45年超の歴史に幕ってマジ?
食べなきゃ後悔するかもよ
今、絶対に食べたい“サクやわ”ヒレカツ重
45年超の歴史に幕ってマジ?
食べなきゃ後悔するかもよ
今、絶対に食べたい“サクやわ”ヒレカツ重
群馬県民にとって「肉」とは、豚肉にことを指すらしい。ここ高崎市も例外ではなく、豚肉がもっとも美味しくいただける料理のひとつ「とんかつ」を扱う老舗店が実に多い。ところが長く看板を掲げるがゆえ、その幕引きのときが迫っている店も多いという。ここ「菊乃家」もそのひとつ。創業から45年。多くの高崎市民に愛された名店が閉店してしまうとの噂をキャッチした絶メシ調査隊。これはなんということだ…。これはもう、突撃するしかないではないか。
「お肉大好きライター船橋です。SNSで検索するのはだいたい肉の画像です。もちろんとんかつは大好物。いくら満腹でも食べちゃいますね。甘いモノととんかつは別腹って言いますし。さて本日は、閉店の噂もある老舗とんかつ屋さんに伺うため、朝イチで高崎入りしました。朝食抜いて来てるんで、玄関開けたら2秒でとんかつ食べたいです」
高崎市本町。国道354号から一本通りに入ると見えてくる、こちらが本日訪れる「菊乃家」だ。外観は昭和の食堂といった趣きである。
そしてこちらが店内の様子。
まず目に入ってくるのは大物演歌歌手・冠二郎さんのサイン入りポスターだ。冠さん以外にも演歌歌手のサイン色紙が目立つ。
我々、絶メシ調査隊を迎え入れてくれたのは、店主の菊田進さんと節子さんご夫婦だ。
「なんか落ち着くお店ですねぇ。いいなぁ、いいなぁ。こういう店、いいなぁ(絶対なくしちゃダメっしょ)」
「ハハハ、ありがとう。でも実ね、店をじきに畳もうかと思ってるんですよ」
「はぅあ! やっぱりそれ事実でしたか……噂では聞いてましたけど。はぁ、残念すぎる」
「まぁ、確定ではないんだけどね。この建物自体が古くなってきちゃって、手を入れようにも施しようがないんですよ。あと実は、最近大家さんがこの物件を手放すといった話もあって…。商売はいつまでも続けていいという話になっているけど、もしそうなったら(次の大家さんと)家賃の交渉もしなくちゃいけない。上がるかもしれないし下がるかもしれない。もちろん上ったら続けられないよね。そういうこともあって、そろそろかなって考えてるんです」
「世知辛いっす」
「あとお父さんは74歳、私も70歳になって年齢的にもきついんです。お父さんは2回もカテーテル治療をやってるし、健康面と体力面も厳しいんですよ」
東京の飲食店で修行を重ねた後、地元・高崎に戻り20代後半でこちらのお店を開業した進さん。当時は昭和46年。今から実に47年も前の話だ。その後、節子さんと結婚し、二人で切り盛りしてきた。以来、ずっと地元の人に愛されてきた名店。取材日前日の夜も「近所の企業の方」が店を貸し切りにしてくれた。「お母ちゃんとふたりだから手が足りなくてね。みなさんが配膳の手伝いまでしてくれるんですよ」と進さんは嬉しそうに語る。
「ステキなお客さんがいるんですね。お店がなくなったら、そういう方も悲しむんじゃないですか」
「まぁ、時代もあるから。最近はさ、この辺りもめっきり人通りが少なくなって。昭和40~50年代、この近くに映画館もパチンコ屋さんもいっぱいあってにぎやかだったんです。歩くと誰かの肩がぶつかるくらいで、それはもう大忙しだった。当時、高崎でとんかつをメインで出す店なんて珍しかったしね。まぁ、そんなしみったれた昔話なんかはいいからさ。お姉さん、お腹減ってんだろう? とんかつ、食べていきなよ」
ライター船橋の腹ペコ具合に気づいてくれた進さん。さすがベテラン。腹ペコ察知能力が高い。
厨房に向かう進さん。塊肉を取り出し、男らしく手切りする。やっぱ手切りっすよね!
「ホント、一からやるんですね。パン粉とかつけておいたり、いわゆる“仕込み”はしないんですか?」
「そんなことはやらない。オーダーが入ったら塊肉を切るところから始まるんだよ」
「すっごいこだわり! やっぱりそうやる方が鮮度を保てたりするからですか?」
「いやいや。理由は別にない(キッパリ)」
「そこは、『そうだね』ってドヤっちゃいましょうよ~(笑)。でもそういうところ好き」
「あ、でも肉はいいヤツ使ってるよ。群馬の『下仁田ミート』ってとこからとってるから。あそこは、生産も販売しているから肉質はすごくいいんですよ」
謙虚なのか本気なのか、そう言いながらパン粉を付けた豚肉を油に滑り込ませる進さん。パチパチと小気味いい音が響き渡り、店内はあの香ばしさに包まれていく。
そして目の前に運ばれてきたのは、人気メニューの「ヒレカツ重」。
これをこうして…。
こう!
