金時豆からタイカレーまで
金時豆からタイカレーまで
外食もいいけど、今夜は家でゆっくりしたい。でも料理をつくるどころか、台所に立つのも億劫……。そんな時に頼りになるのが、町の惣菜屋さんである。チェーンの惣菜屋さんも悪くはないが、やはり手作りならではの温かみと栄養面でのバランスのよさ、なおかつ手頃な価格帯で提供してくれるのは、昔ながらの町の惣菜屋さんをおいて他にない。とはいえ、そうしたお店も減少傾向……どころか、気づけば絶滅が危惧されている状況だ。しかし、我々絶メシ調査隊はとんでもない店を見つけてしまった。
昔ながらの製法にこだわる
超老舗の惣菜屋若旦那を直撃
「一時期、高カロリーの外食やコンビニ飯ばかりで生活していたライター田中です。今はある程度戻りましたが、その頃は見るも無残な太り方をしておりました。要は自炊が苦手で楽な方へ楽な方へと向かった結果ですが、その頃にせめて本日お邪魔するような店が近所にあったなら……」
過ぎたことをいつまでも心に留める、無理矢理肯定的にいえば記憶力に優れた田中が向かったのは、惣菜店の小田原屋さん。店頭を通り抜け、奥の作業場へと向かう取材班を待ち受けていたのは、一体いつから使われているのかわからないほど年季の入ったカマドを自在に操り、金時豆作りに精を出している次期店主・小野里悟さん(32歳)だった。
「鍋も立派ですが、後ろに見えるカマドもすごいですね。これ、稼動しているんですよね」
「もちろんです。まぁ、メンテナンスしながらですけどね。なにせ祖父が惣菜屋をはじめた頃から使っているらしいですから。ちなみに、この建物が100年ぐらい前からあるって聞いています。ちょっと火をつけてみましょうか」
ということで、年季入りまくりのカマドを点火する悟さん。
ボフッ!
「平成も終わろうとしているというのに、このシステムはすごいですね」
「まぁ、ずっとこれでやってるんで。今は金時豆作りをしていましたが、作り方そのものは昔から変わっていません。当時の調理器具、作り方で今もやっています」
「文字通りの“昔ながらの製法”ですね。昔ながらの製法を知らない僕が言うのもなんですけど、この作業場を見ればわかります(確信)。ちなみに創業100年くらいって伺っているのですが、間違いないですか?」
「商売を始めたという意味ではそうですね。祖父は一昨年亡くなってしまったのでわからないことも多いんですが、まず曽祖父がこの土地で漬物屋をやっていたのが、我が家の商売のスタートになります。そこから数えたら100年は経っています」
「ひいお爺さんが漬物屋をはじめて、お爺さんが惣菜屋に転換したと。屋号は変わらずですか?」
「いえ、この屋号は祖父の時代からです。祖父が前橋にあった小田原屋という惣菜屋さんで働いていて、そこから暖簾分けしていただき、我が家は漬物屋から惣菜屋の小田原屋となったんです。そのため、初代を曽祖父とするのか祖父とするのかは、実は家族間でも意見が割れるところなんです」
「となると、悟さんは……」
「小野里家の店としては4代目ですが、惣菜屋の小田原屋に限定すると3代目になります。今日はこの場にはいませんが、現店主は2代目もしくは3代目の父となります」
「……ややこしいけど理解いたしました!」
伝統の和惣菜に洋風も導入
人気メニューは増加の一途
金時豆作りが落ち着いたところで、悟さんと取材陣は店内へと移動。ショーウインドウには多種多様の手作り惣菜がぎっしりと並んでいる。ほうほう、どれもうまそうだ。
「季節によって入れ替わりはあるんですが、だいたいいつも30品ぐらい並べています。営業時間内でも、足りなくなったものを追加で作って出していきます」
「30品って相当な種類だと思うんですけど、お父さんやお祖父さんの代から続いているものも多いのでしょうか」
「そうですね。以前からあるメニューは基本的に引き継いで提供し続けています。看板商品となるのは、先ほど作っているところを見ていただいた金時豆と、きんぴらですね。これは季節を問わず一年中出しています」
「うまそうだなぁ。こういう昔ながらの金時豆って、裏切らないですよね。僕、大好きなんですよ」
「ありがとうございます。ただ、こういうものばかりを出していたところ、お客さんに『飽きられてるな』と思われる時期もありました。今から10年ほど前のことです。煮物や揚げ物が中心だと、茶色かったり黒かったりで、見栄えも地味ということもありますし、食卓の彩りには貢献しづらい。そんなこともあって、その頃は経営的にもちょっと大変で……」
「実は僕がこの店に戻ってきたのは、そういう大変な時期でした。僕自身、高校を卒業してから東京の専門学校に入り、そのまま東京のホテルで料理修行をして、5〜6年ほど東京で頑張って高崎に戻ってきたんです。戻ってきたら、実家の店は経営的に相当厳しい状況で。これはなんとかしないといけないと思い、
東京での経験を活かして、和メニューばかりのところに洋風メニューを導入してみよう、ということになりました。たとえばこちらのトマトサラダとか」
「千枚漬、生酢、結び昆布……と来て、トマトサラダってのが斬新ですね。でもなんかうまそうだな」
「おいしいですよ(笑)。他にも洋風メニューは、ハンバーグやチキントマト煮、冬になればビーフシチューなども提供しています。ちなみにこちらのタイカレーも僕の考案ですね」
「ちょっ、唐突!」
「タイカレーは、出し始めの頃はびっくりされましたけど、いまでは人気商品のひとつになってます。東京時代に職場の先輩が作っていたのを真似してつくってみたら、結構おいしいのができたんで。せっかくなんで、ちょっと食べてみてください」
「やった! 実食!」
つーことで和洋折衷お盆にドン!
