“絶メシ効果”で後継者も?
高崎の手打ち麺職人と
前橋の元ホスト、ちょっといい話
絶メシ店「香珍」を覚えているだろうか。毎日毎日、極上の手打ち麺をつくるラーメン仙人・善養寺静雄さんが、たった一人で切り盛りする隠れた名店である。いや、「隠れた」という枕詞はもういらない。絶メシリスト入りをキッカケに、大繁盛店になっているというのだ。ということは念願の後継者も現れたのでは? 今回は香珍のその後を確かめるべく、久々にお店を訪れました。
(取材/絶メシ調査隊 ライター 吉田大)
やっぱり半端じゃない!
味わい深い手打ち麺
「絶メシ調査隊の吉田でございます。前回来店時に、ラーメン店とは思えない外観、奇石収集趣味、謎ワード『ホーコーセー』などで、我々を大いに翻弄してくれた香珍さんですが、絶メシリスト入りを機に結構繁盛しているらしいんですよね」
「で、味の方は相変わらず最高ともっぱらの評判ですが、どうも新規のお客さんに向かって悪態をついたとの噂もキャッチ。事実なら事件です。一体何があったんでしょうか?」
そんなことを考えつつ、高崎市・元島名町にあるお店に到着。そこには現れた香珍店主の善養寺静夫さん。相変わらず仙人っぽい風格です。
暖簾をくぐるのとほぼ同時に「ラーメン食べるだろ?」とご主人である善養寺さんから嬉しい申し出が。この有無を言わせない感じ…やっぱり好き♡
ということで、取材前ではありますが、あの奇跡の手打ち麺をいただくことに。
かつてこちらのラーメンを一口食べただけでノックアウトされた我々。たしかにあのときは“初見”ということもあり一発ダウンでした…が、今回は前回と違い、ハッキリ言って食べる前からハードルがメチャメチャ上がっている状態です。「なんだか思ったより普通…」的な展開だったらどうしよう。人って思い出を美化してしまう生き物ですからね…(遠い目)
そして出てきた、香珍のラーメン。
飾りっ気のない盛り付け。
そこから滲み出るガチンコ感。
具は、メンマ、ほうれん草、ナルト、チャーシュー。薬味には刻みネギ。ミニマルで、しかしあくまで自然な美をたたえた醤油ラーメンです。「これ以上引くものがない」という言葉がピッタリ来ますね。もしかするとご主人の骨董趣味や奇石集めで磨いた美意識が反映されてるのかも…。そう考えると具の配置も意味ありげに見えてきます。
ずるるるるるる。
う、うめぇぇ!!
「久しぶりに香珍さんのラーメンが食べられるってことで、メチャメチャ期待してたんですが、いやはや想像していた以上っす。取材前の聞き取りで、新参のお客さんに悪態をついたって話を聞いていたんですけど、これだけ美味しかったら、中華鍋でぶん殴るくらいしてもOKですよ!」(※OKなわけがありません)
「あ、ホントの話だったんですね…」
人生初の“オラオラ営業”
店主を変えた、その理由とは
「ちなみに、お客さんにはどんなこと言っちゃったんですか?」
「その深いわけとやらを、是非」
「新規のお客さんからの期待に応えたかったんですね」
「ご主人は大病(※静雄さんはステージ4のガンを克服している)もされてますからね」
「なるほど。無理をしないことを第一に考えようと。でも、年齢のことも考えたら、全然無理されることはないですよ」
「まさかの逆オーダー!」
「倒れられたら困ります!」
ご主人が認めた後継者候補は
七味瓶のフタみたいな頭の子
実は絶メシ効果で、記事掲載後は後継者になりたいという若者が続々と香珍を訪ねてきたとか。その人数は(善養寺さんの)記憶にあるだけで8名。しかし「私のやり方とはあいそうもない」「根本的に舐めてそう」といったシンプルな理由で半分の4名を追い返したらしい。面接をくぐり抜けた猛者も、研修期間中に逃亡するものが続出。しかも1日か2日で。善養寺さんのあまりの厳しさに後継者レースは頓挫…というかレースそのものが成立していない状況だったという。
