ラーメン食べ歩き青年が"継承者"になった清仁軒

No.29

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ラーメン食べ歩き青年が

高崎の名店「清華軒」で修行

そして“継承者”になった話

2018年3月3日(土)に全国公開される映画「ラーメン食いてぇ!」。原作は100万PV超を記録した林明輝さんの同名Webマンガで、NHK連続テレビ小説「まれ」の中村ゆりかさんが主演、同「わろてんか」の葵わかなさんが共演する話題の作品である。この作品のモデルとなった高崎のラーメン店「清華軒」は、地元民からこよなく愛される名店中の名店。そんな店が惜しまれつつ休業したのは、2016年10月のことであった。この突然の休業は、高崎絶メシ界に大きな衝撃を与えた。それから約5ヶ月後の2017年3月。高崎市本町にあるラーメン店がオープンした。名は「清仁軒」。あの「清華軒」の味と伝説を継承する店だ。

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/船橋麻貴)

話題の映画のモデルとなった
伝説の名店「清華軒」とは

写真ライター船橋

「ご機嫌うるわしゅう、ライター船橋です。突然ですが、みなさん、すすってますか? はい、そうですね。定期的にすすりたくなる、それがラーメンですよね。なんでも映画のモデルになるような最高のラーメン店が高崎にあると聞いてウキウキしていたのですが、聞くところによるとそのお店、休業しているとか。その、なんていうか……ぬか喜びもいいところじゃないですか…(泣)」

「ラーメンと言えばここ!」と、高崎市民が口を揃える名店「清華軒」。実は、2016年10月より休業しており、再開も未定。1956年に創業し、住宅街にありながらも連日お客さんが絶えない人気店だったそうで、聞けば聞くほどその味をこの舌で確かめたい…。だけど、今はそれができないという現実を突きつけられてしまったのだ。

肩を落とすライター船橋の元に、「味を受け継いだ弟子が独立した」という吉報が。それならそうと、秒でその店へGOである。

到着。

やってきました高崎市本町。ここが今回のターゲット「清仁軒」である。

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真っ白い壁に、だるまを思わせる赤の屋根が目印

オープンから約1年だが、伝説の名店の味を継いでいるということもあり、すでに連日完売するほどの人気店に成長しているという。おぉ、これは期待値がぐんとアップ。いざお店に入ってみよう。

散々食べ歩いたけど清華軒が一番
そして、そのまま弟子入り志願!

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清仁軒の店主・儘田清志さん。気さくな兄ちゃんと侮るなかれ、その手には伝説の技術がしっかりと受け継がれている

「遠いところ、わざわざすみません」――そう謙虚に迎え入れてくれたのが、店主・儘田清志さんだ。2013年5月に清華軒に弟子入りしたという儘田さんが、独立オープンしたのは昨年3月のこと。そもそもなぜ、清華軒で修行をしようと思ったのか。そして清仁軒として独立するに至ったのか。味を堪能する前に、そのいきさつを確かめたいところだ。

写真ライター船橋

「清華軒さん、大変な名店だったと聞いています。そんなお店で修業することになったきっかけを教えてください」

写真儘田さん

「飲食店やラーメン屋で働いていたこともあって、いつか自分のお店をやれたらと、23歳ころから東京や地方のラーメン店をまわっていたんですよ。それで散々食べ歩いて最後にたどりついたのが清華軒だった。いや、正確にはこの味に出会い、僕の食べ歩きが終わったんです。僕が求めていた味はこれだと」

写真ライター船橋

「すごいですね。それで清華軒さんで修行を志願することになった訳ですか?」

写真儘田さん

「ええ。ある方に相談したら、たまたま清華軒のマスターと知り合いだったみたいで、紹介してもらって働くことになったんです」

写真ライター船橋

「なるほど。でも儘田さん、相当な数のラーメン屋さんを巡っているわけですよね。その中でも清華軒が一番だったと?」

写真儘田さん

「そうですね。東京に行くときは、1日に5~6軒は食べ歩いてました。数えてないですけど、総数はかなり行っていたと思います。僕にとっては清華軒の味が一番しっくりきた。僕自身、高崎出身なので、まさに灯台下暗しでしたね」