「どれから食べていいのか迷いますが、まずは金時豆から」
「想像通りほどよい甘み。文字通り“家庭の味”って感じで、箸が止まらないですね。箸で食ってないですけど」
続いては洋食メニューの中から、大人気のトマトサラダ、さらにはタイカレーも。
「普段、こんな洒落たトマトサラダ食べることないですけど、これなら毎日食卓にあがってても食べられちゃいますね。リピーターが多いのも頷けます。あとタイカレーですよ! 僕、結構カレーが好きでいろいろ食べてきてるので、正直、半信半疑でしたけど、これはちゃんとしたタイカレーの味がします! 是非、お米といただきたいですね」
と、ここで悟さんのお母さん・光恵さんも話に加わる。
「定番メニューだけじゃなく、こっちの揚げ物も食べてみてくださいね。私の担当分」
「ご家族で担当料理が分かれているんですか?」
「大まかにですけどね。洋風メニューは悟、揚げ物は私。でもポテトフライはジャガイモを同じぐらいの大きさに切り分けたり、下準備が結構大変なのよね」
「やっぱり家族それぞれ、自分が作っているものが売れると嬉しいですよね。その代わり、誰かが用事ができて店を空けた日は大変」
「一応は家族みんな大体の料理を作ることはできるんですけど、手が足りなくなっちゃって慌ただしくなります」
「でもお互いでカバーできるのは助かりますよね」
「僕はまだ作れないもののもありますけどね。栗きんとんなんかは一年とおして出す機会が非常に少ないので、煮詰め具合を覚えきれていませんし。でも、もちろんこれから順次覚えていきます。今よりもっと美味しくするつもりで」
100年の店はまだ変化中
悟さんの改革案
「僕は東京から戻ってこの店を手伝うようになったんですけど、当時は祖父が健在だったので、気分的には本当に手伝いのつもりだったんですね。ところが祖父が体調を崩して一昨年亡くなりまして。それがきっかけで心が変わったというか、代々続いているこの店を残していかなきゃという気になりました。父も腰が悪くなってきてるので、今のうちに今後を見据えてあれこれ教わっています」
「悟さん自身がもうベテランといった感じじゃないですか?」
「当初に比べれば慣れてきた、といったところですね。戻ってきたばっかりの頃は常連のお客さんのことも知らないですし、もちろん常連さんも僕のことを知らないですし。でも話をしているうちに、だんだんとお客さんの好みもわかってきて、徐々に慣れてきたといったところです」
「お客さんとの交流も重視されているんですね」
「もともと接客はあんまり得意じゃなかったんですけどね。調理で裏に回っていたかったのが本音です。だけどどうしても店頭に立たなきゃいけないときもあって、仕方なくやってみたら、お客さんから料理に対する意見や感想をいただけたんですね」
「そこに手応えを感じるようになった、と」
「はい。例えば先ほど召し上がっていただいたトマトサラダも、あるお客さんから『サラダはないの?』と聞かれて、試しに出してみたのが定番化したものですし。といっても、最初からスムーズにはいきませんでしたけど」
「というと?」
「最初の一年ぐらいは僕の提案した新メニューは売れ残ることが多かったんです。そもそもそういうメニューがあることも知られていなかった。そこで認知してもらうため、原価無視で試食してもらったりサービスでつけたりして。そうしたら徐々に興味を持ってくれる方が増えて、時間をかけてようやく定着した、という感じですね」
「地道に一歩一歩、歩んで来たわけですね。それでは、これから考えている新展開などはありますか?」
「今も2〜3種類、新メニューを開発中です。最初は家族で試食して、必ず『なんだこれ』って言われるんですが、そこから改良していき何も(文句を)言われなくなったらそれがOKサイン(笑)。それと、お店を綺麗にリフォームして、お母さん方と来られたお子さんが遊べるスペースや、イートインもできたらいいな、と思っています。この建物には愛着はありますが、今まで以上にお客さんとお話しできるようにしたいですから」
年季の入った設備や、長く愛され続ける料理が充実するお店だが、伝統を守るだけでなく、新たなチャレンジにも余念がない次期店主の小野里悟さん。ご自身の東京での修行による洋風メニューに加え、お客さんからの意見も取り入れていて、今後も町のお惣菜屋さんとして長く愛されていくことだろう。近隣にお住いの方は、ご飯だけ炊いて小田原屋さんへGOだ!