これである。
これだけ後継者を欲しながらも、あれだけ麺打ちを後世に伝えたいんだと訴えながらも、自分のスタンスは決して曲げない男。それが善養寺静雄という人なのだ。これはもう、あっぱれというしかない。
「8名いた後継者候補の中で誰か、『こいつは!』って人はいなかったんですか?」
「いたよ。10日ぐらい頑張ってたS君という子がね」
「ご主人のストイックな仕事に10日も付いていった人が!? どんな方だったんでしょう?」
「面接に来たときはこんな頭(七味の瓶の蓋を指差して)。髪が真っ赤だったんだよね。『ソレ、なんとかならねえかな』って言ってみたら『明日までに染めてきます!』なんて元気よく言うんで『ずいぶん素直な奴だなあ』と思ってたんです。けど、翌日頭を見たら茶色に染めただけだった(笑)」
「素直ではあるが、若干ズレてる、と(笑)」
「そのかわり接客が抜群にうまかった。面接の時からとにかく喋っていて気分が良くてね。厨房で鍋を振っていると、お客さんとの会話が耳に入ってくるんだけど、気をそらさないように上手く注文を取るんだよね。働き始めた次の日には『接客には110点やる』って言ったよ。特に女性のお客さんへの対応はすごくて、惚れ惚れしたよ。今でもうちのお客さんの間で語り草になっているぐらいでね。彼はよかったよね、って」
「接客のセンスがすごかったんですね」
「30手前であの接客術は見事だよ。天性なのか経験なのかはわからないけどさ。で、『ここに来る前はどんな仕事をしてたんだい?』って聞いてみたんだよ。なにやってたと思う?」
「接客術に長けてることと関係しているとすれば…もしかして夜の世界の方ですか」
「(無言で頷く)前橋のホスト。やっぱり徹底的に接客を仕込まれたみたいだね。あれはプロだよ」
「前橋のホストから高崎の麺職人の元へ。なかなかの転職っぷりです。でも、10日で辞めてしまったわけですよね。首にしちゃったんですか?」
「いやいや、自分からいなくなったんだよ…ある日を最後に、突然来なくなったの」
「ある日? その日、なにがあったんです?」
「あれは10日目のこと。昼の営業が終わって、後片付けをしようと思ったら、Sくんが『気分が悪い』って言うんだ。相当つらそうだったから、店の奥の部屋で休んむように言って。彼、持病があってね…」
「持病?」
「うん。アトピーのひどいやつ。見た限り、酷い症状だとはわかっていたけどさ。で、体調が悪くなると、肌が荒れるだけでなく、動けなくなることがあるんだって。面接の時に『大丈夫なのか』って聞いたんだけど、そのときも通院してるって言ってたんだよね。もしかしたら前の仕事をやめたのも、アレルギーが理由だったのかも…まぁ、それは邪推だけどさ」
「そうですね…」
「で、奥の部屋で休ませてたんだけど、全然、店に戻ってこないの。いつも仕事熱心なのに。心配になって部屋を覗き込んだら、S君はぐったりと横たわったままだったんだ」
その後、しばらくして善養寺さんは心配そうに「大丈夫か」と声をかけると、S君は弱々しい声を振り絞りながら「今日は帰らせてください」とだけ返してきたという。「しばらくここで横になっていたほうがいい」と勧める善養寺さんを振り切り、S君は帰宅。そして、そのままこの店に戻ってくることはなかったという。
「私としては戻ってきてほしかったんだけど、連絡もつかなくなってしまった」
「他の“修行スタッフ”のように逃げ出したわけではなさそうですが、『今の体調では務まらない』って思っちゃったのかもですね...」
