ガテン系もオーガニック派も!とちの木

No.38

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ガテン系からオーガニック派まで
幅広い客層の心を掴む
元競輪選手の手作りレストラン

高崎にちょっと変わった個人経営の“ファミレス”があるらしい。噂によるとガッツリ食べたいガテン系からオーガニック志向の若者まで、異常に幅広い客層から人気を集めているという。さらにこちらのオーナーシェフ、名門野球部出身で元競輪選手というガチのアスリートだったとのこと。う〜ん。やたら情報量が多い割に、どんなお店なのか全然想像がつかないな…。というわけで今回は、謎ファミレス「とちの木」さんに足を運んでみました!

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/吉田大)

競輪の世界で20年!
40を過ぎてメシ屋に転身した主人

写真ライター吉田

「どうも!競輪選手をリスペクトする自転車好きライターの吉田です。高崎に元競輪選手がやっているナイスなファミレスがあると聞きまして、東京からチャリで来ました! (←ウソです)。さて、こちらに来るにあたり情報をいろいろ集めてみたんですが、どうもこちらのご主人は競輪選手になる前は野球をやっており、高校は群馬が誇る名門・前橋工業で甲子園に出場、大学進学後も東都大学野球リーグで活躍したという実力の持ち主だったようで。でも、そんなエリートアスリートが、なぜ高崎郊外でファミレスをやっているのか…。気になりすぎます!」

というわけで「チャリで来た!」と言いたいだけのライター吉田がミニバンに乗ってやってきたのは、高崎市金古町にあるレストラン「とちの木」。

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どことなくタッチ「南風」というか、あだち充さんの作品に出てきそうな佇まいの建物

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「カランコロ〜ン」と鳴るドアベル。「これは打鐘(ジャン)ですね」と分かりづらい競輪ギャグを口にしつつ入店

こちらのお店の売りは多彩なメニューだったり、オール自家製にこだわった料理とのことだが、その辺りは後回して、まずは気になって仕方がないご主人のプロフィールから聞いていこう。

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コチラのお髭がダンディなおじさまが、ご主人の栃窪保(とちくぼ・たもつ)さん(70歳)。控えめに言ってかっこいい

写真ライター吉田

「高校時代には野球で相当ご活躍をされたとか」

写真保さん

「ええ。前橋工業高校で甲子園にも出場しまして、その後は駒沢大学で野球を続けました」

写真ライター吉田

「前工→駒大って、野球でいえば超エリートコースじゃないですか! しかも50年前くらいの野球って、トップアスリートだけがしのぎを削る世界ですよね(尊敬の眼差し)」

写真保さん

「まぁ、そうですね。でも大学に入ってしばらくして、後援会長さんから『お前は野球じゃダメ』と言われてね……本当にショックでしたよ。『野球も無理だし、かといってサラリーマンも絶対に務まらない』って言い切られちゃっいまして(苦笑)」

写真ライター吉田

「ハタチ前後の前途有望な若者に言う言葉としてはエグすぎますね…」

写真保さん

「ですよね(苦笑)。でも、その時に競輪を薦めていただいたんですよ。競輪ならイケると。それで大学を2年で中退して、競輪学校に入ることに。以来プロの世界で20年間くらい選手をやりました(サラリと)」

写真ライター吉田

「えっ、あの厳しい世界で20年ですか!(尊敬の眼差し)」

写真保さん

「ええ。ご存知かもしれないけど競輪というのはとてもケガの多いスポーツなんです。私も転倒で数え切れないほど骨を折りましたし、肋骨が肺に刺さったせいで右の肺なんかは3分の2くらい機能してない。それで40歳を過ぎた頃に『このままいくと体が壊れちゃうなあ』と本気で悩んで、引退を決意したんです」

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「肋骨が肺に刺さった」「右の肺は3分の2くらい機能してない」と笑いながらすごい話をするご主人

