヒーを飲みたいなら、絶対に外せない店であり、なおかつ店主のコーヒーへの造詣、愛の深さが尋常ではないという。というわけで、群馬コーヒー界のレジェンドに会いに、いざ「いし田珈琲」へ!

(取材/絶メシ調査隊 ライター船橋麻貴)

コーヒーに魅せられた男
高崎に君臨!

写真ライター船橋

「みなさん、こんにちは。ライター船橋です。今日も大好きな高崎にノコノコとやって参りました! 数年前までの私といえば、コーヒーには牛乳をドバドバ入れる派でしたが、30歳を超えたあたりからブラック一筋となりました」

ここ数年で(味覚が)大人になったというライター船橋が向かうのは、『いし田珈琲』。群馬が誇るコーヒー界のレジェンドの店である。早速、店内へお邪魔しようではないか。

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店は、新田町交差点の近くに佇む

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地元の人がひっきりなしに訪れる

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小さなカウンター席とテーブル席が配された気品ある空間

店内のカウンター席では、すでに地元のお客さんが談笑中の模様。「あぁ、こういうところって確実に名店なんだよぁ」とニンマリするライター船橋を出迎えてくれたのは、車いす姿の店主・石田登さんと、元気いっぱいの充得さんご夫婦。まさにこのふたりがレジェンドそのものなのである。

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おいしい1杯を追求し、50年近くも夫婦二人三脚でやってきた。なお奥さまの充得さんは、店主・登さんのことを「石田くん」と呼ぶ

御年81歳の登さん、73歳の充得さん。ふたりの「コーヒー物語」がスタートしたのは、登さんが33歳の頃、実に半世紀近くも前に遡る。

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コーヒーの神に好かれた男こと、店主の登さん

写真登さん

「僕とコーヒーとの出会いは『船の上』なんですよ。元々、仕事でアメリカの船に乗っていたんだけど、航海中の食事の時に出されていたコーヒーの味が忘れられなくてね。当時の日本で飲むコーヒーは全然美味しくなかったけど、そこで飲むものはまったく違っていた。衝撃でしたね。そこから脱サラしてコーヒー屋になろうと決めたんですよ」

写真ライター船橋

「すでに動機がかっこいいじゃないですか」

写真登さん

「それである喫茶店の姉妹店として東京・青山でコーヒー屋を始めたんです。ちなみにその“ある喫茶店”はその後、大成長して今では大手のコーヒーチェーンとなってます。大きな声では言えませんが、●●●●です」

写真ライター船橋

「ちょ! めちゃくちゃ有名なチェーンじゃないですか!」

写真登さん

「そこで焙煎にも携わったりして、自家焙煎に目覚めちゃったんですよ。もっともっとおいしい1杯を追求したくなっちゃって。甘みもコクも香りもあるものをお客さんに出したくなったんですよね」

写真ライター船橋

「なるほどー。半世紀近く前に自家焙煎する店って、相当珍しかったんじゃないですか?」

写真登さん

「だと思います。ただ、7年ぐらい続けた後、僕が体調を崩して青山の店で続けるのが難しくなったんですよ。のどを患っちゃったので、空気のいいところに転居しようと考えて、たどり着いたのが高崎だったんですよ」

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奥さんの充得さん。太陽のように明るい人柄が魅力的

写真充得さん

「私はね、横浜がよかったの。でも物件が高くて断念して。高崎に決めたときの思い? それはイヤでイヤで仕方なかった(笑)。青山に比べたらなんにもないし、当時は大嫌いだったわ」

写真ライター船橋

「わぁお(なんてこと言うんですか…)」

写真充得さん

「でもここに来て40年。本当にいいお客さんに恵まれて、今はとっても幸せだし、この街も大好き。感謝してもしきれないくらい」

写真ライター船橋

「(ほっ)よかったです。では40年前に高崎にやってきてから、自家焙煎コーヒーの店『いし田珈琲』を開店したわけですか?」

写真登さん

「いやいや。この店を開いたのは8年前のこと。それまで30年ちょっとは、某チェーン店を高崎市内で4つほど任されていたの」

写真ライター船橋

「えっ、高崎で自家焙煎のお店やり始めたの8年前なんですか? しかもそれまでチェーン店で? なのに伝説の焙煎士? なにがなにやらわからないのですが…」

写真登さん

「アハハハ、そうだよね。実はね、チェーン店だったんだけど、どうも豆に納得できなくて、ずっと昔から密かに自家焙煎のコーヒーを出してたのよ」

写真ライター船橋

「チェーン店なのに自家焙煎コーヒーを! そもそも、どうやって焙煎してたんです?」

写真登さん

「焙煎工場を自分でつくったんですよ。とはいえ誰かがお金を出してくれるわけではないから、借金して自宅を改造して。それで “本部”にも黙って自分で焙煎した豆で淹れたコーヒーをこっそりとね。今から25年くらい前のことかな。まぁ、会社にはすぐバレたけどさ(苦笑)。でも特例で自家焙煎の豆を出すことが許されて、チェーン店ではあったんだけど、それからは自家焙煎のコーヒーを提供し続けったてわけですよ」

