珠玉の喫茶メシ喫茶ル・コワン

No.52

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30年間、客の“置き土産”で
膨れ上がった3万冊のマンガ
そして、珠玉の喫茶メシ!

「高崎に個人経営の老舗マンガ喫茶あってメシも結構ウマい」——ある高崎市民からのタレコミ。そこそこ引かれる宣伝文句ではあるが、あまりに濃厚な人々と対面してきた絶メシ調査隊的には、随分と薄味な情報だ。ただ、その市民は「まずは行ってみはなれ」と異常な圧でオススメしてくる。「撮れ高ないと記事にならないだけどなぁ」などどブツブツつぶやきつつ、絶メシ調査隊でもっともマンガ喫茶を愛する男・ライター吉田は高崎へと向かうのだった。


(取材/絶メシ調査隊 ライター名/吉田大)

30年間、客の“置き土産”で
膨れ上がった3万冊のマンガ
そして、珠玉の喫茶メシ!

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「高崎に個人経営の老舗マンガ喫茶あってメシも結構ウマい」——ある高崎市民からのタレコミ。そこそこ引かれる宣伝文句ではあるが、あまりに濃厚な人々と対面してきた絶メシ調査隊的には、随分と薄味な情報だ。ただ、その市民は「まずは行ってみはなれ」と異常な圧でオススメしてくる。「撮れ高ないと記事にならないだけどなぁ」などどブツブツつぶやきつつ、絶メシ調査隊でもっともマンガ喫茶を愛する男・ライター吉田は高崎へと向かうのだった。

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/吉田大)

牛乳販売店から喫茶店へ転身
師匠はあの人気絶メシ店の主人

写真ライター吉田

「学生時代はヒマな日も、そうでない日も、マンガ喫茶で無為な時間を過ごした結果、こんな感じに仕上がったライター吉田です。今の私があるのはマンガ喫茶のおかげです。よいマンガ喫茶には条件があります。まずは場代を取らない。ドリンク&メシで儲ける、この姿勢です。そしてなによりメシが美味しい。そして最後が一番肝心でマンガのセレクト。売れ線作品一辺倒じゃないので、意外な一冊との出会いを演出してくれるんです」

どこでスイッチが入ったかはわからないが、狂ったヨーヨーのように熱弁を振るう吉田に、絶メシ調査隊の面々が引きつつ到着したのが、高崎郊外に店舗を構えるマンガ喫茶「ル・コワン」

外観はフツーである。

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なんか小ぎれい。ロードサイドにあるため店の前に広々した駐車場を完備してる以外は、ごく普通の喫茶店

「カランコロン」と味わい深〜いドアベルの音色と共に店内に入ると、そこにはいかにも趣味人然としたハンチング帽をかぶった長髪おじさんが。

店主の関谷孝夫さんだ。

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『グラップラー刃牙』の人気キャラクラー愚地独歩(おろちどっぽ)似

「ご主人のこの佇まい、只者じゃない……根拠はないが、とにかくイケてるマンガ喫茶の香りがしてきましたよ」とライター吉田がポツリ。吉田よ、お前のセンサーは、ご主人のなにに反応しているのだ。

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明るく開放感のある店内中央にはオープンキッチンがあり、取り囲むように客席が設置されている

関屋孝男さんは現在70歳。20歳の時に結婚したのを機に牛乳の販売店を始めたものの、開業3年目には近所にスーパーマーケットが出現。みるみるうちに売上が激減したことで喫茶店への商売替えを決意する。時は昭和54年。当時、関谷さんは29歳だったという。

写真ライター吉田

「牛乳の配達店と喫茶店じゃ全然違いますよね。ノウハウはどこで学んだんですか?」

写真関谷さん

「知り合いにね、教わったんですよ。知り合いというか、飲食業における師匠みたいな人がいて。あ、過去に絶メシでも紹介されているカレーの『からゐや』の宮内さんね。彼がカレー屋を始める前に勤めていた喫茶店で働きつつ、いろいろ教わったってわけ」

