“神秘の麺”を打つという職人香珍

No.24

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シンプルなのになぜ美味い?
“神秘の麺”を打つという職人の
醤油ラーメンの秘密に迫った

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「高崎に麺を極めた達人あり」——その達人は神秘の力を駆使して打った至高の麺を超限定で提供しているという。そんな噂を耳にしたら、絶メシ調査隊一腰が重い男・ライター吉田も、愛用の「人間をダメにするソファー」から立ち上がらずにはいられない。スピリチュアルの類を一切信じないウルトラドライな吉田は「至高の中華麺とやらの謎を暴いてやんよ」と息まきつつ、高崎へと向かったのだった。

(取材/絶メシ調査隊 ライター吉田大)

写真ライター吉田

「こんにちは、絶メシ調査隊の吉田と申します。今回は、何やら怪しげな力を使って美味い麺を打ってる御仁がいると聞いて、高崎市元島名町にある中華料理店『香珍』にお邪魔いたしました。私、オカルトの類を全く信じていない科学至上主義者でございます。スピリチュアル系のハッタリには滅法強いので、本日は騙されることなくキッチリ味だけで判断させてもらいますよ!フフン!」

意気揚々と高崎入りした吉田率いる絶メシ調査隊。市中心部から車で国道345号線をしばらく走り、県道13号線に入るとその道沿いに「香珍」の看板を発見。

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パッと見た感じ、そこまでのスピリチュアル感はなさそう

ところが、その看板が立っている場所にはラーメン屋らしきものがない。そこにあるのは「美術品 山静香」という看板が掛かった趣深い建物のみ。なんで?

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実に趣深い店の構え。高価な茶器などを商っていそうである

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なお駐車スペースには大量の庭石や流木などが並んでいる

「この建物の裏手にあるのかなあ」などと話しつつ、途方にくれる絶メシ調査隊一行。とにかく、この骨董屋さんに話を聞いてみようと決めた途端、「スウー」っと扉が開き、中から穏やかな笑みを浮かべた白衣の老人が現れた。

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どこか達観した僧侶のような雰囲気を持つ老人が登場

「取材の方々ですね。さあ、中にお入りください」(ナゾの老人)

そう言って、「スウー」っと店に入っていく老人。なんだか不思議な雰囲気を纏っているお方だ。

そう、この方こそ「香珍」の店主で“高崎のガンジー”こと善養寺静雄さん、その人であった。当年とって74歳。盆石、骨董の蒐集が趣味で、中でも盆石集めには相当熱を上げており、休日ともなれば愛車を駆って県北~新潟などで沢歩きをしつつ、お眼鏡にかなった石を集めているという。ふ~ん石ですか。吉田にはわかる。これは結構なアレだということが。

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入り口横のスペース。お気に入りの石や器などが綺麗にディスプレイされている。もはやラーメン屋であることを忘れてしまいそうだ

突っ込みどころを探すなという方が難しい状況…もはや絶対に突っ込んではいけない24時の世界である。しかし今回はあくまでメシの取材。骨董や盆石の話に持って行かれないように気をつけなければ。

写真ライター吉田

「今日はよろしくお願いいたします。香珍を開店したのは、いつ頃だったのでしょうか?」

写真善養寺さん

「昭和45年の2月です。私は群馬の生まれなんですが、中学を卒業してすぐに東京に行って、この道に入りました。本当にあちこちを渡り歩いて修行しましたね。とにかく仕事を覚えることに一生懸命でしたね」

写真ライター吉田

「こちらは手打ち麺の味が評判だそうですけど、それはどこで学ばれたのでしょうか?」

写真善養寺さん

「麺打ちは中国出身の料理人、劉胃源(リュウ・イーゲン)さんと云う方に教わりました。もう20数年前に亡くなりましたが、今でも彼のやり方を守っています」

“師匠”である劉さんとの出会いは善養寺さんが横浜中華街で修行をしていたときのこと。親子以上に年が離れて大変よく可愛がられていたものの、非常に厳しくしごかれたという。

写真善養寺さん

「なぜか私にだけ異常に厳しいんですよ。ワンタンからシュウマイの皮から面倒なことは全部やらされ…・いや、教えてくれた(笑)。ただ、すごく勉強になりましたね」

聞けば劉さんは戦前から横浜中華街で腕をふるっていた本国出身の正真正銘の中華料理人。善養寺さんは、そんなガチ師匠からしごかれまくった愛弟子なのだという。

写真善養寺さん

「実は『香珍』と言う屋号も劉さんが付けてくれたんです。中国語では『シャンツン』。“香りの宝物”という意味なんですよ。(時計を見て、いきなり厳しい表情に)おっと、そろそろ時間だ。話は麺を打ちながら聞くとしますかね」

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麺打ちの時間になると顔つきが一変。いよいよベールに包まれた麺打ちの真実が!