写真ライター船橋

「うっそ!! 尋常じゃない情熱ですね。いい意味でコーヒーにとりつかれている!」

写真充得さん

「そうなの。当時は“店が忙しいのに何してくれるの!? ”って思ったりしたわ。借金もできるしね(苦笑)」

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コーヒー好きすぎるレジェンド・登さんの思い出トークに思わず笑いがこみ上げる(当時は大変だったけど、今では笑えるよねモード)

写真充得さん

「だけど、石田くんが焙煎したコーヒーはやっぱりおいしいのよ。そうやって焙煎士としてコーヒーとともに生きてきた彼の人生の“総仕上げ”として、2009年に『石田』の名を冠したこの店をオープンさせたの」

石田さん夫婦の入れるコーヒーは口コミで広がり、登さんが遠赤外線の窯を使って焙煎する豆も全国から引き合いを受けるほどに。充得さんがいう“人生の総仕上げ”としては最高の終着点になったに違いなかった。

病に倒れても焙煎のために
何度でも立ち上がる

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1日中、大好きなコーヒーのことばかり考えているそう

73歳と65歳で新たな店『いし田珈琲』をオープンしたふたり。地元の人だけでなく、遠方から訪れるファンも多く、店は順風満帆そのものだった。しかし昨年の7月、石田さん夫婦に悲劇が訪れてしまう。登さんが入院していた病院で転倒して頭部を強打してしまい、意識不明に陥ってしまい記憶を失ってしまったのだ。

写真充得さん

「彼はその時のこと、なんにも覚えてないんだって。私、一生懸命尽くしたんだけどね(笑)。でも、おもしろいことに、自分の名前も生年月日も言えなくなっちゃったのにコーヒーのことを聞けば、ベラベラと語れるのよ。焙煎の手順とかもスラスラとね。あぁ、この人は本当にコーヒーにすべてを捧げてきた人なんだって思ったわよ」

当時、担当医には「もう焙煎をすることはできない」とまで言われた登さん。意識回復後も、足が不自由になり今でも車椅子での生活を余儀なくされている。充得さんも、登さんの愛用していた大きな焙煎機を手放してしまった。登さんが長年愛用し、「いい焙煎が出来たときは、抱き着いて可愛がっていた」と語る、命よりも大切にしていた焙煎機を。

写真充得さん

「もちろん手放すのは苦しかったですよ。ただ、あの時はもうやらせられないと思ったの。ホントにそれどころじゃなかったから」

しかし、登さんは諦めてはいなかった。意識が戻ると、焙煎士としての再始動を目指し、懸命にリハビリに励んだ。

写真登さん

「僕にはコーヒーしかないからね。焙煎しか取柄がないんだもの。だからどうしても、もう一度やりたくてね。(愛用していた)焙煎機を手放したって聞いたときはショックだったけど、でももう前を向くしかないじゃない。たしかに僕は大きな焙煎機を扱うことはできなくなったけど、こんな不自由になった体でもできることはあるはずだと。そう思えた瞬間、また僕は生きる意味を見つけたと思ったんだよね」

登さんが退院したのは今年の5月。そして約4カ月のリハビリの後、9月に現場復帰すると、家庭用の電気式焙煎機を新たな相棒に再スタートを切った。医者からは「絶対に無理だ」と言われた焙煎士として、再び彼は歩みを始めたのだ。

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こちらが現在使用している家庭用の電気式焙煎機。登さんはこれを使って、残りの焙煎人生を捧げようとしている

写真充得さん

「石田くんにはね、『やるからには日本一になれ!』って言っているの(にっこり)。以前のような本格的な焙煎機を使えなくても、石田くんならやれると信じているよ。実際、この電気式の焙煎機を使ったコーヒーは、どんどんおいしくなっていっているしね」

言葉に出さずともふたりからあふれ出してくる“信用”“愛情”という言葉に、ライター船橋の目頭も熱くなる。こんな夫婦が淹れるコーヒー、早く飲みたい!