写真ライター船橋

「え、高崎の方なんですか? じゃあ清華軒のラーメンは以前にも食べたことあったのでは?」

写真儘田さん

「はい、何年か前に行ったことありました。でも、美味しいけど、そこまで感動した覚えがなくて。おそらくたくさん巡ってからこそ、清華軒のスゴさに気づいたのかもしれない。こんなラーメンが地元にあったなんて、とかなり感動したことを覚えています」

写真ライター船橋

「“ラーメン偏差値”が上がったからこそ、気づいたことがあるって感じですかね。ちなみに具体的にはどんなことに気づいたのでしょうか?」

写真儘田さん

「シンプルなのに奥行きがあって、全体のバランスが素晴らしい……これに尽きますね!」

写真ライター船橋

「清華軒のラーメン、食べてみたかったなぁ…(泣)。ちなみに修業でお店に入ってみて、気づいたこととかありますか?」

写真儘田さん

極めて普通だということです。普通のすごさというか、当たり前のことを当たり前にしている。しかし、それってすごく難しいことなんですよね。清華軒では既製品を使わずに、ほとんどのメニューを手作りで仕上げているわけです。食材ひとつひとつは高級品ではなく、身近な食材で作っているのに、最高においしい。それはやっぱり、麺もスープも丁寧に自分たちで作っているから。もちろんその分、手間はすごくかかってましたね」

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真っ赤なだるまのように、儘田さんの胸にはラーメンへの情熱が宿る

高崎市内の別のラーメン店で修行中の身でありながら、食べ歩ききっかけでその味に惚れ込み、清華軒に入店した儘田さん。歴史も長く、地元の人からもラーメン通からも支持される名店だけに、修行の地としては申し分ない。日夜、身を粉にして働き、学んだ。そして日を追うごとに、清華軒のラーメン、その一杯に込められた思いや、味の深さを知ることになる。しかし入店から約3年半が経過。多くのファンに惜しまれつつ、伝説の名店は休業することになった。

あの味を継承しなければ!
食べ歩き→弟子→継承者に

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3月公開の映画「ラーメン食いてぇ!」の原作はWEBマンガ。清仁軒には原作マンガを置いてある

清華軒がオープンしたのは約60年前。儘田さんが弟子入りした(当時の)マスターの祖父にあたる人物が開いたお店だ。そのため2世代、3世代にも渡る息の長い常連客もおり、そうしたお客さんとともに清華軒は高崎の街で生きてきたのである。

写真儘田さん

「休業直前は、お店を閉めてしまう日が結構あったんです。そうなると、普通はお客さんが減っちゃうと思うんですけど、清華軒はそうじゃない。『いくら休んでも、お店を開けるとたくさんのお客さんが来てくれるんです。それほどまでに地域に愛されている店なんだなって、心が打たれてしまいましたね。だからそういうお客さんの思いも目の当たりにしたからこそ、どうにかあの味を継承したかった。なにより、僕がここで味を受け継がなかったらすごくダメな気がして独立を決意しました。清華軒の味を待ってくれている人がいっぱいいることはわかっていたので迷いはなかったです」

写真ライター船橋

「男らしい! でも、3年半の修行中にラーメンの作り方はマスターしていたんでしょうか?」

写真儘田さん

「いや(苦笑)。とくに麺はなかなか教えてもらえなかったですね。やはり門外不出でしたので。だから休業することが決まったとき、自分から志願して教えてもらいました。必死で学びました。でもやっぱり料理って、材料も作り方も同じなのに作る人によって違うものになるので、完全に継承するのはとても難しい。それでも今では、清華軒時代からの常連さんが『一緒だね』と言ってくれるんです。これは本当に嬉しいですよね」

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休業に入る直前に伝授された麺のお味はいかに…!?

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「あ、今日はもう完売してしまったんですよ。せっかく来てくださったのに、本当にごめんなさい!」

写真ライター船橋

「うううううう、うそぉおおおおおおん(白目)」

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ラーメン完売につき、厨房を片付ける儘田さん。こんなおあずけ、あってよいのでしょうか

これだけたっぷりお話を聞いて、ラーメンが完売というまさかのオチ。しかしこれでは終われない。というか終わるわけない。食いしん坊のライター船橋は、この2週間後、また高崎にやってくるのだった。そう、儘田さんの1杯を求めて。

ラーメン食いてぇ!…だから再訪
味の味を継ぐ極上の一杯との対面

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伝説のラーメンが食べた過ぎて再び上陸だい!