達人の麺打ちを見学する
謎の言葉「ホーコーセー」とは

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麺打ちスペースに入り、黙々と生地をこね始める善養寺さん。取材はこのまま続行

写真ライター吉田

「こちらは手打ち麺が人気とのことですが、特徴を教えてください」

写真善養寺さん

「特徴…(少し考えて)どちらかというと太めかな。自慢は“ホーコーセー”だね」

写真ライター吉田

「(出た、ナゾワード!)ホーコーセーってのは“ハンドパワー”みたいなもんですか?」

写真善養寺さん

「いやいや、『方向性』だよ。麺の方向性をこれから決めますから」

写真ライター吉田

「麺の方向性…(えっと全然わからないんですが)」

竹の棒に体重を乗せ生地をこね始める善養寺さん。

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極太の竹を使って、「カタンカタン」とリズミカルに音を立てながら、生地を伸ばしていく

写真善養寺さん

「こうやって麺の『方向性』を決める。ここが一番大事なのよ。で、この後30分ほど置いておきます。そうすれば『方向性』が出てるわけ」

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これで30分放置すれば「方向性」が出るらしい。達人がそういうのだから間違いない

(30分後)

さらに竹の棒で麺を伸ばし始める善養寺さん。

写真善養寺さん

「もう『方向性』が出てるから、あとは伸ばして切るだけ」

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「ちょっとなに言ってるかわかんない」

写真ライター吉田

「あのぉ、さっきからおっしゃってる『方向性』について、正直良く分からないんですが」

写真善養寺さん

「麺は縦でしょう? 『方向性』は横にも出るものです」

写真ライター吉田

「そんな“当たり前でしょ”って感じで言われても(笑)。というか、麺生地って縦と横があるんですか?」

写真善養寺さん

「ありますあります。撹拌している時に『方向性』を決めると縦と横が出ちゃうんだね」

超ナゾ。

とっても話が噛み合っていないんだけど、善養寺さんの言葉には澱みも迷いも一切ない。混乱しまくるライター吉田を一切気にすることなく、その後も善養寺さんはテキパキと作業をこなす。

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麺をのした後は

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伸ばして

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切るべし!切るべし!「麺の太さのバラつきも手打ちの魅力」とおっしゃる善養寺さんですが、見た感じはしっかり均等

写真ライター吉田

「うーん、全然整理できてないんですけど、その方向性が出ている麺とやらをちょっと触らしてもらっていいですか?」

ということでご本人の了承を得て、麺チェック。

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うわ! びっくりするくらい伸びる! しかも切れない!

写真ライター吉田

「おお!すげえ伸びる!」

写真善養寺さん

「フフフ。まあ毎日微妙に出来が違うんだけどね。2月の風がピューピュー吹いている寒い時期は空気が乾燥しているから水を多くしたり。湿度が高い入梅時はどんどん伸びてしまうから、加水や温度を調整したりね。私は、その計算がうまく行った時が一番嬉しいんです。材料屋さんには『もう歳なんだから無理しないで市販の麺を使いな』って言われるけど、私は麺を上手く作るのが楽しいんだ。だから、絶対に手打ちはやめないよ

醤油ラーメンとチャーハンを実食
めちゃ普通なのにめちゃ美味い

“方向性の出た麺”が完成した。たしかに触ってみた感じは「普通ではなさそう」である。ただ、問題は食って美味いかどうかなのだ。ということで、今回は同店の二大人気メニューであるラーメンとチャーハンをオーダーしてみた。

まずはチャーハンの調理から!

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麺を打ち終えたご主人は厨房に入り、年季の入った、しかししっかりと手入れされた鍋を振って、華麗な手さばきでチャーハンを作っていく

写真善養寺さん

私は油をたくさん使ったしつこいチャーハンは大嫌いなんですよ。横浜時代に教わったことなんだけど、油をたくさん使って、鍋に米をくっつかないようにするというのは違うんです。高温で温めた鍋というのは、米がくっつかない。だから油も必要ない」

写真ライター吉田

「へー。ところで最近チャーハンはパラパラが良いとされてるじゃないですか。どうやったらパラパラになるんでしょうか?」

写真善養寺さん

あれは米を固く炊いてんだよ。ただそれだけ。チャーハンを家でうまくつくるコツ? 家じゃ無理だね(キッパリ)。やっぱり火力が重要なんですよ。うちは中華屋だから、ガス屋さんに頼んで火力を強くしてもらってんです。家庭用のガスコンロでこの味を出せって言われたって、私にもできない(笑)」

そして完成したチャーハンがこちら。

間違いないやつ。

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ちなみにこちらで3人前のチャーハン。1人前だと650円

パクっとな。

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見た感じは、ごく普通ですが、そのお味は?