おいしい1杯のために
伝説の男 魂のハンドピック

究極の一杯を頂く前に、登さんの“ライフワーク”を覗かせていただこう。

店の奥に車椅子で移動した登さん。袋から生豆を取り出し、明るい電気のもとでハンドピックを始めた。

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「色や形が変わっているものを選別するんだよ」と登さん

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こんな細かい手作業を延々と続ける

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登さんは、コーヒー豆の小さな違いも見逃さずハンドピックする。結果、後味抜群のコーヒーが出来上がるというわけだ

写真登さん

「傷んだ豆が少しでも入っていると、やっぱりほかの豆の味にも影響しちゃう。だからなるべくキレイな子を選んであげるの」

写真ライター船橋

「きゃー! そういう気持ちで奥さんも選らんだからこそ、今の登さんがある訳ですね!」

写真登さん

「その通り! 若いのにおべっかがきくねぇ」

写真充得さん

「(笑)。放っておくと、1日中ああしてずーっとピッキングしているのよ」

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抽出は充得さんが担当。90℃のお湯で丁寧にドリップする

登さんが黙々とハンドピックを続ける横で、充得さんはそっとほほ笑む。そんな姿を見ていると、どうしても心が温まってしまうのだ。すっかり、ほっこりモードとなった絶メシ調査隊。その時、ついに充得さんが丁寧にハンドドリップで淹れてくれた1杯が目の前に。

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マイルドブレンド380円

さぁ、心していただこう。

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ズズズ……

石田さん!!

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コーヒーの香りが体中に染み渡るっす

「甘み、コク、苦みのバランスが最高っす!」と、瞳を輝かせながら言い放つ自称ブラック派のライター船橋に、登さんはそっとアドバイスを授ける。

写真登さん

「そう言ってもらえるとうれしいよ。でも一気に飲まないで、ちょっと時間を置いてから飲むと甘みがいっそう増すんだよ」

写真ライター船橋

「え、コーヒーを冷ましたら甘みが増す…ですって?」

3分後、“やや冷めたコーヒー”を再度飲んでみる。

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ごくっ

写真ライター船橋

「わわ、マジだ! しっかりと甘みを感じますよ! 正直、そんな訳ないだろうと思ってましたけど! おみそれしました!! 」

透明感がありながらもコクがあり、香りも立っている。冷めて飲んでもエグみを感じさせず、豆本来の甘みを舌先に届けてくれる。相当量のコーヒーを飲んできたライター船橋、そして調査隊スタッフが一様に「これはうまい」と口を揃える最高の一杯がそこにはあった。

写真ライター船橋

「このコーヒー、毎日飲んでみたいなぁ。ところで復活したばかりの登さんに、こんなことを聞くのはアレですが、この先の展望というか、後継者などについてもお聞きしたいんですけど…」

写真登さん

「後継者かぁ……。たまに弟子入りさせてほしいという若者が来てくれることもあるけど、やっぱりそれは難しい問題だと思いますよ。だってコーヒーは、同じ焙煎方法、淹れ方で抽出したとしても、それを行う人によって味が変わってしまうんだもの。それに店は“石田”の名前を冠しているし、もし継ぐ人が現れたとしても、その人の重荷になっちゃうかもしれないしね」

写真ライター船橋

「たしかに今日のお話を知ってもなお『石田』の看板を継ごうっていうのは、相当の勇気がいることだし、かえってプレッシャーになるのかもしれない」

写真登さん

「それよりもさ、僕がまだ“現役”だから。もし足が治ったら…大きな窯でもう一度焙煎をと思ってるんだけどねぇ」

写真充得さん

「だからそれはお医者さんが言っている通り、難しいんだってば(笑)!! でも、今は小さな電気式の焙煎機でやることになったけど、この道具で日本一になるまでは頑張ってもらおうと思ってるの。石田くんのことは信じているから、きっと大丈夫! お客さんもそれを待っていてくれるし、それが何よりも嬉しいね」

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1度の焙煎で5袋ほどしかできないという、オリジナルブレンドの豆720円(200g)

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石田さん夫婦のコーヒーさえあれば、明日からも頑張れる!

コーヒーに真摯に向き合う登さんに、それを太陽のように支える充得さん。こんなにもひとつのことに夢中になれて、誰かを心から信じられる。これ以上に素敵なことがあるだろうか。そんなことを考えながら、登さんが焙煎した豆を抱えて東京へ戻るのだ。ふたりの温かな思いとともに。

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取材・文/船橋麻貴
撮影/今井裕治

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