個店だからこその価値を宮石青果店

No.39

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「個店だからこその価値を」
漬物が飛ぶように売れる
ある八百屋さんのお話

店頭に並ぶ玉ねぎ、店内には新鮮な野菜や果物、そして調味料。一見なんの変哲もない高崎市郊外の八百屋、それが本日訪れる「宮石青果店」だ。強いて変わったところといえば、周囲に他の商店は見当たらず、住宅街の中にポツンと一軒だけ存在していることくらい。だがこのお店、ある筋の情報によれば、わざわざ他県からやってくる常連のお客さんもいるという、知る人ぞ知る八百屋なのである。

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/田中元)

一人がごっそりまとめ買い
自信の人気商品とは?

写真ライター田中

「ご無沙汰しております。この春、インドに1ヶ月ほど滞在していたライター田中です。さて、インドは菜食主義者が非常に多い国。ある調査によれば国民の4割がベジタリアンだとか。街中にも菜食レストランが多数並び、通りすがりの旅行者といえどもこうしたお店で食事することで精神修養にも励めるのではないか。などということは特になく、普通に肉料理ばっかり食べておりました。こんなんではいかん……ということで今度こそ野菜を摂るべく、八百屋さん取材にやって参りました!」

そんな永遠の旅人・田中が高崎市郊外・根小屋町の入り組んだ住宅街をえっちらおっちらやってきた先にあったのは、今回の目的地である「宮石青果店」。見たところ、実に見事に、こう、なんというか、いわゆる普通の八百屋さんである。

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到着早々、店先の様子を探るライター田中。普通にあやしい

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店内にはでっかいクーラーボックスに切り分けられた野菜、フルーツ、調味料なども完備。うむ。八百屋さんだ

品揃え良し。価格良し。我が家の近所なら日常的に利用するだろう良心的なお店のようだ。だが、繰り返すけど普通の八百屋さんである。ぼんやり店内を見ている間にも、次々とお客さんはやってくる。他県からもやってくるほどの魅力はどこにあるのか、私は何を見落としているのか。

と、その時である。一人のお客さんが棚の一角にある商品を大量にカゴへ入れた。まとめ買いだ。

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そんな買うかってくらいのまとめ買い

これこそがきっとこの店の人気を担う何かだ、そうだそうに違いない。にしても、これはなんだ?

「おや、取材の方かい?」

そう言いながら、現れたのが店主の宮石松雄さん。

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ちゃきちゃきな感じで話しかけてきた宮石さん

写真宮石さん

「これね、自家製の新しょうが漬け。全部ウチで手作りで作ってるの。よそに卸してないから買えるのはうちだけなんだよね。あ、取材はどこでする? 店内だとアレだから、作業場で話そうか。今日はえらく暑いからこれでも飲んで!」

そう言いながら絶メシ取材班に国民的栄養ドリンク「リ●ビタンD」を手渡す宮石さん。出会って5秒。言われるがままに、リ●Dを飲み干す取材班。エネルギーチャージ完了(まだなにもしてないけど)。さぁ、場所を移して本格的に取材開始だ!

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暑い高崎の夏もファイト一発で取材しますよ!

1日160キロ以上を加工
売れまくる「新しょうが漬け」

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水谷豊ポスターの隣で猛烈にプッシュされている「新しょうが漬け」(450g/税込 1050円)

写真ライター田中

「先ほど新しょうが漬けをまとめ買いされている方がいましたが、そんなに人気なんですか?」

写真宮石さん

「出した分は売り切れるけど、そんな大したことはないよ」

写真ライター田中

「大したことはない、ですか」

写真宮石さん

「うん。毎日4キロ……」

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そう言いながら、新しょうが一箱4キロ分を手にする宮石さん

写真宮石さん

「……の箱が40から60個分。市場で買い付けて、それを加工して出してる」

写真ライター田中

「40から60箱!?  1日で160から240キロってことですよね。ちょっと大量すぎないですか?」

写真宮石さん

「そんなことないよ。だって午後には売り切れちゃうんだもん。足りてないんだから多すぎるってことはないよ」

写真ライター田中

「とんでもないですね……。今ここにあるのは?」

写真宮石さん

「これは明日出す分。今店に出てるのが昨日加工した分。一晩おいてから出すの。毎日その繰り返しだよ」

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こちら加工前。野菜の目利きでもある宮石さんがチョイスした間違いない新しょうが

