肉屋さんがつくる高崎名物平井精肉店

No.41
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肉屋さんがつくる高崎名物
「オランダコロッケ」は
本場のクロケットより美味い?

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商店街の肉屋さんといえば、その場で買って食べられる作りたてのメンチカツやコロッケなども売りのひとつ。学校帰りに買って食べ歩きながら下校した、なんて思い出のある方も少なからずいるだろう。高崎の肉屋さんだって例外ではない。ただ、多くの店になぜか「オランダコロッケ」なる商品が置かれているのが高崎ならでは、といったところか。ていうか、そもそも「オランダコロッケ」とはなんなのか。なんでオランダなのか。その謎を探るべく、取材班はオランダコロッケ提供店の中でも特に人気の「平井精肉店」に向かった。

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/田中元)

名物「オランダコロッケ」誕生
きっかけは市からのオファー

写真ライター田中

「先日同世代の男ばっかり数名で飲むという実にわびしい酒席に参加したのですが、そこではたと気づいたのは、みんな食べ物に手が伸びないなあ、ということです。安居酒屋の食事というのは揚げ物とかのこってりしたものが多いわけですが、おじさんたちはもう油っぽいものがきついのかな? 代わりに下戸の私、田中が目の前の食事を平らげる係を担当することになりましたが、もっと美味しい揚げ物が食べたいなあ、なんて思っていたら今回の取材先はコロッケ屋! いや、肉屋さんだよ、と言われそうですが、心の中はコロッケ一色です」

そんなコロッケまっしぐらな田中がやってきたのはビルの一角に店を構える「平井精肉店」。「高崎名物 オランダコロッケ」の文字もでっかく表示され、店内には食欲を誘う揚げ物の匂いが漂い、うむ、実にいい感じの町の肉屋さんである。

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一発でオランダコロッケが売りであることがわかる外観。にしてもなぜオランダコロッケが高崎名物なのか…

今回、お話を伺ったのは3代目店主の平井浩明さん。現在はお母さん、従兄弟の中野武士さんと3人で店を切り盛りしている。

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こちらが平井浩明さん。語り口が実に穏やか。間違いなくいい人であろう

写真ライター田中

「いきなりですが、そもそもなんで、ここ高崎には『オランダコロッケ』なるものを売っているお肉屋さんが多いんですか? そして名物にまでなっちゃってるのも気になります」

写真平井さん

「今から18年前のことです。2000年が高崎市政100周年で、同時に日蘭国交400年でもあったんですね。そこで高崎市が『オランダ王室展』という催しを行ったんです。その際に高崎市が、オランダといえば酪農国だ、だったらチーズだ、日本人の誰もが好きでチーズに合うものといえばコロッケだ……などと考えたようなんですね」

写真ライター田中

「なんだか少々強引ですが、はい(言いたいことをグッと押し殺しつつ)」

写真平井さん

「そこで市内の精肉店組合に、市からコロッケにチーズを入れたものを作り、『オランダコロッケ』として販売して欲しいという依頼があったんです」

写真ライター田中

「結構、ざっくりとしたオーダーだったんですね。オランダ産のチーズを使うとか、どこかオランダ風にするとか、そういう指定はなかったんですか?」

写真平井さん

「なかったです。とにかくチーズを入れたコロッケを作って欲しい、というだけのオーダー。どういうものになるかは店ごとの判断で。最初、頑張って作ろうとしたんですが、なかなかうまくできないわけです。徐々に『これ、丸投げにされてないか?』と思ったら腹が立ってきたんで、市に『レシピを教えてくださいよ』とFAXを送ったんです。もちろん、我々プロでも悩んでいたくらいなので、“答え”がもらえるとは思ってなかったし、ちょっとした“抵抗”のつもりでね(笑)」

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普段は穏やかな平井さんだが、理不尽なオーダーには毅然とした態度