写真ライター吉田

「壮絶ですね……ただ、華やかな世界から身を引くことに未練もあったんでは?」

写真保さん

「ふふふ。どうでしょうね。少なくとも当時の競輪は今とは違って『華やか』とは言えなかった。とにかく気が荒いお客さんのヤジが酷いんだ(笑)。レースの後には客席から怒鳴られて、それこそ物が飛んできたりね。冬だとミカンが定番でした」

写真ライター吉田

「〈冬だとミカンが定番〉の部分だけ聞くとホッコリするんですけどねぇ」

写真保さん

「まぁ、ひどいもんでしたよ(苦笑)世の中的にも『ただのギャンブルだろ』という感じでしたしね」

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なにげにメニューの“表紙ページ”のデザインがかわいい

いろんな意味で厳しい世界から、別の意味で厳しい飲食業の世界に飛び込んだご主人。どうしてこうも厳しい世界を渡り歩く決断をしてしまったのか。そのあたりを突っ込んでみると……

写真保さん

「あはは。まぁ簡単に言えば、両親の店を継いだだけですよ。そもそも私の父(先代主人)は、戦前に銀座の名門レストランである三笠会館で修行していました。その後、昭和38年くらいに、前橋で『友鶴』という店を始めたんですが、東京に比べると人が少ないのでどうにか工夫しないといけないと。なので、どんなお客さんにも対応できるようにと、ラーメンからカツ丼まで本当になんでも出す店にしたんです。で、昭和56(1981)年に今の場所に移転してきた。だから高崎では40年弱やっていることになります」

写真ライター吉田

「高崎に移転したときはまだ現役の競輪選手だったわけですか」

写真保さん

「そうですね。その後、結婚して妻はお店の手伝いをするようにはなっていましたけど。で、私が競輪選手を引退する少し前に、親父が体の調子を崩しまして、商売を続けるのが大変になってきたんです。私としては店を継ぐのは嫌だったんだけど、女房が頑張って手伝ってるのを見て『もう観念するか』と(笑)

健康志向な娘に影響され
お店がオーガニック化する

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ここからはご主人と二人三脚で働いてきた奥様三枝子(みえこ)さんもトークに参戦!

そんなこんなで、40歳にして第2の人生を歩むことになった保さん。ここからは奥様にも加わっていただきお話を伺っていくことにしよう。

写真ライター吉田

「先代が東京での修行を終えて、前橋でお店を始めるにあたり“なんでも出す店”にチューニングしたということですが、とちの木さんではそれを継承しているということですね」

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この通り中華、洋食、定食、丼物とメニューは多彩

写真三枝子さん

「そうですね。もちろん楽はしたいですから、少なくしようとは考えたことはあります。でも人気メニューの材料を組み合わせると、削ろうと思っていたメニューが作れてしまう(笑)。今のラインナップって、両親が長年考えに考えて固めていったものなんですよね。大変だけど、いろいろ出し続けることを個性であり伝統にしようって思ったんです」

写真保さん

「今のレシピは親父が書き残していたものがベースになっています。もちろん文字だけでは伝わらないことも多いんですよ。私はあまり父親と話さないタイプでしたから、生きている間にもっといろいろ聞いておけばよかったと後悔してます…」

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昼はサラリーマンや現場仕事の職人、夜は家族連れ、週末はスポーツ関係の人が訪れるというというこちらのお店。最近はオーガニックフード志向のお客さんも増えているとか。たしかによくよく見てみると、メニューのご飯の選択欄に「玄米」があったり、レジ横に有精卵が並んでいたりと意識の高さを伺わせる。

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こちらは店頭で販売している有精卵

写真ライター吉田

「この手のレストランでオーガニック系の食材を出されるのは結構珍しいと思いますが、なぜこのようなものを?」

写真保さん

「ちょっと前になるんですが、栃木県益子町のカフェで働いてた娘が戻って来たんです」

写真ライター吉田

「益子町といえば、オーガニック系のカフェやレストランがたくさんあるエリアですね」

写真保さん

「ええ。そこでいろいろ“食”に関する知識を学んだようで……戻って1年くらいはウチを手伝ってくれてね。その間に我々もいろいろ教わったわけです。今は、榛名町で無農薬農家やっている方と結婚して、よりそっちの世界に明るくなっている。ちなみに、この有精卵も娘婿の実家で作っているものなんですよ」

