経営難で店主がバイトも
窮地の寿司屋を救った
“唯一無二のタンメン”
経営難で店主がバイトも
窮地の寿司屋を救った
“唯一無二のタンメン”
高崎市倉賀野町、旧中山道沿いに佇む創業約60年の寿司屋「大恵鮨」。店先に魚がスイスイと泳ぐ生簀を有し、THE寿司屋的な店構えながら、名物は“タンメン”だという。一体なぜ…? 事の真相を確かめるべく、絶メシ調査隊は店へと向かった。
(取材/絶メシ調査隊 ライター名/船橋麻貴)
久々の絶メシ取材にやる気満々のライター船橋が肩をぶん回しながら向かったのは、タンメンがべらぼうに人気な寿司屋「大恵鮨」だ。「寿司屋なのにタンメンって…?」と、ハテナマークが脳内を占拠する。
だって、この寿司屋然とした外観なんだぜ。
ということで、入店〜。出迎えてくれたのは、店主の塩沢虚蔵さんだ。
「らっしゃい!!」
まさかの撮影ダブルヘッダー! しかもあっちは超メジャーな番組じゃないですか! 絶メシよりそっちの方が大事と言いたげな!
塩沢さんの何気ない返しに、マウントを取られた気分になりつつも、そのあまりに嬉しそうな表情を見ていると、まったく悪気がないことがわかる。
だって、この顔だもの。
「えっ? ここでもまさかのダブルヘッダーなんですけど、どうしたらそんな摩訶不思議なお店になるんですか?」
「田舎だからなんでもありなんですよ(きっぱり)。それで15歳のとき、両親が離婚することになって寿司屋に一本化して。昔からオヤジと仲良くなかったこともあって、いち早くオヤジから逃げたくて大学進学を希望したんだけど、『出す金はねぇ』と。それでオヤジを納得させるため、大阪の料理学校に通って向こうで就職もして。20歳になると、オヤジもオヤジで店を建て替えて、俺も大阪の寿司屋で働いて、それぞれうまくやっていたんですけど……」
「ウソでしょ…。ケンカの原因はあるんですか?」
「ふむ。強いて言うなら、方向性の違いだね」
「いやいやいや、バンドの解散じゃないんですから(笑)」
「考え方が全然違ったんですよね。俺はネタが大きくてシャリが少ない上品な寿司を握りたかったんだけど、一方のオヤジはその真逆。シャリのでかい“おにぎりのような寿司”を出したがった。『お前が握るような“都会的な寿司”はここじゃ売れねぇ』とも言われて、頭に来ちゃったんですよね」
かつて「大恵鮨」のある倉賀野には、寿司屋が10店ほど軒を連ねていたという。他店のほとんどがお父さんの言う“おにぎりのような寿司”を出し、たくさんの客で賑わう一方、塩沢さんが握る“都会的な寿司”は、地元の人の評価は全くと言っていいほど得られなかったそう。
「オヤジが言うように高崎の人が好きなのは、お腹にたまるような寿司だったんですよ。自分が握る寿司は地元の人には認めてもらえなかった。その間違いに気づいてからは、“都会的な寿司”と“おにぎりのような寿司”の両方を出すようになったんです。それで徐々に県外のお客さんには“都会的な寿司”が、地元のお客さんには“おにぎりのような寿司”を支持してもらえるようになったんですけど、バブルが崩壊したらもうめちゃくちゃ。売り上げが下がる一方でした」
「周辺に回転寿司チェーンはできるし、そこから20年はずーっと苦しかった。店の収入だけじゃやっていけないから、40歳くらいの時から近くの工場で重労働のバイトも始めたんですよ。朝から夕方まで工場でバイト、それからは店で夜営業と、来る日も来る日も寝る間も惜しんで働きまくった。ストレスで片目が見えなくなっても働きましたよ」
「なかったですねぇ。あんなにタンカ切って1人で営業してきた手前、オヤジに笑われたくなかった。半分意地になっていたんだと思います。看板を下ろさないためにどうにかしなきゃって、いろんなことをやりました。すだちの絞り汁で酢飯を作ってみたり、焼き鳥に挑戦してみたり。ヒット作なんて簡単にできるもんじゃないし、かつてオヤジが言っていたことは正しかったんだって、後々になってわかることも多かったんですよね」
「今から10年前の、2011年ころかな。バブル崩壊以降、ずっとヒット作に恵まれずに20年くらいはもがいていたんだけど、どうにか活路を見いだしたかった。そこで寿司と並ぶ国民食として、“ラーメン”はあるなと。とくに豚骨ラーメンをできないかと仕事の合間を縫ってスープの研究を続けました。これっていう味にたどり着けずに、20年近くかかりましたけど」
「20年以上のラーメン研究! しかもその時には昼間に工場でバイトしながら、夜は店に出てたから超大変な時期ですよね!」
「必死だったんです。人気のラーメン屋に行ったり、それを自宅で再現しようとしたり…。行き着いた先が、スープではなくタレにこだわるというスタンス。極論、お湯で割ってもおいしいくらいのタレをつくることで、独自の味を出せないかと試行錯誤を重ねた結果、豚骨スープを使ったうちオリジナルの塩タンメンが完成しました。出来たときは、これは『勝てる』と確信しましたね」
「寿司屋なのにラーメンで勝ちを確信!!」
「だっておいしくできちゃったもんですから。実際にお客さんに出してみたら、これが好評で。で、じわじわと口コミで広がっていったんですよ。特に県外からのお客さんが多くなりましたね。その後、『帰れマンデー見っけ隊!!』への出演をきっかけに、死にそうなくらい忙しい時期もありました。今はコロナで落ち着いてるけど、あのときは本当にすごかった」
当時、すでに要介護となっていた実父が他界。さらに塩タンメンのヒットで、“余裕”が生まれた塩沢さんは、ようやくアルバイト先の工場を退社した。
料理人の父を引退にまで追い込んだかつての頑固さを捨て、自分の間違いを認め、自由な発想とアイデアでメニューを生み出すことで人生に大きな転機が訪れたのだった。
2011年頃の誕生以来、寿司屋の看板をかき消すくらい、人気メニューへと上り詰めた塩タンメン。今では濃厚塩タンメン、味噌タンメンなるメニューまで誕生している。ということで、オリジナルの塩タンメンと濃厚塩タンメンの2つをオーダーしてみた。
厨房へ向かい、中華鍋を一心不乱に振るい出す塩沢さん。
ということで、ドドーン!