写真ライター吉田

「えっ、群馬カレー界のゴッドファーザーから!?」

写真関谷さん

「うん。当時、宮内さんに『牛乳屋を辞めて喫茶店をやりたい』と相談したら、『じゃあ家に来い!』と言ってくれてね。店の経営だけじゃなくて料理とかコーヒーの淹れ方も教わったんですよ」

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サイフォンで抽出したコーヒーは400円。スッキリとした味わい

写真関谷さん

最初はパフェやプリンを出す“ミルクバー”だったんけど、だんだん近所の会社員の客が増えてさ。おれが食ってるまかない飯のオムライスやなんかを見て『美味そうだからメニューに入れてよ』なんて言ってくるわけよ。期待に応えてたら、いつの間にか軽食中心の店になっちゃったんさ

写真ライター吉田

「なるほど。食える喫茶ってやつですね。で、そこからマンガ喫茶へとさらに業態を変化させるわけですね。ただ、店内に肝心のマンガがほとんど見当たりませんね……」

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ない。マンガがない。パッと見、確認できたのは店入り口の小さな本棚に週刊マンガ誌が数冊あるのみ

写真関谷さん

「ふふふ。漫画は専用の部屋においてるんだ。みたらびっくりすると思うよ(と言って店の奥を指差す)

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そこにはレースのカーテンが掛かった入り口が。見覚えのあるマークが妙に期待感を煽る

主人と学生がセレクトした
約3万冊のマンガの迷宮

関谷さんに促されるまままに、店の奥のスペースに足を踏み入れると、そこに広がっていたのは完全なる異世界。

THEマンガ道場!

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店舗の一角に設けられた8畳(?)ほどのマンガルーム。ウナギの寝床上の細長いスペースの壁が、天井まである大容量の本棚で埋め尽くされ、さらに中央にも島状の本棚が設置され回廊構造になっている。現在の蔵書数は3万冊強

写真ライター吉田

「こりゃ壮観ですねえ。ここにあるマンガってご主人が買い集めたものなんですか?」

写真関谷さん

「それが違うんだよ。最初は週刊のマンガ雑誌を置いてるくらいだったんさ。ところが店を始めて2〜3年したころに、高崎経済大学の学生さんから『溜め込んだマンガを引き取ってくれ』って頼まれたんだよ。実家に持って帰ると親に怒られるからなんだろうね」

写真ライター吉田

「処分に困って、ってやつですか」

そうなんですよ!
(と、ここで厨房から妻のあきさんが参戦)

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ハンチングがよく似合う「ママ」こと妻の関谷あきさん。ビートルズよりローリングストーンズ派(豆情報)

写真あきさん

「当時、ここらは一人暮らしの大学生が多かったんですよ。うちを学食みたいな感覚で使っていたんでしょうね」

写真関谷さん

「で、頼まれるままにマンガを引き取ってたら、高崎経済大学のマンガ好きの学生の間で『あの店はいらないマンガを引き取ってくれるらしい』って噂が広まっちゃって雪だるま式に増えていったね。ほら、当時ここらにはブッ●オフなんてなかったからさ。俺も元々はマンガ好きだったんだけど、そんなこんなで、ものすごい勢いで漫画が増えちゃってさ」

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今も店に並ぶ開業して間もない頃に持ち込まれたマンガの数々。色あせたマンガに時代を感じる

写真ライター吉田

「それにしても懐かしい作品がたくさんありますね」

写真関谷さん

「そうなんだよ!とにかく昔からやってる店だからね。そこにあるのは荘司としお先生の『サイクル野郎』(1971年から1979年まで『少年キング』に連載)だね。 そっちには池沢さとし先生の『サーキットの狼』(1975年から1979年まで『週刊少年ジャンプ』に連載)がある」

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本宮ひろ志作品は野心に燃える大学生必読の書。「いつか大物になってやるぜ」的な野望を燃やしながら読むべし

写真ライター吉田

「ちょっとサブカル趣味が入った作品や、エロい作品が充実しているのは大学生って感じですね」

写真関谷さん

「そういうマンガは子供の手が届かないように一番上に置いてる(笑)。実は発禁になった作品もあるんですよ。エロで言えば、最近亡くなられた国友やすゆき先生も色気のあるマンガを描く人だったねえ。とはいえ色気で言えば、やはり池上遼一先生…」