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加工中の新しょうが漬け。一晩寝かせて翌日店頭に並ぶ。そして飛ぶように売れる

写真宮石さん

「新しょうがが終わったら、次はらっきょう漬け作るから」

写真ライター田中

「まだ作るの!?」

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加工待ちのらっきょうのみなさん

写真宮石さん

「新しょうがは季節ものだからね。昔にくらべて出荷期間も伸びて今では3月半ばから11月まであるけど、それでも一年中仕入れられるものじゃない。だから、新しょうが漬け以外にも他にもいろいろやってんだよ。らっきょう、きゅうり、大根、長芋…今年からはセロリの漬物も始めたよ」

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取材を受けながららっきょう漬け(商品名「甘酢らっきょう」)を作り続ける宮石さんとスタッフさん

店がなくても八百屋はできる
歩いて売ったご両親

もはや漬物屋さんのようにお話を進める宮石さん。そもそも、なんで青果店がこれほどまで漬物を売りまくっているのだろうか? 時計の針を創業時まで戻して、お話を伺うことにした。

写真ライター田中

「宮石青果店さんの創業はいつからになるのでしょうか」

写真宮石さん

「俺が10いくつだかの頃に親父とお袋が始めたの。今72歳だから、店を始めてから60年になるのかな」

写真ライター田中

「当時からお店の場所はこちらですか?」

写真宮石さん

「いや、昔は八百屋なんてのは店がなくてもできたんだよ。リヤカーで仕入れに行くでしょ。それを積み込んで、その足で売り歩けば良かったの。小さい店を構えたのはそれから少ししてからだね。そこは借家だったんだけど、俺が23歳で結婚したのにあわせて、今のこの場所に土地買って移転したんだ」

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半世紀前の話を昨日のことのように話す宮石さん。なにげに小顔で足も長いモデル体型

写真ライター田中

「漬物は店舗を構えられてからでしょうか?」

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「しばらくは本当に八百屋だったの。だけどスーパーなんてもんが出てきたじゃない。それ以降、八百屋に限らず、魚屋でも雑貨屋でも衣料品屋でも、『屋』の付くような小売業はどんどんきつくなっていったんだよね。うちなんて場所も悪いしさ。そこで、スーパーにないものを出さなくちゃって、漬物を始めたわけ。それが今から25年前の話」

写真ライター田中

「そしたら成功しちゃった、と」

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「そう。もともとお袋が十文字大根を漬けてたくあんを作ってて、それが近所でも評判良かったんだよ。そこで漬物はいけるんじゃないか、これを商品化しようってなってね。しょうがの漬物をやろうと」

写真ライター田中

「すぐに軌道に乗ったんですか?」

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「最初は時間がかかったね。味も納得できるものが出るまで試行錯誤を繰り返したし。ただ、『これは!』って味のができてから、人気が出るまではそんなに時間はかからなかったかな。結局、お客さんや友だちに恵まれたんだね。口コミで広めてくれたり、買ってばらまいてくれる人もいたから。ありがたい話だよ」

写真ライター田中

「そうして気づけば他県からもお客さんが来るようになったと。アイディアひとつでピンチをチャンスに変えたって素晴らしいですよ」

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「うちはたまたま当たってだけだと思うけどね。皆さんそれぞれ努力してるわけだし。それよりも新生姜漬け、食べてみる?」

写真ライター田中

「お願いします!」

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即席のテーブル(しょうが段ボール)に用意された新生姜漬け

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つまようじを刺すだけでシャキシャキ感が指先に伝わってくる

まずは一口。

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これは……

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うめえ!

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「だろ? この前なんてお客さんから『70年以上生きてきたけど、こんなに美味しい新生姜を食べたことはなかった』なんて言われたよ。調味料の配合もオリジナルで、既成品を使わずすべて自家製にこだわってるんだ。誰でも作れるものを出しても意味ないだろ? 価値があるものをつくらないといけないと思ってる。スーパーや量販店では得られない価値を提供できないと、負けちまうからさ」

写真ライター田中

「これは価値ありまくりですね……レシピも非公開ですよね?」

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「そうだね。だけど昔は知りたい人には教えてたこともあるよ」

写真ライター田中

「太っ腹! ではこの味の新しょうが漬けを出している店が他にもあるかもしれないわけですね」

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「どうかなあ。作り方が同じでも、作る人が変われば味も変わるからね」

