元祖「高崎洋食」のDNAを継承かもしか

No.25

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元祖「高崎洋食」のDNAを継承
あの元総理も連日ハマった
“黒いビーフシチュー”を食す

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群馬と言えばイタリアン。異論は認めない。事実、人口10万人あたりのイタリアンレストランの数は東京に次いで全国2位を誇っているのだ(2015年「TPDB.jp」調査より)。そしてここ高崎は県内に8店舗展開するパスタの名店「シャンゴ」を生むなど、群馬随一のイタリアンタウンである。もちろん異論は認めない。

そんな高崎初のイタリアンレストラン「かもしか」のDNAを受け継ぐ店が、今回紹介する「レストラン かもしか」。イタリアンというより純粋な洋食屋なのだが、その味のレベルはすこぶる高く、福田康夫元総理が3食続けて食べにきたという“黒いビーフシチュー”が絶品なのだとか。

(取材/絶メシ調査隊 ライター吉田大)

写真ライター吉田

「こんにちは、絶メシ調査隊の吉田と申します。ヒップホップをはじめとするブラックミュージックやそれに付随するカルチャー全般が大好物です。なので《黒い》という形容詞に敏感に反応しがちです。今回は、高崎最古とも言われているイタリアンレストランの味を受け継ぐ洋食屋さんを訪ねます。提供しているメニューはどれも絶品らしく、特にビーフシチューが評判なんだとか。しかも“えらい黒い”との噂。ほほぅ、これは気になります」

信越本線北高崎駅と上越線高崎問屋町のちょうど中間地点に位置する「レストラン かもしか」。どっちの駅からも歩いて15分程と遠くもないが、決して近くもない。取材前に地図を眺めつつ「何故こんなところに店を構えちゃったのか」なんて思っちゃいましたが、どうしてどうして、外観は結構ステキな感じ。

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ヨーロッパの海沿いにありそうな、すっごく素敵な洋館風の建物。これは心を動かされちゃうかも

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看板のフォントも超イケてる

聞けば、元々こちらの建物を構えられたのは、有名デパートの重役の方。その後、何度かオーナーが変わり、やがて一階部分がテナントスペースに。ジャズ喫茶、カラオケ喫茶を経て、今回紹介する洋食店「レストラン かもしか」がオープンしたんだそうです。

そしてこちらの方が、オーナーシェフの岡野久男さん。

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非常に柔らかな空気をまとった人物ですが、インタビューの中で実はなかなかの苦労人であることが判明する

昭和30年代に、連雀町の群馬音楽センターの近くに高崎初のイタリアンレストランとしてオープンした「かもしか」。店は繁盛し、現オーナーシェフの久男さんは昭和47年にコックとして入店、イタリア料理を中心とした洋食調理の技術を学んだといいます。その後、独立を考えた久男さんですが、ちょうど店を閉めようと考えていた当時のオーナーから「かもしか」の名を譲り受けることになります。ここまでは比較的順風満帆、老舗の味を受け継ぐ二代目「かもしか」は大繁盛…するはずでした。

「かもしか」の看板を下ろし
県内の老舗旅館に就職

写真久男さん

「店は10年ほど続けてたんですが、それはそれは厳しかったですよ」

写真ライター吉田

「ざっと計算するとお店を引き継いだのが昭和50年代。そこからの10年というと日本はバブル景気に突入する時代ですけど、それでも厳しかったと?」

写真久男さん

「ええ。そのバブルに苦しめられたんですよ。店舗は賃貸物件だったので、あの当時は家賃がめちゃくちゃ高く、だからといって値段にそこまで転嫁することもできない。家賃を払うために働いているようなもので、儲けなんてない。さらにその頃、初めての子供が出来たこともあって、これはもう限界だなと。それで店を閉めて勤めに出る決心をしたんですよ」

写真ライター吉田

「え、そうなんですか! ということは、『かもしか』の歴史は一度途絶えているんですね。ちなみに、どちらにお勤めになられたんでしょうか?」

写真久男さん

「県内の老舗旅館です。当時、県内の旅館で洋食を出したいというところがポツポツ出はじめていて、それで『ウチでやってくれないか』と頼まれたんです。まぁ、その旅館の厨房は完全なる“和食の世界”だったので、かなり大変だったんですが(苦笑)」

