“高崎カレー”の火が消える? あの老舗が本気で後継者を募集
信越本線北高崎駅にほど近い交差点。地図ではこの辺のはずと見渡し、ある建物に目が止まる。外観は煉瓦色、もといカレー色(これがそそるんだ、また!)。間違いない、あれが『印度屋』だ。すると、調査隊の車を見つけ、気のよさそうなご主人が店の中からわざわざ出てきてくれた。挨拶を交わして頭を下げた瞬間、「グゥ」。……やだ。お腹が鳴ってしまった。だって、この香り! 頭の中を一瞬でカレー色に支配するグレートスメル。1秒でも早くかっこみたいが、いきなりクライマックスが来ては面白くない。まずは『印度屋』という店そのものを知ろう。きっと最高のスパイスになるはず。
カレーが苦手な人も来ちゃうカレー屋
「どうも。普段はうどんを主食に生きている者です。実は私、僭越ではありますが、ある媒体でカレーの連載を持っていた時期がありまして、北は北海道から南は沖縄まで、全国の個性的なカレーを取材していたのですが、高崎には正直そこまでカレーのイメージがなかったり(ごめんなさい!)」
そんなライター井上率いる絶メシ調査隊を待っていたのが、店主の荒木さん。
1983年、当時34歳のご主人が創業した『印度屋』。カレー専門店としては、高崎では先駆け的な存在だ。それまで複数の洋食店を渡り歩いてきた荒木さんが独立の際、カレー屋を選んだのは、元来カレー好きであること、そしてカレー専門店が(高崎では)まだ珍しかったこと。さらに1種類仕込めばいろんな味で提供できると考えたから。
荒木さんの思惑は見事に的中。バブル時代という追い風もあって、開店からすぐに地元で話題の店に成長したそうだ。
「思えば、ひと昔前は、カレーは家で食べるものって感じでしたよね。それが専門店なんて、地域のみなさんにしてみればすごく新鮮だったでしょうね」
「あのころはすごかったですねえ。お客さんが1日150~200人も来て、従業員も3人くらいいて。本当に忙しくさせてもらいました。」
印度屋は店名からしても間違いなくカレー屋だが、カレー以外のメニューも意外とある。
スパゲッティに、ピザ、ローストビーフ……さらにはきゅうりの糸昆布和えまで用意されている。そこいらのカレー屋では考えられない守備範囲の広さ。その秘密を荒木さんに伺うと、若かりしころの食体験inヨーロッパに行き着きびっくり。
「専門学校を卒業後、2年間ほどドイツ・デュッセルドルフの日本人向けの洋食屋で働いていたんです。その時に、オランダやパリなんかに足を伸ばして、いろいろ食べましたね。帰国後は東京でイタリアンをメインに7年くらい洋食全般を経験して、27歳で高崎に戻り、6年くらい洋食屋をやっていました。だからこういうメニューもあるというか。あ、そうそう、現在うちで出しているアヒージョやクリームスパゲッティなんかは、カレーが苦手な方から人気なんですよ」
“カレーが苦手なのになぜカレー屋に来る?”というツッコミは野暮。これはつまり「ここに来ればなにかある」ということであり、ご主人の腕に対する信頼の証なのだ。
なお、洋食系メニューについては欧州での豊かな食体験の賜物、ということで理解できたが、居酒屋チックなメニューがある理由については、よくわからず(笑)。たぶん、ご主人が呑兵衛なんだろう(取材中、「森伊蔵」や「赤兎馬」の話で盛り上がりかけ、あわてて話を戻した)。
メニュー表から漂う
そこはかとない「ガチ感」
それにしても、メニューの情報量がすごい。
このメニュー表なんて、
20年くらい前の個人のホームページのよう。
そして壁には、「超大盛りテラカレー2.5kg」の挑戦者を呼びかける張り紙。
さて、ここでカレーのオーダー方法について簡単に説明しよう。基本となるカレーは以下の4本立て。
■普通の小麦粉から作るカレー(家庭で食べるあのカレー)
■ミートカレー(スパイスから作る挽き肉のカレー)
■キーマ(スパイスから作る挽き肉とコーンのカレー)
■ムルギー(スパイスから作る鶏肉のカレー)
※ミートカレー、キーマ、ムルギーは小麦粉を使わないグルテンフリー
またカレーの“お供”は、ライス/ドリア風/ナンの3種類から選べる。
「ああ、もう我慢できん! ご主人、人気メニューを食べさせてください!」
「じゃ、創業時から人気のチーズ系にしましょうか。『キーマ焼きチーズカレー』と『チーズハンバーグカレーの2種類を作りますね」
そう言葉を言い残し、厨房で作業スタート!
「あの……失礼ながら、あれだけのメニュー数ですし、てっきりトッピングは最後に乗せるだけかと思っていましたが(本当に失礼)、ハンバーグ一つみてもここまでとは……」
「そう? やっぱり洋食で鍛えたからかな? チャツネを桃缶から手作りしていた時代もあったなあ」
そして運ばれてきたのがこちら。
「キーマ焼きチーズカレー」(880円)
匂いを嗅ぎたいから、上から眺めてみるよね。
現場作業員・井上、安全を確認して行きます!
