「町のためにこの店が必要」樋口豆富店

No.40
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「町のためにこの店が必要」
着ボイスを作るIT系男子が
老舗豆腐屋の三代目に!

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味噌汁や麻婆豆腐の具材、あるいは高野豆腐や厚揚げ、油揚げなどのベース、さらにはそのまんま食べる冷奴などなど、豆腐はいつの時代も日本の食卓に並ぶ超メジャー食材だ。にも関わらず、町から豆腐屋の姿が減りつつある。夕方にラッパを鳴らしながら売りにくる豆腐屋さんも最近はほとんど見かけなくなった。スーパーに行けば買えるけど、あれではなんだか物足りない。そんな状況の中、一人の若者が「町の豆腐屋」復権のために立ち上がった!

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/田中元)

早朝からスタートする
豆腐屋さんの仕込み作業

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朝靄の中、取材スタート!(※豆腐づくりの際に発生する湯気が換気扇から吐き出されているだけです)

写真ライター田中

「おはようございます、寝るのはだいたい朝7時、極度の夜型ライター田中です。眠いです。さて、現在の時間は朝6時。就寝前に起床するという時空の歪みの中、朝の仕込みから豆腐屋さんを取材させていただくこととなりました」

やってきたのは信越本線群馬八幡駅から徒歩一分の「樋口豆富店」。取材班が予定どおり朝6時に到着したところ、すでに仕込み作業は開始していた。なんたる早起き……。

こちらが樋口豆富店3代目店主の関根優さん(38歳)。

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3代目店主・関根優さん。田中が見習いたい好青年である

写真ライター田中

「豆腐屋さんってのは朝早いんですねぇ」

写真関根さん

「そうですね! 今日も3時からここで作業をしてますよ!(爽やかに)」

写真ライター田中

「あ、はい(なぜか心折れ気味)」

まだ脳の回線がつながってない様子のライター田中。とりあえず作業中の関根さんの豆腐づくりを追った。

1 【前日から井戸水につけてふやかした大豆を専用のマシンですり潰す】

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蛇口から水をたっぷりと注ぐ。水の量は体が覚えている

2 【すり潰された大豆がペースト状となって出てくる】

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ペースト状となった大豆のことを「呉」と呼ぶ

3 【第2のマシンで豆乳とおからに分離する】

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手前が豆乳、奥がおから。分離の割合は関根さん独自の調節度合いとなっている

4 【分離された豆乳に「にがり」を加える】

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バケツで一気ににがりを投入。水と同様にこちらも体で覚えた量が重要

5 【豆乳とにがりを混ぜ合わせてほどよく固める】

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豆乳とにがりを攪拌。シンプルな作業に見えるが、タイミングを見計らっては回転方向を変える繊細な作業だ

6 【固まった豆乳を型に盛っていく】

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凝固し始めたところで型に入れていく。豆腐(左)は丁寧にそっと、厚揚げ(右)はやや粗っぽくするのがポイント

7 【第3のマシンでプレスして水抜き】

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型いっぱいに盛ったところで上から押さえつける

8 【しっかり固まったら型から取り出す】

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型ごと水の中に入れ、逆さまにして取り出す。冷たい井戸水なので冬場はきつそう

9 【豆腐を均等なサイズに切り分ける】

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水の中で包丁を入れていく。一丁がかなりでかいのも樋口豆富店の特徴だ

10 【切り分けた豆腐を一丁ずつパックに詰める】

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豆腐をパックに詰める関根さんのお母さん。パックに入りきらずはみ出した部分は切り取る

写真ライター田中

「豆腐が完成する様子、はじめてみましたよ! それにしても、こんな大変な作業を毎朝…」

写真関根さん

「ええ、毎朝。だいたい3回、この工程を繰り返しますね」

写真ライター田中

「3回! 非常に手慣れてますけど、習得するまで結構大変だったんでしょうね」

写真関根さん

「そうですね。先代店主だった祖父に教わったんですけど、最初は本当に失敗続きで、全部捨ててましたね」

写真ライター田中

「この量を全部……聞いてるだけでめげそう……」

写真関根さん

「でも『それだけこだわってたら、そのうち必ずいいものができる』と励ましてくれる人たちもいました。おかげで頑張れて、今に至っています」

おそらく創業80年ちょい
そんな老舗を継ぐ前は某局関係者

朝の仕込み作業も落ち着いたところで、改めて樋口豆富店の歴史を聞くことにしよう。

ひと仕事終え、スッキリした様子の関根さん。

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仕込みを終えてリラックスしながらインタビュー

写真ライター田中

「関根さんが3代目ということですが、そうなると創業者は関根さんのおじいさんですか?」

写真関根さん

「えっとですね、おそらく3代目になるかと思います。僕が聞いている話だと、祖母が小学4年だか5年の時に、その父、つまり僕の曽祖父がはじめたんだそうです。祖母も亡くなってしまったので正確なところはよくわからないんですが、創業80年以上にはなるらしい。僕、今38歳なんですけど、50代のどこかで創業100周年になるって言ってましたね。祖母が生きていれば今年で90いくつだかで……ええと、すみません、とにかく創業から80年は経ってます。数字が苦手なんで、よくわからない(笑)」