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ジャズ喫茶時代の大型スピーカーも残る店内。しかし、スピーカーは使用できずオブジェと化している

老舗旅館に洋食屋のコックが来た--元からいた板さんたちは洋食に対する理解もなく、久男さんはかなり厳しい“反発”にあったそう。そして、それに嫌気がさした久男さんの直属の部下たち(洋食担当の若手スタッフ)はどんどん辞めていくことになったといいます。詳しいエピソードについては「まぁ、昔のことだから」と多くを語りたがらない久男さんですが、断片的な話から察するに旅館モノの昼ドラでありそうな、壮絶なハラスメントがあったのではないでしょうか(あくまで想像ですよ)。

写真久男さん

「まぁ、そのあたりはご想像にお任せします(笑)。そもそも仕事がすごくハードだったんですよ。経営者は私の料理を気に入ってくれてたもんだから、どんどん予約が増えていくし…。若い子たちは辞めちゃうわけですから、私一人で全てをやる羽目になってね。正直、死ぬかと思いました。これは続けられないなということで、やっぱり自分でお店をやろう、と」

その時である。

奥さまで、今も一緒にお店を切り盛りする菜穂子さんが「私としては勤めていて欲しかったけど、勝手に辞表を出してきてしまったんですよ」とカットイン。久男さん、死ぬかと思ったとか言ってるのに、まだまだ勤めてほしかったんですか(笑)。

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天真爛漫に、そして時に厳しく久男さんを監督する妻の菜穂子さん。インタビュー中も、ちょいちょいお話に参加してくれました。基本、久男さんをイジりつつも「ウチの人、料理のセンスだけはあるんで」とコッソリ自慢したりも。うん、愛ですね

5年のブランクの後、復活!
しかし昔の客は戻ってこず…

老舗旅館をエスケープした岡野夫妻は、高崎郊外でたまたま見つけた雰囲気のいい洋館の一階にて、18年前に新生「レストラン かもしか」をオープンします(それが今の店)。コンセプトは“お箸で食べられる洋風懐石”でした。

あの「かもしか」が復活する。しかも今度は旅館での経験を活かしたまったく新しい店として。おそらくかつての常連客も待ち望んでくれているに違いない。しかも、バブル時代に苦しめられた高額な家賃も、(あの時に比べれば)随分と下がった……味に自信のあった久男さんは、今度こそは成功すると思っていたそうです。しかし「新生かもしか」は開店直後から困難にぶち当たることに。

写真久男さん

「洋風懐石がまったく受けなかったんですよ。というか、そもそもお客さんが来なかった。かつてのお客さんもね。場所を変えたとはいえ、高崎市内で10年間にわたって『かもしか』の名前で店をやっていたので“5年程度のブランクは埋められるだろう”と思ってたんです。でも、まったく。まあ全体的に考えが甘かったんでしょう」

写真ライター吉田

「昔の常連さんとか来てくれなかったんですか…。さみしいもんですね」

写真久男さん

「こちらが宣伝しなかったというのもありますが、お店の場所が変わってしまっていたので、やっていること自体知られていなかったんだと思います」

写真菜穂子さん

「そう! 全然、知られてなかったんですよ。最近ようやく地元のグルメ誌に載ってるのを見た昔の常連さんが来てくださるようになったり、近所に大きなスーパーやショッピングモールが出来たおかげで、ランチのお客さんが増えましたけど。でも、この18年間のほとんどは厳しい経営でしたよ。ホント、食べるので精一杯!」

写真ライター吉田

「なんか、お店の歴史を聞いているだけなのに不幸話ばっかりじゃないですか(汗)。でも、こちらのお店、味は間違いないと聞いています。とりあえず自慢のお料理、つくちゃってくださいまし!」

元総理が愛したビーフシチュー
味の決め手は“18年モノ”の
漆黒のデミグラスソース!

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木漏れ日が入ってくるテーブル席でお料理を待つ。この時間もまた至福なり

まずオーダーしたのはレストランかもしかの看板メニューにして、北関東一黒いと言われる「ビーフシチュー」であります。福田康夫元首相も舌鼓を打ちまくったという魅惑の一皿。味の要となっている秘伝のデミグラスソースは、なんと18年前の開店以来、継ぎ足しつつ作り続けているものなのだそう

それではそのデミグラスソースをこっそり覗いてみましょう。

くっろ!