写真ライター吉田

「…『エレクチオン』ですね(含み笑いをしつつ)

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怪奇マンガの棚を眺めながら「ホラー好きのボンクラ女子大生が寄付したんだろうなあ」と妄想

写真ライター吉田

「っていうか、ちゃんと店にあるマンガを把握してるのがすごいっす。ところでマスターの最近のフェイバリットは?」

写真関谷さん

「今一番好きなのは石塚真一先生の『ブルージャイアント』だよね。読んでるとページから音が聴こえてくるような気がする。それと定番だけど、さいとう・たかを先生の『ゴルゴ13』にも思い出がたくさんあるね。初期のゴルゴは製本がイマイチだったから、本当にすぐバラバラになっちゃってた。ここにあるマンガはバラバラにならないように、ドリルで穴を開けて紐で閉じてるんだけど、そういうことを始めるのはゴルゴがきっかけだった。けっこう大変なんだけど、本の状態を守るためだからコツコツやってるよ。マンガのスペースを別にしてるのも、タバコや油で汚れるのを防ぐためなんだ

写真ライター吉田

「ああ!だから入り口に『禁煙』の表示があったんですね。このアーカイブが守られてるのも、日々の管理があってこそ。それにして本当に新旧ジャンル問わずいろんな作品があります。棚を眺めてるだけでも充分楽しめますよ」

写真あきさん

「開店と同時にやってきて、マンガの部屋に入って出てこない人も結構います(笑)」

写真ライター吉田

「たしかにこれは一度入ったら抜け出せない…まさにマンガの迷宮ですねえ…

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愛読書『MASTERキートン』を手に取る吉田。こちらも諸事情から長らく絶版になっていた作品(※現在は復刊されてます)

一見フツーの喫茶メシ、だが
しっかりひねりが効いている

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「ナポリタンセット」(800円)。選べる各種ドリンクの中に「ミルク」が入っているのは、ミルクバー時代の名残りか?

さて、絶メシ的には“本丸”はマンガではなくお食事メニューである。まずは一番人気だという「ナポリタン」から。

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喫茶メシといえばナポリタン。なお吉田の地元さいたま市の大宮は“ナポリタンの街”として売出し中

写真ライター吉田

「具はマッシュルームとベーコンと玉ねぎとスタンダードですが、甘さは控えめ。懐かし系の味ながら野暮ったい感じは皆無。爽やかなトマトの酸味と香りがすごくいいっすねえ」

写真関谷さん

最初は一丁前にオリジナルのトマトソースだけで作ってたんだけどさ。これがまた不評なんだわ(笑)。やっぱり皆が求めているのってケチャップの味なんだね。でもせっかくだからトマトソースとケチャップを半々にして使うことにしたら評判になったんだ」

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絶品のトマトソースは、「からゐや」の宮内さん直伝。絶メシ・シンジゲート、おそるべし

写真ライター吉田

「モチモチ感はあるけど、決して柔らかすぎないパスタの食感も良いです。これって注文を受けた後に茹でているんですか?」

写真あきさん

「いや、茹で置きですね。ただしコシの強い麺を選んで、茹で時間も短めにしています」

写真ライター吉田

「ナルホド!昔ながらのスタイルを守りつつも、ソースもパスタもル・コワン流にアレンジしているわけですね」

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コーヒーとサラダが付く「ドラオムセット」(900円)

続いてはまかない飯から正式メニューとなった「オムライス」。今回は、その派生メニューである「ドラオム」をオーダー。通常のオムライスには、トマトソースとケチャップで味をつけた「ナポリ風」チキンライスが入るとのことだが、こちらはドライカレーが入った特別バージョンである。

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おほっ!オムレツが半熟じゃないの!これは嬉しい誤算

写真ライター吉田

「クレープ状の薄焼き卵に包まれたドライカレーが出てくるのかと思いましたが、見事に半熟。トロットロですよ。そして半熟オムレツとドライカレーが合わないわけない。たっぷりと掛かっているトマトソースの酸味が直欲を刺激してくれますね」