「彼は真面目だったし、接客も上手かった。だから『あるいは』と思ってたんだけど…。お父さんも近いうちに来るって言っていたんだけどねえ。 引き止めるべきだったのかもしれないとも思ってたんだけど、 病気のことは私には分からないから…」
後継者に求めるものは“熱意”
熱い気持ちを持った人に伝えたい
あと一歩で香珍の後継者になれたかもしれないSくんとの出会い。そして別れ。しかし時間は容赦なく流れていく。そして香珍は続いていく。いや続いていってほしい。見たところ、ご主人は以前お会いしたときよりも肌ツヤも良く、まだまだ現役を継続できそう。とはいえ、この独特な麺打ちを(するのは当然だが)教えるにも体力がいる。技を継承したい人物が今すぐ現れたとしても、その時間には限りがある。
そこでご主人に今後の香珍についての考えを改めて伺った。
「改めて後継者に求める条件を教えていただけますか?」
「『やる気』だよね。ただそれは『今の私がやっている仕事に対するやる気』なんだ。手打ちの仕事を覚えるのは簡単なことではない。少なくとも腕を組んで見ているだけでは、5年や10年頑張ったところでつくれない。学校で黒板に書いてあることを覚えるようにはいかないんだよ。見ているだけじゃなく自分から手を出して、手を使って覚えていかないと」
「体で覚えろ、と」
「そのあたりを自覚していたのが、やっぱりSくんだったんだよなぁ…。彼が偉かったのは、ちょっとしたことでも疑問をぶつけてくることなんだ。例えば私が煮物をしていると『どうして火を強にしないんですか? その方が早く終るんじゃないですか』なんて言ってくる。『そんなことも知らねえのか』って言ってしまうのは簡単だけど、私がやっていることの理由を知りたいと思うのは良いことなんだ」
「なるほど! いまの発言でちょっと驚いたんですけれど、 主人の仕事ぶりを見て質問するのはアリなんですね。ホラ、よく職人さんって『見て覚えろ』って言うじゃないですか?」
「もちろん、それも大事だよね。だけど、やっぱり知りたいことはちゃんと聞いた方がいいよ。『聞くは一時の恥』っていうよね。知ったかぶって、分かってもいないのにわかったふりするのが一番悪い。例えばさっきの話なら『ものによっては火を強くすると美味しく仕上がらないことがある。例えばメンマは強火で煮たら固くなってしまう。とろ火で時間をかけた方がふっくら上がる。肉だって熱い油で一気に揚げたら固くなってしまう』と教えてあげられる」
「何気ない疑問によって、知識が大きく広がっていく、と」
「知りたいっていう気持ちが大事なんだよ。熱意がない人は疑問もないよね。こっちも何が分からないのかを言ってくれないと教えられない。その点、S君はやっぱり料理が好きだったんだと思うよ。私がやってるのは手間がかかる昔の仕事だから。見てるだけじゃ、絶対に覚えられない。それと私自身、楽に仕事を覚えられた方ではないんです。仕事を教えてくれる先輩には何でも聞いてきた。だからこそ私もそうありたい」
「今後も後継者は募集していくということでいいでしょうか」
「もちろんです。ただ今後はもう少し踏み込んだ形で面接をしようかなと思っているんです。自分がやってきたのはこういう仕事で、それに対してどういう風に思うかということまで聞いてみたい。うわべだけではなくて、もっと深い話までしてみたいんです」
というわけで今回は行列店となった「香珍」のその後をお届けいたしました。いかがだったでしょうか? ご主人は「手打ちの仕事は決して廃れてしまうものではない。ちゃんと身につければ、ずっと続けていける」と語ります。その技を身につけるのは、決して簡単ではなさそう。それでも興味がある方という方は、お店を訪れ、奇跡の手打ち麺を味わってみてください。本物が、真実の味が、そこにはあります。
撮影/今井裕治