こちらが窮地の寿司屋を救った、起死回生の塩タンメンだ!
「う、う、う、うまっ!!!! まずスープ。深いコクと香ばしさがたまらんです…」
「おいしいでしょ? 豆乳にくるみとピーナッツを伸ばして入れてるんですよ」
「濃厚なスープに野菜もシャキシャキで最高。これありそうでなかった味ですよ! おいしくて泣けてきた」
「う〜ん、素晴らしい(感涙)! 辛味も絶妙ですが、何と言ってもスープのクリーミーさとコクの深みがヤバいです。なんなんだろ、この深さ。隠し味が気になる…」
「ふふふ、それは言えないよ。え、知りたい? しょうがないなぁ。言わないって約束できる? 書かないよね? じゃあ、教えてあげる。濃厚なコクの正体は××××××です(あっさりと告白)」
「ええええ、そんなものが!! グルメ取材を10年くらいやってますが、そんなの入れる人、初めて聞いた…。塩沢さん、天才です。これだけおいしいとタンメン専門店でやってもいいと思うのですが」
「お客さんにもよく言われるよ。寿司屋でやるよりお客さんは来るよ、なんてね。地元の地銀のお偉いさんにも、『タンメン専門店をやるならいくらでも融資するよ』なんて言われたこともある。心は動いたけど、俺ももう結構な歳だからね。あと10年早く完成してたら違ってたけど、今から新たなスタートは正直きついよ…そうだ、うちは海鮮定食も人気なんだよ。ぜひ食べてみてよ」
「忘れてもらっちゃ困るのは、うちは寿司屋だってこと。我ながら、この内容で900円はかなり満足を得られると思うんだよね。あ、特にオススメは卵焼きだよ。桜えびが入ってるのが特徴で、*以前テレビに出たときもこれを提供したら(出演者のひとりだった)賀来千香子が大絶賛してた。こんな卵焼きは食べたことないって」(*『帰れマンデーみっけ隊!!』)
「でしょ。賀来千香子のほかに、あの若いかわいい子…誰だったっけな…。そうそう、吉岡里帆も絶賛してくれましたよ」
「ホントかよ!! 裏取りしないまま信じちゃいますよ! で、美人女優がみんな絶賛するなら、あちきも絶賛するしかねぇっす!! つーか本当においしい!」
「いや、うちには子どももいませんし弟子もいないんです。35年以上、一心不乱にこの店に情熱を注いできたから、結婚はおろか恋愛すらしていないんですよ。いや、若い頃、将来を誓いあった恋人はいたけど、店を継ぐことになり別れた…それ以来、ずっと独り身です」
「まぁ、あなたみたいな人がうちに来てくれたらいいんだけど(恥ずかしそうに)」
「結婚するなら深田恭子ですね(よどみなく)」
「誰か連絡あるといいなぁ(遠い目)。それはそうと、最後に真面目な話をするけど、生前オヤジは俺に『その土地に合わせた料理を出すことが大切』とずっと伝えてくれようとしてくれてたんです。でも寿司職人としてのプライドが邪魔したり、オヤジと仲違いしていたこともあり、聞く耳を持てず、その“真実”に気づくのに何十年もかかってしまいました。ただ、今、こうやって高崎でみんなに愛してもらえるメニューを生み出すことができたことは、自分でも誇りに思ってます。時間はかかったけど、苦節の数十年も無駄じゃなかったのかなって」
楽にお金を稼ごう、生きようとすればいくらだってできたはず。そんな楽な道にわき目も振らず、もがきながら自分自身の正解を見つけてきた塩沢さん。自分の間違いを認め、いつ何時も愚直な生き方を選ぶ姿はなんてかっこいいのだろう。そんな塩沢さんを支えてもいいぞという方、ぜひ名乗りを挙げてほしい。できれば深田恭子似の方…。
取材・文/船橋麻貴
撮影/今井裕治
No.62
大恵鮨(だいけい)
027-346-3326
11:30〜14:00、17:30〜※気分次第で閉店
水曜
群馬県高崎市倉賀野町407
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