写真ライター吉田

「アハハハ~、これは笑っちゃうやつだ。ご主人、すごく美味しいです。いわゆる“パラパラ”タイプではなく、シットリ&モチモチ食感。日本米の特性が上手に引き出されていますね。またご主人がおっしゃる通り、油が控えめなのでベタベタしておらず、かといって米がくっついている感じもない。味付けはスタンダードですが、下味がしっかり付いているのか、味が分厚いとでも言いましょうか。うま味が濃いですよ!というか、なんでサッパリしてるのにこんなにコク深いんですかね?」

写真善養寺さん

うちはラードを使ってるからね。厳密に言えば、ラードを10%、白絞油(しらしめゆ)が90%。昔は100%ラードだったんだけど、どうも脂っこくなる。さっき言い忘れたけど、家庭で美味い炒飯を作りたかったら、ラードを使ってみると良いかもね!

そしてお待ちかね…

真打登場。

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スタッフ分のラーメンもご用意してくれた善養寺さん。もはやその心遣い、優しさはガンジー級である

このシズル感。

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香珍の「ラーメン」(550円)。シズってますなぁ

滝を登る鯉のように、重力に逆らい器から伸びる麺。

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これが“方向性が出てる麺”ってやつなのか!

それでは高崎が誇る麺の達人の絶品ラーメン、いただきます!

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店内に響き渡る麺をすする音

平打ちの中太麺を思いっきりすすってみると、期待を上回る美味さ。噛み締めると小麦粉の風味がフワッと口の中に広がる。ゆで具合はやや柔らかめだが、ご主人が作り上げた「方向性」がバッチリと決まっているためか、しっかりとしたコシも感じられる。

そして鶏ガラと豚ガラでとった澄んだスープは超あっさり&薄味。チャーシューは控えめなサイズながら甘みのある脂身がうまいし、ラーメン一色になった口の中を新しくしてくれる自家製メンマやほうれん草の存在も嬉しい

しかし主役は、圧倒的に麺である。

スープにしろ、具にしろ、麺というトップスターを輝かせるための名脇役。決して出過ぎることがないのである。

そんなこんなで今回も吉田&絶メシ調査隊は、ラーメン&チャーハンをしっかりと完食。おいしゅうございました!

この技、そして心を継承する後継者を求む!

時計の針を、香珍を始める前の時代に戻そう。

昭和44年。若き善養寺さんは東京・横浜での修行を終え、群馬で自分の店を持つとの夢を叶えるため24歳で高崎に戻ってきた。

“どんなに小さくとも、のれんの掛かった大衆のための中華屋をやりたかった”

そんな希望に溢れての帰郷だったという。しかし現実は厳しかった。金もコネもない人間がお店を出せるほど飲食業は甘いものではなく、しばらくは市内の中華料理店に雇われ調理人として勤めることとなった。給料は安く、アパート代の支払いにも困るほどに生活は困窮を極めた。

そんな時に出会ったのが、その後、資金援助をしてくれることになる恩人・相沢さんであった。

写真善養寺さん

「相沢さんは米屋さんを営みつつ、高崎信用金庫の理事をやってたんです。その方が『あんたがやるんなら俺がなんとかする』と言ってくれて金を工面してくれた。それで25歳で独立したんです。貸店舗ではありましたが、自分の店を出すことができたんです。ただ、それでも “自分の城”で商売したいという思いがあった。そこから約17年後、42歳のときに、自分が持っている土地(=今の場所)にようやくお店を構えることになった。僕がずっと望んでいた、本当の意味での自分の店。その時にも相沢さんは資金面でお世話になったのです」

相沢さんがいなければ、この店は始められなかった。善養寺さんはそういうと、突然言葉を詰まらせた。そして震える声でこう続けた。

写真善養寺さん

「実は、相沢さんはここがオープンする一週間前に50代半ばの若さで亡くなったんです。交通事故でした。本当は、この店で、私のつくる麺を食べてほしかったのですが…」

写真ライター吉田

「そんなことがあったとは…。ある意味、恩人である相沢さんへの想いがあるから、ここまで続けて来られた側面もあったのでしょうか」

写真善養寺さん

「そうですね。これだけ長くやっていると、正直投げ出したくなることもありました。でも劉さんにしても、相沢さんにしても、そういう恩人のおかげで、この店があるわけですからやめるわけにはいきません」