写真三枝子さん

「娘の影響もあって、本格的にオーガニック系の店にしようかなと思ったこともありましたが、全ての食材をオーガニックに切り替えると利益がなくなっちゃう。かといって、常連のお客さんのことを考えると値段を上げるわけにもいかない。なので、赤字にならない程度に娘夫婦から仕入れた無農薬野菜などを一部使うようにしています」

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健康志向のお客さんにアピールする張り紙も

写真ライター吉田

「現実的な範囲でよりよいお店にしようと。そして娘さん夫婦が作った無農薬野菜を使うってのも素敵ですね。味もよかったんですか?」

写真保さん

「ほうれん草とか人参は甘みがあって、生でも火を入れても美味しいですね。卵に関しては、ハンバーグ、手作りマヨネーズ、オムライスに使っています。それと野菜炒めにも娘のところの野菜を使うことがあります。もちろんあるときだけですけどね」

写真三枝子さん

「コスト次第ですよ(苦笑)」

写真保さん

「そうそう。娘にも『高い食材は使えないからな!』って言ってます(笑)。ですから旬の野菜の中で、ちょっとだけ形が崩れてるもの、大きすぎるもの、小さすぎるものを持ってきてもらってる形ですね」

ハンバーグの優しい味に感動
玄米×有精卵のTKGでダメ押し

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店主ご夫妻のお話を聞く限り「いい店」であることは間違いないが、問題は味なのだ

というわけで実食タイム。和、洋、中に、ガッツリ系、そしてオーガニックっぽいものまで、メニューの傾向が多岐に渡っているため、中々選びにくいが、今回は一番人気の超定番メニュー「ハンバーク」大食漢からの支持を集める「セット」にてオーダー。オーガニック要素を加えるべく玄米をチョイスし、さらに店頭で販売している有精卵をトッピング。有精卵はメニューにはないが、こういう細かい要望に答えてくれるのも個人店ならでは。

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まずはハンバーグから。柔らかく、肉汁が味わえるよう焼き加減はミディアムレアで

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牛スジを煮込んで作ったオリジナルのデミグラスソースをかけたら完成

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「ハンバーグセット」(1310円)&「榛名こころね農園の平飼い有精卵」(限定品ゆえ時価!)。通常の「ハンバーグ」には半ラーメンとサラダの代わりに味噌汁がつく

すごい量である。

もういっちょ真上からドン。

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肉・野菜・炭水化物が2枚のお盆の上でしのぎを削る!まあ半端ないボリュームですわ…

写真ライター吉田

「まず言いたいのは、セットでついてくる半ラーメンがもはや普通盛りレベルであるということ。そしてハンバーグとラーメンそれぞれについてくる“Wサラダ(野菜)システム”に驚愕するほかありません」

ボリュームは満足度マックス。なんども言うが重要なのは味である。まずはハンバーグから確かめてみよう。

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大きめサイズのハンバーグに使用している合挽き肉は、牛2に対して豚1の割合。牛2というところに原価率へのあくなき挑戦の姿勢が伺える

箸で切り、箸で食う!

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美味そげなモノは大きめで行っちゃう

写真ライター吉田

食感の良い粗挽き牛肉の味がしっかり堪能できますね。1週間煮込んでいるという牛スジ、パセリ、セロリ、人参、トマトなどを使ったデミグラスソースは、甘過ぎず、しょっぱ過ぎず。ソース単体が思い切り主張してくる感じではなく、肉の旨みを誘い出してくれる感じです。肉汁たっぷりだけど、脂控えめな品の良いお味ですね」