写真関谷さん

「ナポリタンに使っているものと共通なんだけど、隠し味に醤油が入っているのがポイントだね」

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ドライカレーの具材はナポリタンと共通で玉ねぎとピーマンとマッシュルーム

写真ライター吉田

「思ったよりドライカレーがスパイシーですね。卵と一緒に食べても負けていない。大人の味っす」

写真あきさん

「実は卵に包むことを考えて、普通のドライカレーより、味付けを辛めにしているですよ。胡椒も強め」

写真ライター吉田

「どれも美味しいなぁ。ここでちょっと豆知識。この手の店は一気に食べないで、マンガをちょっと読んでは、ちょっと食べ。これがマンガ喫茶メシの醍醐味なんですよ!」

写真あきさん

「…あ、そうなんですか。そんなことより温かいうちに食べてください」

(食べてから読めばいいのに)

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そう言いたげな、やや呆れ顔のあきさん

ちなみに、この店はサラダも美味い。実はこのサラダ、油を多用する喫茶メシを爽やかに食べるための付け合せ的な一品。ゆえに「野菜は食前に食べると太りにくい」とか眠たいことは言わずに、メインディッシュと同時進行で食べること!ちなみにこちらのドレッシングも、トマトソースと同じくからゐや宮内さん直伝だとか。

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穀物酢に砕いた玉ねぎ、りんご、セロリ、人参などを漬け込んだ野菜ベースのドレッシングは、ファンが多く、中にはサラダを完食後に飲み干す人もいるそう

60歳でリニューアル工事
先のことは、その時に考える

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2時間ごとにワンオーダーがルコワンのルール

地元の大学生たちが愛したマンガを読みつつ、こだわり系喫茶メシを楽しむことが出来る最高の店。ただ、一度だけ閉店の危機があったという。

写真関谷さん

「実はこの店は、平成22年6月22日に道路拡張で一度取り壊されてるんだ。当時おれは60歳。サラリーマンならば定年する年齢だったし、ママ(あきさん)が体調を崩していたこともあって、もう辞めちゃおうと思ってたんだけどさ。常連さんたちが『辞めないでほしい』って言ってくれたんだ……嬉しかったよね。タイミング良くママの体調も回復したこともあって、再開を決意。善は急げってことで、同じ年に8月には、店を建て始めたよ。で、その時にせっかくだからってことでマンガ専用のスペースを作ったんだ

写真ライター吉田

「なるほど!だから老舗なのにお店がキレイなんですね。しかし60にしてリニューアルオープンとは……ちなみに跡継ぎはいるんですか?」

写真関谷さん

「いるっちゃいる。うちには息子がいるんだけれども、やつが継ぐかもしれないし、継がないかもしれない。ただ、いずれにせよ今の業態は俺の代限りかな。ヤツはラーメンが得意だから、もしかするとマンガが読めるラーメン屋になっちゃうかも(笑)

写真ライター吉田

「ラーメン屋に求められる回転率を考えると、これだけ充実したマンガの蔵書は足手まといにしかなりませんよ! それは別にして、ここの喫茶メシが食えなくなるのは、本当に残念ですね……」

写真関谷さん

「そう言ってくれると、素直に嬉しいね。とりあえず『この味が好きだ』って言ってくれる人がいるうちは続けるよ。長年店をやってることもあって、びっくりするくらい通い続けてくれてる常連さんもいるんだ。だからやめるわけにもいかないよな。70になっちまったけど、少なくともあと5年は続けるつもり。後のことは、その時が来たら考えようと思ってるんさ

ル・コワンの本棚には、古すぎるマンガ、発禁になったマンガ、イマイチなマンガもたくさんある。だが、それがいい。高崎が誇るマンガ喫茶で、ワンランク上の喫茶メシを食べながら、ワンランク上のマンガ読みを目指してみよう! 大規模チェーン系のマンガ喫茶にはない珍作、奇作があなたを待っています!

取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

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