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ここは善養寺さんの思いがつまった店なのだ

写真ライター吉田

「酷なことをお聞きしますが、とはいえ善養寺さんもお若いとはいえません。後継者と呼べる人はいるんでしょうか?」

写真善養寺さん

「いないですね。今は問題ないけど、この先どうなるか…。どういう形でもやってくれる人がいれば、ここを任せてもいいと思っています」

写真ライター吉田

「あの麺を食べたら、誰だって絶対あの味を残してほしいと思っちゃいますよ」

写真善養寺さん

「ありがとう。私もそう思ってますよ。なんせ劉さんから受け継いだ味だから。言ってしまえば大事なのは店より味。そして僕が残したいのも、この店というより味であり技術、そして心なんですよ。もし継ぎたいって人が現れて、その人が他の屋号が良ければ、それは変えてもらって全然構わない」

写真ライター吉田

「なるほど、それほど残したいものなんですね。何か後継者に望む条件はありますか?」

写真善養寺さん

「年齢関係なく真面目な人ですね。経験も気にしない。むしろ未経験者の方がいいかもしれない」

強く後継者を求める善養寺さんだが、実は5年前の11月、末期がんとの診断をくだされている。ステージ4であった。最悪のことも覚悟した。しかし幸運にも手術が成功して、その後の経過も良好。取材の数日前に、検診に行ったところ、担当医に「転移もないし、血色も良い」とお褒めの言葉をもらったそうだ。善養寺さんは「仕事一本じゃなくていろんな趣味を持ってるから、治っちゃったのかもね」と笑う。

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店の奥には、骨董を陳列した10畳ほどのギャラリースペースが。道楽者である

写真ライター吉田

「念のため確認ですが、後継者になったらコッチの趣味にも付き合わないといけないんですか?(笑)」

写真善養寺さん

「それはない(笑)。でも後継者に『全部片付けろ』って言われたら・・・泣いちゃう!(←茶目っ気たっぷりに)」

写真ライター吉田

「アハハ、本当に厨房にいる時とは別人ですね(笑)」

写真善養寺さん

「まあ『後継者になりたい』とか『修行したい』って人、いつでも相談に乗るよ。でも入った途端に追い出したりしないでね(笑)」

なんの仕掛けも驚きもない超シンプルな醤油ラーメン。しかし、その味は間違いなく一級品であった。正直、高崎の郊外でこんなラーメンに出会えるとは思ってもみなかった…。

この味を残さねばならない。そんな善養寺さんの思いをがっちり受け止めてくれる方がいたら、是非応募ページからアクセスしてほしい! 
というか、誰かお願い!

おまけ(「方向性」とやらを検証してみました)

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さて皆さん、なんとなく引っかかっているポイントがあるのではないでしょうか? そう「方向性」です。ただのスピリチュアルな話(もしくは感覚的なこと)を言っているだけかと思っていたのですが、帰宅後に調べてみたところ、善養寺さんが話す「方向性」を意識した麺打ちは、非常に理にかなったものであることが判明しました!

小麦粉麺には、「でんぷん」の他に「グルテン」と呼ばれるタンパク質が含まれています。そして「グルテン」と「でんぷん」は網目構造を形成しています。「グルテン」は生地の「つなぎ」の役割を果たす存在で、「コシ」をはじめとする「食感」の決め手となります。そして、この「グルテン」は手で細長く伸ばすことが出来ます。

ご主人が言う「方向性」とは、「グルテン」が伸びる向きのことだった(と思われます)。

一般的な製麺機だと生地を一方向にしか伸ばせませんから、「グルテン」が伸びるのも一方向。さらに温度や湿度の微妙な変化に対応することが出来ません(※最近ではこうした欠点を改善したハイテク製麺機も存在するようですが)。

しかし手打ちならば、実際に手で触りながらグルテンを自由自在に伸ばしていくことが可能。打ち手の腕さえ良ければ、常に最高の「方向性」をキープ出来ると言うわけですね。要するに善養寺さんは科学的な視点に基づいて麺を打っていたという話でございます!

おいおい!誰だよ「ホーコーセー=超能力=インチキ」とか言ってたのは!?

俺か!

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善養寺さん!不勉強ですみませんでした!

取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

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後継者求む!

写真善養寺さん

自分が“師匠”から受け継いだ味を継承してくれる方を募集しています。経験は不問。むしろ未経験者歓迎です。店への思い入れは人一倍ありますが、継いでくれるなら看板(店名)を変えてもらって結構です。やる気のある方、お待ちしています。