掘削!
出陣!
「んんんんん~! まろやかなカレーにチーズの風味とコーンの甘みが合う! え? トマトホールも入ってる? ふむふむ……って、タイム! 3口目あたりで急に辛くなったんですけど! なにこの容赦ない感じ! え? カイエンですか? そうですか。いえ、コーンで油断しててびっくりしましたけど……結論、うまい!」
続いてもう1種類のカレーをば。
「チーズハンバーグカレー」(895円)
ハンバーグとカレーという、はらぺこキッズが泣いて喜ぶ鉄板の組み合わせ。
そら、こんなお料理を前にしたら人間は…
こういう顔になりますよね。
満面の笑みからの、一口パクり。
「うわーーー、カレーに負けないこの肉々しさ、たまらん! 最近のハンバーグって、“ふわっと柔らかジューシー”みたいな風潮ありますけど、たまにこれくらいワイルドなやつが食べたくなるんですよね。最高!」
はあ~、どちらのカレーも美味しかった。いろんな組み合わせができるから、何度も通って自分にとってのベストオーダーを見定めたいなぁ。
というわけで、心を込めて、ごちそうさまでした!
ライブハウス、はじめました
お店についての話も聞いたし、おいしいカレーも食べたし、あとは撤収するだけ。
…………って思うんじゃん?
そうじゃないんだな。
実はお話を聞いている間も、カレーを食べてる間も、ずっと気になっていたことがある。
それが店内を埋め尽くすビートルズの写真(をコピーした紙)の数々。
ここにも。
こちらにも。
視界の中に、絶対に入ってくるビートルズの影。これは突っ込んでいいのか、どうなのか迷うところではあるが…。
「あのぉ、ビートルズお好きなんですか?」
「お、気づかれましたか! ビートルズもそうだし、音楽が大好きなんですよ! で、音楽好きが高じて、印度屋の上の階にあるスペースを設けましてね……。是非、見てください!」
「あ、はい…(ご主人、今日イチで生き生きしてるやないか)」
ということで印度屋を出て、外階段で上のフロアに連れてこられた一同。中に入ると、壁一面に往年の名盤(LP)がズラリ! ここは一体……?
ここは4年前にオープンしたというライブハウス「OLDIES CLUB」。幼いころ、お小遣いを貯めて買った思い出の1枚から、青春時代に情熱をもって買い集めたプレミアものまで、荒木さんが半生をかけて集めた数えきれないほどのレコードを聴きながら、まったりとお酒を飲めるスペースだ。もちろん印度屋のカレーもオーダー可能だとか。
それにしても……
印度屋にいる時より、なんだか楽しそうな荒木さん。
まずは印度屋でカレーを食べて、食後に良質な音楽を聞きながら、お酒を飲む。そして〆にもう一度、印度屋のカレー……そんなフルセットをいつか楽しみたいものだ。
「生涯現役」から「後継者募集」
方針転換した理由とは
全盛期に比べれば落ち込んだものの、まだまだ人気店として売上も好調。一方で好きな音楽の店もはじめ、年齢を重ねつつも、商売に対する前向きな姿勢は変わらず「いつか東京に行って、うちのカレーで勝負したい」と熱く語る荒木さん。
生涯現役——その方針を命尽きるまで貫くつもりであった。しかしである。昨年、あることがきっかけとなり、強気一辺倒だった姿勢にも若干の変化が起きたという。
「昨年、腹膜炎で死にそうになったんですよ。やっぱり健康を損ねると、気分も滅入りますよね。それまでは後継者のことなんて全然考えたこともなかったのに、急に『ああ、このまま死んだら全部なくなっちゃうんだ……』って思ってしまって。なくなってしまったら、東京で挑戦する以前の問題ですから。やはり残したいんですよ、この味を」
「後継者を募集されているのですね。これだけの人気店を継げるのって、すごくいいお話だとは思うのですが、プレッシャーもありますよね」
「そうかもしれません。ただ、料理は私が教えるから安心してください。それに、すべて私がやってきたことを再現する必要はなくて、レシピは人気のあるやつだけ覚えて、あとは好きにやってもらって構わないですね。後継者に求める条件は腕より人柄。店の雰囲気はオーナーの人柄が作るもんだと思うので、そこは大事にしたいですね」
というわけで、この記事を読んでいるそこのあなた!料理の腕は不問だなんて好条件すぎますって。人柄に自信がある方は……いや、むしろ人柄にしか自信がなくても大丈夫(だと思う)!是非、後継者候補に名乗りをあげてみません?
我々としては、ただただ純粋に印度屋の味が後世に受け継がれることを切に願うばかり。しかし、「いい後継者に出会いたいね。でも、東京への夢もまだ継続中なんです」と最後につぶやいた荒木さんのさらなる挑戦にも期待せずにはいられない。
東京でもあの味、食べたいし。