そして気になるのが、娘さんが益子で知り合った農園の方から仕入れている無農薬玄米である。

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炊き方次第で味が大きく変わってしまう玄米のお味は…

写真ライター吉田

ふっくら香ばしく炊きあがってますね。食感はちょっと餅米っぽいかも。圧力鍋を使っているとのことで、火を止めて蒸らす時間、蒸気を出す時間なんかに至るまで、細かく研究を重ねてきたんだそうです」

炊き方もバッチリ。そのままいただいても美味しいが、フレッシュな有精卵を追加オーダーしていることを忘れてはならない。

もうおわかりであろう。
あれをやるしかない……

T! K! G!(a.k.a.卵かけご飯)

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“頂き”に投下!

でへへへへへへ

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混ぜ混ぜしている最中、笑いが止められない吉田(エッチなことを考えているわけではない)

写真ライター吉田

「(パクッ)ウホッ、濃っ! この卵、味が濃い! だけど、意外とさっぱりしてますね。かなりスッキリ食える感じです。しかし有機玄米に有精卵とは贅沢なTKGだわ〜。何杯でもいけそう」

※余談だが、TKGを食べる隊には俳優・水谷豊さんが広めたといわれる<醤油をかけたご飯に、卵をかき混ぜずに載せて、軽〜く崩して食べるスタイル>を推奨したい。卵を完全に撹拌してしまうと味が一種類になってしまうが、このスタイルなら、白身、黄身の味をそれぞれ楽しめるのだ

そして〆はセットでついてきた半ラーメン(と、サラダ)。

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「セットメニュー」(210円)は、(自称)ハーフサイズのラーメンとサラダのセット

鶏ガラベースのサッパリ系中華そば。スープ感覚で食えるラーメンってことなんだろうが、どう考えても「半」って感じのボリュームではない。実質「7〜8割ラーメン」ってところ。こういうさっぱりラーメンが食えるのって、実にありがたい。

お客様の笑顔のために…
とにかくできるとこまでやってみる

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店内に飾ってある「すてきお店ベスト賞」の表彰状は常連客からいただいたもの

安心できる食材で、丁寧につくられる料理の数々。家族を連れて行きたいと思わせる、文字通りの「ファミリーレストラン」。気になるのは今後のことだ。ご夫妻はまだまだ元気なご様子だが、年齢的なことを考えるといつまでも……というわけにもいかないだろう。単刀直入に伺ってみた。

写真ライター吉田

「ホントに美味しい料理をありがとうございます。最後に今後についてお聞かせください」

写真保さん

「後継者という後継者はいませんね。一番良いのは娘が継いでくれることなんですけど、今は農業の方が忙しいみたいですからねえ。えっ、弟子ですか? はっきり言って楽な仕事ではないし、仕事もキツいと思いますので……」

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ご夫妻の笑顔はマジで癒やされる。お世辞でなく、あの笑顔はこの店の料理の「最高の調味料」となっている

写真ライター吉田

「それはそうですよね。でも先代が遺してくれたレシピがあって、ご夫妻がメニューを改良して、そこに娘さんのオーガニック食材が入ってくれば、今後さらに進化していきそうな気がするんですが」

写真保さん

「どうでしょうねえ。我々はやりたいようにやって来ただけだから。全てを他人に教えるってのは難しいんだよねえ。昔は『70歳で引退しよう』なんて思ってたんですが、周りも『続けてくれ』って言ってくれてますし、経済的な意味でも続けなきゃいけないことに気付いた(笑)。そんなわけで、とりあえず今は後継者のことは考えずに出来る限りはやっていこうかなと」

というわけで、ご夫妻は後継者問題について一旦保留。とにかくお店を続けて行こうと決心されているよう。ご主人は70歳オーバーとはいえ、そこは元一流アスリート。持ち前の体力できっと末長くお店を続けてくれるに違いない(強い願望)。

とはいえ後継者も欲しくないわけじゃなさそうなんで、『ファミレス大好きだぜ!キツい仕事もOK』だという方、弟子入りにトライしてみてはいかが!?

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取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

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