ワンコインで甘みぎっしり
ワンコインで甘みぎっしり
「町のお菓子屋さん」と聞いて、読者諸兄はどのような業態を想像されるだろうか。ケーキなどのいわゆるスイーツを扱う洋菓子屋? お土産向きのちょっと高級な和菓子屋? 100円玉一つであれこれ買える駄菓子屋? 最近ならチェーンの「おかしの◯◯◯◯」あたりが有力だろうか。そもそも現在では単独の「お菓子屋さん」というものが思い浮かばず、スーパーやコンビニのお菓子コーナーを連想される方もいるかもしれない。今回はお邪魔したのは、それら全てと異なる、それでいて「町のお菓子屋さん」としかいいようのない、なんとも懐かしい雰囲気のお店だ。
経験則で売れ筋を判断
取材日は「団子が売れる日」
「こんにちは、深夜にお菓子と炭酸飲料をセットで食べてしまうことが多く、皆様には決して習慣化をお勧めできないことを、身を以て証明している田中です。ということで本日は、お菓子がたらふく食べられるということでやってまいりました」
田中率いる絶メシ調査隊が作業場へお邪魔すると、店主の山崎初吉さんとその奥様が、練って伸ばしてちぎって丸めてと、まさに団子の仕込みの真っ最中。とりあえずその仕事っぷりを眺めてみることに。
実に丁寧な仕事ぶりである。早速、話を聞いてみよう。
「ものすごく大量に作られていますけど、やはりお団子が看板メニューということなのでしょうか?」
「そうですね、うちで一番出るのは団子になります。団子は大衆向きですからね。お子さんでも大人でも、みんな喜んでくれる。商品によっては、季節で出す出さないはありますが、団子は一年中出していますね」
「年間通しての売れ筋商品。それが団子という食べ物であると」
「夏はそうでもなくなりますけどね。お団子が売れないというよりも、夏はそもそもお客さんが減っちゃう。暇な時期は大変ですよ。忙しいときはとにかくたくさん作って乗り切るけど、暇なときこそ大変」
「これだけたっぷり作っても売れ残ってしまうことが……」
「まあでも、長年の経験で今日は出そうとか出なさそうとかだいたいわかるようにはなりました。出なさそうなときは作らない。注文が入ってから作ればいいんだから。売れないのに作ったら赤字になっちゃうから、作らないのが一番」
「ということは、今日は」
「売れる日ですね」
田中は見逃さなかった。山崎さんの目の奥がキラリと光ったことを。
高崎の店を修行行脚
人気商品を覚えて開店へ
売れる売れないがわかってしまうのは、長年の経験の賜物。改めて山崎さんから三山製菓の歴史をお聞きすることとなった。
「私は農家に生まれました。次男坊だったので、幼い頃から手に職をつけろと口酸っぱく言われてまして、中学を卒業する半年ぐらい前から、近所の菓子屋さんで働くこととなりました」
「中学卒業前……それって今から何年前ぐらいなのでしょうか」
「私が昭和11年生まれですから、昭和26年ですかね。最初に働いたお菓子屋さんにはお世話になりました。成人式のときには背広まで作ってくれたりね」
「大恩人ですね」
「そうなんです。でもね、私は当初から、いつか自分の店を持ちたいという夢があったんです。そこで他のお店でも修行をしてみようと、数軒のお店を転々としながら修行に励みました。高崎だけじゃなく、前橋や伊勢崎、あっちこっちのお店で。それぞれのお店でいちばん売れている商品の作り方を身に付けながらね」
「いいとこ取りですね! そしていよいよご自身のお店を、と?」
「はい。昭和39年に独立しました」
「ということは1964年創業……今年で54年ですか!」
「といっても、最初は品物を作って卸してるだけで、店を開いたのはもうちょっと後、昭和42年だったかな。最後に勤めていた店では調理だけじゃなく配達もやってたんだけど、その店の大将が『独立するなら同じお客さんのところを回っていいよ』って言ってくれたんです」
「超太っ腹じゃないですか!」
「そうなんです。三桝屋さんというお店でした。うちの『三山製菓』という店名は、三桝屋さんの『三』と私の苗字の『山』をあわせたものなんですよ」
濃密な味わいに
子どもたちからも絶賛の声
お話を伺っている間に団子作りは終了。続いては山崎さんご夫妻とともにお店へと移動して取材を続けさせていただく。
「それじゃあうちの団子、ちょっと食べてみる?」
「お願いします! お団子だけじゃなくいろいろ!」
感想を言う前に、矢継ぎ早にススメられたのがこれ。
うめぇ。
シンプルにうめぇ。
続いて出てきたのが、白あんのドーナツ。
もう食べた瞬間に、笑顔が溢れる。
懐かしさとウマさ。
最高じゃん!
「美味しそうに食べてくれてうれしいです。ちなみに、うちの団子を食べた近所の方の子どもに『手作りの団子は美味いなー』って言われたこともありますね。大人は体裁でモノを言うけど、子どもは正直だから、それを聞いた時はうれしかったです」
子どもたちが買える値段で
そこはずっと守りたい
「すでにさまざまな商品が並んでますが、今後も新しく出そうと考えていらっしゃるものもあるんでしょうか」
「今でもいろいろ考えて、季節によって新しい和菓子を陳列しています。でも出していないもの、出さなかったものもたくさんありますよ。こんなものを出しても売れるわけがないって思ったら出しません。手間がかかるとか、うちで出すには高くなるものとかね」
「三山製菓さんのお菓子は安さも魅力ですもんね」
「子どもたちがコイン一個で買える値段にしたいんですよ。子どもたちも、来る年もあれば来ない年もあるけどね」
「年によって、ですか?」
「そう。子どもたちは代替わりするでしょ。誰か一人がうちのお菓子に気づいてくれれば、同じ学年の子たちが何人も来てくれるんです」
「なるほど。学校内での流行が重要なんですね」
「近所の小学校からの依頼で毎年社会科見学も受け付けていましたよ」
「啓蒙活動ですね」
「でも、今年は断っちゃった」
「なんでですか?」
「高齢になりましたのでイメージが悪いと思いまして」
「そんなことないですよ!」
「私たちも今年で82歳。あとどれぐらい頑張れるかね」
「そんなこと言わないでくださいよ……」
「長いこと続けてこられたのもみなさんのおかげです。いつもありがとうございます。まあでも、まだまだやれるだけやりますよ。これからもよろしくお願いいたします」
とにかく子どもたちが手軽に買える価格で、半世紀にわたって手作りお菓子を作り続けている山崎さんご夫妻。大手が進出してきた時代とも重なったため、二人いる息子さんには継がせず、最終的には一代での営業となるのだが、それでもまだまだ力強く団子を練って多彩なお菓子を提供し続けている。もし手元に小銭があるのなら、ひとつふたつ買って試しに一口食べて見てほしい。同じ値段の既製のお菓子なんて目じゃない美味しさと濃密さ、満足感が得られるはずだ。