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使い込まれた寸胴に入っているのが、かもしか特製「黒いデミグラスソース」。文字通りの漆黒である

墨汁のようなデミグラスソース。いったい、どうやって作ってるのでしょうか?

写真久男さん

「まず小麦粉をサラダ油で炒めて、焦がしてカラメル状にするんですが、その焦げた部分を鍋に入れるんです。そこから野菜とお肉を煮たスープを注ぎ足して煮ていきます。そのあとに濾して、フライパンや鍋で煮詰めていきます。それでようやくソースになるんですね。ですから本当に手間がかかる」

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年季の入った寸胴から取り出したデミグラスソースを、これまた年季の入った手鍋へと注ぎ、ビーフシチューに仕立てていく。キッチンに漂う焙煎香が芳しい

写真ライター吉田

「香りを嗅いだだけで『あ、これ間違いないやつ』ってのがわかりますね。この香ばしさだけで食パン一斤食べられそうですよ」

そして完成品がこちら。

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こちらが黒い「ビーフシチュー」(1600円)。ちなみにこちらの牛肉も4時間かけて煮込んでいるもの。この味を求めて、はるばる伊勢崎、桐生から足を運ぶ人も

それでは絶メシ調査隊でもっとも上品な男・吉田、ナイフとフォークでいただきます。

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脳内BGMはモーツアルト

まずはお肉から!

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国産牛のともすね肉を使用。「脂肪分ひかえめで、筋が柔らかいのが特徴ですね」と久男さん

お口にそっとエンジェルパス。

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高貴なオーラを放つ逸品を前に、緊張している吉田。いつもより丁寧にいただいてます

写真ライター吉田

「レベル高っ…これはびっくりしました! 洗練された柔らかな苦味、甘み、酸っぱさが絶妙なバランスで混在した味わいは上質なエスプレッソを思わせます。よく煮込まれた牛肉も、ただ柔らかいだけでなく、肉の食感がちゃんと残るよう計算されているし!」

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付け合わせの野菜はバターソテーしたブロッコリー、キャベツ、チンゲン菜など。季節によって変化をつけているそう

写真ライター吉田

「なにが美味いって付け合せの野菜ですよ。火加減もバッチリです。程よい歯ごたえを残しつつ、ソースと野菜の苦味がお互いを引き立てあい調和しています。ちなみに僕はチンゲン菜が得意じゃないんですが、このソースは野菜独特のえぐみを消すと同時に旨味のインパクトを高めていますね。肉だけではなく野菜の味わいにも注目して欲しいです」

さて、こちらのビーフシチューは福田康夫元首相もお気に入りとのもっぱらの噂ですが、その裏取りをしたところ、“事件”が起きたのは今から約10年前のこと。選挙の折に地元に戻った福田さんが、「肉を食べなきゃ選挙戦は戦えない!」と、近くにあった「かもしか」にランチで訪問し、ビーフシチューを平らげていったそうです。そこでひどくお気に召した(と思われる)福田さんはその日のディナー、そして翌日のランチと三食連続で来店、いずれもビーフシチューをペロリと平らげたそうです(俗に言う「福田さん、かもしかビーフシチュー3連チャン事件」)。

ちなみに元首相との交流は今も続いているそうで、時折家族の皆さんと来店しては、ワインやオムライスなんかを楽しまれているそう。「たまたまのご縁ですが、やっぱり嬉しいですよね」と菜穂子さんは語ります。

もちろん、美味しいのはビーフシチューだけではありません。続いては、ランチメニューで一番人気を誇る「地中海風ハンバーグ」(960円)をオーダー。

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ランチライムで奥様方から人気を集める「地中海煮込ハンバーグ」(960円)

連雀町にあった初代「かもしか」のDNAを色濃く受け継いだ逸品で、海老やホタテが入ったトマトスープに、合挽き肉のハンバーグとパスタが入ったボリュームメニューです。

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ハンバーグの材料は肉、玉ねぎ、卵、つなぎのみ。複雑な味わいのスープとのバランスを考えると、このくらいシンプルな方が良いんでしょうね。ウン、うまい!