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「ウチの味は、教えたところで再現できるものじゃないと思うよ」と立派すぎる新しょうがを手に自信をのぞかせる宮石さん

漬物が人気だが
主役はやっぱり野菜と果物

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市場から仕入れた間違いない青果物たち

話を聞けば聞くほど「もはや漬物屋さん」と言いたくなる宮石青果店。そのあたりについてご主人はどうお考えだろうか。

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確かに、もう何屋だかわかんないぐらい漬物作ってばっかりいるのは事実だね(苦笑)。だけど、前橋や伊勢崎、渋川、あるいは栃木や埼玉からわざわざやって来てくれるお客さんたちは、それだけが目当てじゃないんだよ。最初はそうだったかもしれないけど、今は野菜や果物もうちで選んでくれてるの。この道数十年の目でいい商品を仕入れているからね。青果には等級ランクってのがあって、上から『特秀』『秀』『優』『良』『◯』なんて順になってるんだけど、うちのはほとんどが『秀』以上。等級ランクは仕入れた箱に書かれてて、うちはそれもお客さんに見えるようにしてるんだよ。自分たちでは『正直販売』って呼んでるの。いいもの仕入れてお客さんに喜んでもらいたいし、八百屋としてちゃんと美味しいものを売りたいからね(←心なしかキリっとした表情で)

写真ライター田中

「八百屋さんの矜持ってやつですね。超かっこいいです。で、そんなかっこいいコメントの後に恐縮ですが、店頭に妙にほっこりするスペースがあったので、それについてお聞きしたく……」

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「ん?」

写真ライター田中

「ええと、こちらです」

酷暑もやわらぐ
「宮石松雄 水族館」
(ほら、いろんな魚がいるよ!)

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※八百屋の店先です

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「ああ、ここね。ここはお客さんのための休憩所。お菓子とお茶と冷たい水を飲み放題なんだ。ゆっくりしてくか?」

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「ま、ほとんど俺の趣味みたいなもんだけどね」

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「ちなみに今日のおすすめ品の試食コーナーもあるんだよ。今日はサツマイモを蒸したやつ。食べていってね」

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日替わり試食コーナー。試食というには大盤振る舞いすぎる盛り。何が置かれているかは当日のお楽しみだ

この他、店先にはカブトムシコーナーも。大きなカゴのなかには、キッズが泣いて喜びそうな立派なカブトムシがたくさん。

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なお、カブトムシの餌はお野菜や果物ではなく、ゼリー状のやつ

そしてカブトムシの話をしている時が一番楽しそうな宮石さん。

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「坊や、よってくかい?」

少しのアイディアとものすごい努力で、個店にとって厳しい時代を生き抜いてきた宮石青果。宮石さん他、店舗スタッフのいきいきとした笑顔を見ていると、今後も安泰のようにも思えるが……最後にお店の今後について聞いてみた。

写真宮石さん

「あんま先のことは考えてないけど、おそらく孫がやってくれるんじゃないのかな? 今はインターネットで注文受け付けをやってもらってる

写真ライター田中

「お孫さんがやってくれるなら大丈夫ですね!」

写真宮石さん

「どうだろうね。あんた、後継ぎは? 子どもは?」

写真ライター田中

「職業的に後継ぎは不要なんですが、なんにせよ未婚でして…」

写真宮石さん

「結婚はしなくちゃダメだよ!」

写真ライター田中

「ぐぬぬ」

写真宮石さん

「年齢は?」

写真ライター田中

「四十を越えて早数年…」

写真宮石さん

「オレなんて43で孫がいたよ」

写真ライター田中

「ぐぬぬ」

現在、孫の横坂龍也さんの尽力でネット通販にも対応し、新しょうが漬けをはじめとする自家製漬物を全国で味わえるようになっているという。とはいえ、宮石さんの発言にもあったとおり、ここは八百屋。他県からお客さんが訪れるのも、漬物と同時に取り揃えられた一級の野菜や果物のおかげだ。嬉しいことに青果も漬物と同梱でネット注文にも対応している。何はともあれ、この道数十年の腕前で漬けた漬物と目利きが選んだ優良青果をその舌で味わってみよう。美味いから、マジで!

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取材・文/田中元
撮影/今井裕治

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