写真ライター船橋

「オッス、オラ、土偶! なんだか土器土器してきたぞ! というわけでやって参りました、再びの清仁軒さん! オープンと同時に入店したので、今日は確実に伝説の1杯にたどり着けることでしょう!! ですよね、儘田さん?」

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「はい(笑)。今日はまだありますよ!」

「チョレーーーーイ!」と雄叫びをあげたい気持ちを抑えて、儘田さんが厨房で作業をするのを見守ろう。

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これが清華軒の作り方を受け継いだレジェンド麺だ!

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手作りの平打ち麺がゆがかれていく

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麺の湯切り。完成までもうすぐ!

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下仁田ポークを使ったチャーシュー。もう塊ごと食べたい

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豚がらベースのスープ。透明度が高くてそれはそれは美しいのなんの

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レジェンドスープにレジェンド麺をイン!

そして伝説の1杯と感動のご対面!

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手打ちらーめん(720円)。やっと会えたね…

正しさ溢れるビジュアルと香り。
これは正義。大正義の予感。

まずはスープから。

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念願のラーメンを前に、胸の土器土器が止められない…!

写真ライター船橋

「う、う、うめぇ~。なんじゃこりゃ! すっきりとした醬油味の後に、豚骨の深みとコクが追いかけてくるではないの。マジ、やばい! なんでこんなおいしいんですか!」

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「ありがとうございます。スープは豚骨と鶏の皮をじっくりと煮込んでいるだけなんです。通常のスープって野菜や香草をいれて肉の臭みを消すんですけど、清華軒のは一切それをしない。なのに、肉特有の臭みもないんですよ!」

続いて麺だ、この野郎!

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毎日4時間ほどかけて手打ちする麺。長時間かかるものの、70食ほどしか作れないそう

ずずず~!!!

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迷わず一気にすするのが粋ってもんよ!

写真ライター船橋

「なんということでしょう…。匠が打った麺は食感がもちっとし、のど越しも最高。ほどよく縮れているため、スープともよく絡みます」

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「麺だけ、清華軒のものよりも、縮れを出したり、厚みをもたせたりと、僕なりのアレンジをしているんです」

写真ライター船橋

「ただ継承するだけでなく、オリジナリティも出す。伝統を守りつつも前進する。素晴らしすぎ!」

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「ありがとうございます。せっかく来てもらってラーメンだけというのもアレなんで、もつ丼もぜひ召し上がってください」

そして来たのがこちら。

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ぶっかけもつ丼(350円)

2回も来たからってもつ丼まで悪いですよ…と言いながらもすぐさま口に放り込む船橋。

パックリーナ。

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出された食べ物は、確実に口の中に入れたい派です

写真ライター船橋

「は、はうあ!! ぷりっぷりのうえ、超絶やわらかい。このもつ、歯がいらんわ!」

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ピリ辛でメシが進む。やめられないとまらない

寝る間を惜しんで麺を手打ちしたり、長時間かけてスープのだしをとったりと、ひとつとして手を抜かない儘田さん。そんな彼が伝説の味を受け継ぐ上で大切にしていることはなんだろうか?

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味よりもここ(胸)ですかね

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そう語り胸を抑える儘田さん。終始謙虚な口ぶりだが、ラーメンを思う心は人一倍強い

写真ライター船橋

「なにそれ、超かっこいい」

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「清華軒と同じ食材を使って同じ作り方で作っても、その味の通りにはならない。だけど、意志を受け継ぐことはできると思うんです。それは、お客さんを大切に思って、目の前の1杯と真摯に向き合うこと。そういうマスターの思いを受け取って、これからも味を守っていきたいです。手作りにこだわるから、休みもなかなか取れないし、仕込みも想像以上に大変。だけど毎日来てくださる方もいるし、お店を応援してくれる仲間もいる。そういう人に店がなくなった姿を見せちゃいけないと思っているんです」

地元の人が何世代に渡って通い詰めた老舗店。その味を継承するということは、それ相当の覚悟の必要だったはず。愛する人が多いが故、“前の味”と“今の味”を比べられてしまうことだってあったかもしれない。それでも自身もその味に魅せられたからと、前を向いて立ち上がった若者がいる。儘田さんの並々ならぬ勇気と努力を、絶メシ調査隊は全身全霊で応援したい。

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取材・文/船橋麻貴
撮影/今井裕治

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