写真ライター吉田

「心地良い歯ごたえで“肉食ってる感”を演出してくれるハンバーグ、エビやホタテなどの海鮮、具材の出汁が染み出した旨味たっぷりトマトスープ、そのスープが絡んだパスタが怒涛のごとく味蕾を刺激してきますね。卵を割ると、スープの酸味がまろやかに。全く表情の異なる味に生まれ変わります!うまい!うまい!」

テンション爆アガりのライター吉田。そこに追い打ちをかけるように到着したのがこちら。

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オードブルメニューから「タコのグリーンソース」(1200円/ Mサイズ)。隠し味は醤油とマヨネーズ。それにしてもタコが極太

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「ビーフシチューとハンバーグの後じゃインパクトに欠けるよね〜」なんて考えつつパクリ。

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「おほっ!こりゃウマいっ!」

写真ライター吉田

思わず声が出てしまいました。軽く炙ることで旨味を引き出した極太のタコ、ほうれん草の爽やかな甘み、マヨネーズのコクが相まって、なんかもう口の中がヘブン状態です。グリーンソースのベースとなっているのは、バジルと思いきや、ほうれん草のピューレ。そこにレストランかもしかオリジナルのフレンチドレッシングが加えられています。香りや風味にクセがないので、お子様にもオススメ出来る味ですね。味がしっかりしているので、ご飯にも合いそうです」

さすが地元の華麗なる一族が愛するお店だけあって、どのお料理も味のレベルは驚くほど高い。ぶっちゃけ「高崎にしちゃ値段が高めだな」なんて思ってたんですが、食べてみると適正価格どころか安いくらい。うん、間違いなく名店です。

「やっぱり味は残したい」
夫妻が語る店の存続と味の継承

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写真ライター吉田

「どれもすごく美味しかったです!これだけ味が良いんだと、もう心配することないんじゃないですか?」

写真菜穂子さん

「たしかに18年やってきて、ようやくお店は上向きにはなってきました。でも、そうこうしているうちに今度は主人の体にガタがきたんですよ(苦笑)」

写真ライター吉田

「えっ、また不幸な話ですか!」

写真久男さん

「多分フライパンの振り過ぎなんでしょうけど、左手首の骨の調子が凄く悪い。一時は手首にギプスをしていたんですが、そのせいで筋力が落ちてしまって。ですから今はギプスなしの状態でキッチンに立ってます。このままいくと、数年後にはフライパンが振れなくなるでしょうね…」

写真菜穂子さん

「私は『左手がダメなら右手で触れば?』と言ってるんですけどね(笑)。まぁ、そういうわけにもいかない」

写真ライター吉田

「これだけのお料理を出せる久男さんの、シェフ生命が危ういって…これ、高崎洋食史における一大事件ですよ!それこそ、高崎イタリアンの源流が途絶えてしまうことにもなりかねないし!」

写真久男さん

「アハハ、だったらフライパンを振らないようにしないと(笑)。まあそれは冗談として、少しでも長く続けるために体調管理には気を使っています。ただ歳には勝てない。そのうち味覚すら変わることもあると思うんです。それも怖いですよね」

写真ライター吉田

「たしかに。そういう意味では舌が確かなうちに誰かに味を伝える必要がありますよね。後継者はいらっしゃるんですか?」

写真久男さん

「娘が二人いるんですが、継がせたくないんです。お店をやるというのは本当に大変ですから。でも、やっぱり味は残したいという思いもあります」

写真ライター吉田

「お弟子さんを募集してみては?」

写真菜穂子さん

「やる気がある人がいれば来てもらいたいですけど、今の若い子ってこういう洋食屋をやりたいと思うんでしょうか。あと、正直給料を払える状態じゃないんですよね…」

写真久男さん

「ある程度の知識や経験、あとは目的意識がある人に短期集中的に教えられる機会があれば、それはやっていきたいとは思いますが…この味、残らないかなぁ」

一難去ってはまた一難。とにかくツキに恵まれない名店「レストランかもしか」。元総理が愛する高崎洋食の名店ですが、このままでは消え去ってしまうかもしれません。それを傍観しているのは、あまりにも勿体ないです。高崎のみなさん、プチ贅沢したい夜に足を運んでみてください。絶対、損はしませんから! とにかく、みんなで応援しましょうよ。高崎イタリアンの源流であり、高崎洋食史上もっとも重要なお店のひとつである「かもしか」の未来を切り開き、引いては高崎グルメの歴史を途絶えさせないために。

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取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

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