写真ライター田中

「無茶振りに無茶振りで返したわけですね。返答はありましたか?」

写真平井さん

「あったんですよ! 市役所からは、オランダにはコロッケの元となった『クロケット』という食べ物があり、自動販売機で気軽に変えるほどメジャーなものだと。さらにあちらの本だか雑誌だかに掲載されていたレシピ、のようなものも探してくれました」

写真ライター田中

「そこまでしてくれたんなら、作ってやるかってわけですね!」

最高1日2000個が出た!
グランプリにも輝いた
“平井のオランダコロッケ”

高崎市の真面目な対応に答えてオランダコロッケ作りを再開した平井さんだが、実はこうしたタイミングを待ち望んでもいたのだという。

写真平井さん

「オランダコロッケの話が来た2000年頃というのは、私自身が悩んでいた時期だったんですよ」

写真ライター田中

「と仰いますと?」

写真平井さん

「父から店を引き継いで、多少は自家製商品などを増やしてはいたものの、自分の代になってから始めた代表的なモノはなかったんです。基本的にはこれまで通りのやり方を踏襲しているだけ。でも、それだと思っているようにはお客さんの足が向いてくれないし、個人経営店的にもなかなかきつい時代になって来ていた。何かやらなくちゃいけない、けれど何をやったらいいのかわからない、そんなジレンマを抱えていた頃だったんですね」

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悩んでいたあの頃を思い出す平井さん

写真ライター田中

「そんなタイミングでオランダコロッケの話が舞い込んだわけですか」

写真平井さん

「そうです。本当に偶然そのタイミングだったんですけど、これはチャンスだと」

写真ライター田中

「市役所を困らせるFAXを送ってる場合じゃなかったんですね(笑)。本格的に開発をはじめてからは、すんなりいきました?」

写真平井さん

「いや。企画依頼から販売開始までが約半年だったんですけど、なかなか完成しませんでしたね。最初は以前から出していたコロッケにチーズを入れればいいだろうと思ったんですけど、やってみると全然美味しくない。これはもう新たなものを一から作らなくちゃダメだとなり、毎日毎日試行錯誤してました。知り合いにも試食を何度もしてもらって、『もう持って来ないでくれ』と言われたりしながら」

写真ライター田中

「こちらのお店以外の精肉店も依頼されたわけですよね。他の店と情報交換などはされなかったんですか?」

写真平井さん

「しなかったですね。肉屋の営業は通常どおりだから、閉店して片付けも済んで、夜遅くなってからようやくオランダコロッケ作りに着手といった状態で、他のお店とコミュニケーションをとる余裕はありませんでした。だから販売開始まで、お互いがどういうものを出してくるのかわかりませんでした

よーいドン、で市内の複数の精肉店がオランダコロッケの開発に着手。しかもレシピは各店に一任され、なおかつ横の連携は一切なかったため、「中にチーズが入っているコロッケ」という共通点はあるものの、高崎の“新名物”はそれぞれの店の味やこだわりが強く反映されることになった。

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ちなみにこちらが平井精肉店のオランダコロッケ。せっかくなら揚げたてでいただきたい

こうして高崎市の新名物として誕生したオランダコロッケ。各店で提供されることになったが、やがて「平井精肉店のオランダコロッケは他店と違う」と口コミで広がるようになる。加えて、コロッケ協会主催のコロッケグランプリでも第1回、第2回でバラエティ部門の金賞を受賞。やがて「オランダコロッケと言えば平井精肉店」というイメージも定着するようになっていった。

写真平井さん

「よく売れました。特に2010年のサッカーW杯の時に日本対オランダの試合があったんですが、そのときに“オランダコロッケを食べてオランダに勝とう”、なんて誰かが言い出したおかげで、試合当日に店の前にどわーっと長蛇の列ができちゃって。その日は朝から店を閉める7時まで、トイレも行かず飲み物も飲めずひたすらオランダコロッケを作ってましたね。最終的に1日で2000個も出ました」

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コロッケグランプリ、バラエティ部門金賞の賞状。日本中のコロッケファンからの投票で選ばれる

本家クロケットより美味い?
高崎のオランダコロッケ

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オランダコロッケを揚げる平井さん。その横顔はまさしく職人のそれ

さてさて、いよいよ揚げたてのオランダコロッケ登場。試行錯誤の末、完成した逸品、はたしてどのような味なのであろうか。

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熱そう、美味そう

まずはじっくり眺めてみる。

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下斜め45度で見下ろしてみる

念のため田中目線で

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一個120円で買える幸せが手の中に

もう我慢できねえ!