グルメレポーター界の重鎮・彦麻呂師匠のフレーズをパクるなら、「まるで北関東の宝石箱や~」である。たしかに米の上に乗っているのは、とんかつではなく宝石だ。茶色に照り輝くさっくさくのジュエル。これはもう宝石から食らうしかないだろう。
お宝ゲットだぜ!!!
はっ!
「やばっ! うまっ! 甘じょっぱいタレも絶妙。ヒレカツ特有のぱさぱさ感もなくて、めっちゃくちゃ肉がやわらかい。やっぱり45年以上続けてきたからこそ、なせる技ですわ!」
「こんなもの、技術もなにもいらないんですよ。油の温度? 計ってないですよ。レシピなんてものも特別なことはしてないからねぇ。あえて言うなら“勘”。もうすこしマシな言い方をすると“経験”でしょうかね」
「なにそれ超かっこいい」
絶メシ調査隊専属カメラマンIと隊長は、勝手に「ロースかつ定食」をオーダー。
もちろん横取りをキメるライター船橋。サクサクでジューシーなロースかつをぺろり。もれなく笑みが溢れる。ライター船橋のほっぺの肉は、あっさりと重力に逆らうことをやめたようである。
「あのぅ…、非常においしいです。だから、やめるのをやめることはできませんか」
「ありがとね。できれば、もうちょっとできたらいいんだけど。ねぇ、お父さん」
「う~ん、そうだね。こんなに喜んでもらえるんだったら…じゃ向こう1年はやろうかな」
「言いましたよね! 言いましたよね! わーい!わーい! 1年延長だー! ついでにもっと延長してほしいーー!」
半ば強引に、1年の営業の続行が決定(?)した「菊乃家」。わがままを承知で言うなら、こんな美味しいとんかつ、1年と言わず、2年先、5年先、10年先と食べ続けたいものだが。
「さっきから気になってたんですけど、跡継ぎはいらっしゃらないんですか?」
「まぁ、息子がふたりいますからね。でも彼らは跡継ぎではないんです。実は彼らが就職するとき、『継がなくてもいい?』って聞かれたんです」
「えっ、そうなんですか」
「でも、『(継がなくて)いいよ』って答えました。だってこういう商売は、本人が好きじゃないとできないもの。聞いてくる時点で、そこまで好きじゃない。そういうことなのよ」
「複雑な思いがあるんですね…。そうなるとこの味が継承されずに無くなってしまうってことですか。う~ん、たとえばですよ。たとえば、若いやる気のある人が、菊乃家さんの味を継承したいって名乗り出たらどうします?」
「それも難しいと思うわね。食べ物を継承するのって難しいんです。同じレシピでも作る人によって味が全く違うから」
「うううう、さみしすぎる…。でもなんか解決策はないものですかね」
「もしこの店を継ぎたいっていうなら、いっそのこと店名も変えたほうがいい。結局は店をやる人自身が自分の味を表現していけばいいものだから」
そう節子さんが答えると、静かに頷く進さん。それがふたりの意思であり、「現実」なのかもしれない。しかし、この味をそのまま継ぐのは難しいのかもしれないけど、その“遺伝子”を、そして“思い”を受け継ぐ人が現れることを、絶メシ調査隊は願うばかりだ。
かつて行き交う人で溢れていた高崎の街。進さんは、そんな超多忙な店での日々を振り返り、最後にこう教えてくれた。
「僕たち夫婦は、ふたりで一人前。僕が作って妻が配膳する流れだから、お互いがお互いを必要とする。ホントに急がしくやってきた。45年以上、けんかする暇もなかったくらいです。まぁ、今振り返るとこうして大きなトラブルもなく、続けてこられたことは奇跡だと思いますよ」
奇跡————進さんはたしかにそう言った。こうして長年続けてきたことも、そして今、こうして店があることも、ご夫婦にとっては「奇跡」なのだろう。もちろん、そんな奇跡がいつまで続くかはわからない。1年延長を約束してくれたけれども、それだって奇跡が起きることが前提であろう。
だからこそ今、菊田さん夫婦が毎日“奇跡”を起こしている「菊乃家」に行こう。なくなってから寂しがるなんて、もうやめにしよう。
No.21
菊乃家(きくのや)
027-322-7299
11:30~13:30、17:00~19:30
日曜
群馬県 高崎市 本町51
北高崎駅から999m
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