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両手でしっかりグリップして食らいつく

写真ライター田中

「いい! 実にいい! もう言うことはありません! 以上!」

写真平井さん

「ありがとうございます(笑)。中にはベーコン、パセリ、他にも数種類の具を入れてます。チーズは数種類のナチュラルチーズを独自にブレンドしていて、食べるときに伸びるのもポイントです」

たしかにチーズの伸びがいい。

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心を無にしてチーズの伸びを確認する田中

写真ライター田中

「この味で、しかも1個120円でしょ? これは人気が出るわけですよ」

写真平井さん

「近くに学校もあるおかげで、お腹空かせた学生さんも多く来てくれますね。オランダコロッケ以外にもたくさん揚げ物系のメニューはありますし」

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他にも豊富なメニューがたくさん。そしてどれも安い!

写真ライター田中

「ちなみにオランダには実際に行かれたことはあるんでしょうか」

写真平井さん

「オランダコロッケをつくる前は行ったこともなかったですよ。その後、オランダ王室展が終わった後ぐらいに、市役所の主催でオランダ研修というのが企画されたことがあり、せっかくだからと参加して、その時にはじめてオランダに行きましたね」

写真ライター田中

「現地で本場のクロケットも食べてみましたか?」

写真平井さん

「食べました。というか、それを食べてみたいがために参加したというのが本当のところです」

写真ライター田中

「どうでした?」

写真平井さん

「気候や風土の違い、好みの違いはあるでしょうけど、なんか微妙な味でしたね。日本人の舌はすごいな、と思いましたね(笑)」

写真ライター田中

「なるほど! 逆に平井さんのオランダコロッケをオランダの方に食べてもらうといいかもしれませんね」

写真平井さん

「実際に食べていただいたこともありますよ。“ベリーグッド”って言われました(笑)。お世辞半分でしょうけどね」

写真ライター田中

「いやいやいや、もう本場超えってことにしておきましょう!」

もちろん平井精肉店はオランダコロッケだけではない。扱うお肉もこだわりのものばかり。最後に、そのあたりについても聞いてみた。

写真平井さん

「群馬といえば豚肉ですが、うちは牛肉もこだわっていて、質のいい赤城牛を、おそらく東京では出せないような安価で出しています。これのために遠方からやってきてくださるお客さんもいらっしゃいます。豚肉に関しては、脂がしっかりしていて甘みがあり、でもしつこくないヘルシーなものを選んで提供させていただいています」

写真ライター田中

「良い肉を仕入れるための、見分け方のコツは?」

写真平井さん

「基本、脂の色と肉の色ですね。赤っぽいものよりピンクがかった薄い色をしているものの方が柔らかいし、脂は黄色っぽいものより白っぽいものの方がいい。やっぱり肉屋の肉は量販店でパックされて売っているものとは違うぞ、というところにこだわっていきたいですよね」

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こだわりの肉塊。こちらはメンチカツ用。今度お邪魔するときは、肉屋さんの“本気のメンチ”を食べてみたい……

平井さんは現在57歳。一緒に働く従兄弟の中野さんは47歳と、まだまだ現役。後継者問題に直面するのもはるか先のことではあるが、精肉店の仕事に興味があるという若手の後継ぎ候補がすでにいる、との話も。実現の暁には、肉屋さんならではの肉のこだわりと、コロッケグランプリで他店を圧倒するレベルのオランダコロッケや各種メニューもバッチリ引き継いでいってください!

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右から3代目店主の平井浩明さん、平井さんのお母さん、従兄弟の中野武士さん

取材・文/田中元
撮影/今井裕治

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