写真ライター田中

「承知いたしました!」

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創業年数についてはお母さん(奥)や奥さん(手前)からもツッコミが入る。というか奥様、スタイルいい!

写真関根さん

「曽祖父は沼田出身で、若いころに高崎に出てきて、最初は農業をするつもりだったらしいんです。けど、町に一軒だけあった豆腐屋が店をたたむというので、じゃあ代わりにやってみようかと。で、やめる方に直接教わって豆腐屋を始めたんだそうです」

写真ライター田中

「ということは、ひいおじいさんが創業者だけど、豆腐屋さんとしてのノウハウはさらに以前から引き継がれているんですね。それで、関根さんのおじいさんが2代目に?」

写真関根さん

「そうなります。そして後継ぎがいないまま、祖父がずっと店を続けていました。父は別の仕事をしていたこともあり、将来的には僕が継ぎたいなということはぼんやりと考えてはいました。ただ、僕自身も大学を卒業してから3年間ほど、東京の会社に就職して働いていたんですよ。ここから東京まで新幹線で通ってたんです」

写真ライター田中

「え、東京でサラリーマンを? どんな職種だったんですか」

写真関根さん

「SE(システムエンジニア)です。お台場にある某テレビ局関連の会社で、着ボイスやガラケーの待ち受け、ポッドキャストなんかを作る部署で働いてました

写真ライター田中

「えーっ、豆腐屋とまったく無関係!」

写真関根さん

「驚くほどに関係なかったですね」

写真ライター田中

「それがどういうきっかけでお店を継ぐことに?」

写真関根さん

「社会人になって2年ぐらい経ったころ、祖父の体調が悪くなって、店が閉まりがちになってたんです。それで東京から夜に帰って駅を降りると、一番最初に見えるのがうちの店なんですけど、電気が消えているとすごく寂しく感じて

写真ライター田中

「それまで当然あるものだと思っていたものが、このままなくなってしまう……なんとなくそう感じてしまったと」

写真関根さん

「ええ。大げさに言うと、ただ実家の豆腐屋がなくなるということ以上に街の明かりが消えていくような気がしたんです。同時にその頃に一番上の子が生まれたんですが、通勤時間も長かったため家族の時間もなかなか取れなかったんです。いっそ地元で仕事できれないだろうかと思いはじめて、だったら今すぐに豆腐屋を継げばいいんじゃないかって」

写真ライター田中

「条件が色々重なったんですね」

写真関根さん

「まぁ、予定より随分と早まった形ですね。そうそう、たしか幼稚園の頃の文集に『大きくなったら豆腐屋さんになりたい』って書いてんですよ。忘れてたんだけど、そのこともこの頃に思い出して。もともとやりたかったんだし、早まるくらいどうってことねぇだろってね」

写真ライター田中

「いい話!」

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取材中に出勤前の妹さんが訪れたり、息子さんが学校へ向かったりとアットホームな雰囲気

味も健康もバッチリ
日々修行とは思えない完成度

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日々修行だと語る関根さん

東京の仕事を辞めて、店を継ぐために祖父から豆腐づくりを教えてもらうことになった関根さん。しかし、これがどうもうまくいかない。子どもの頃から作業場を遊び場にして、祖父の仕事ぶりを見ていたというのに、いざやってみると見ていたとおりになんて全然できなかったという。

写真関根さん

「全然でしたね。そんな僕に祖父が常々言っていたのは『とにかく日々修行だ』ということ。すごくいい豆腐ができる日もあるけど、翌日もそれができるわけじゃない。結局、祖父は僕が店を再開させてすぐに亡くなってしまった。まだまだ聞きたいことは山ほどありました…。そこからはどうにか自分なりにも工夫しながら7年。最近では『よくここまで来れたな』と、以前からの常連さんたちに褒めてもらうことも多くなりました」

写真ライター田中

「再開から7年ということは、継いだのは2010年とか11年頃ですか?」

写真関根さん

「僕が店主としてオープンしたのが2007年だから……あ! 7年じゃない、今年で11年だ! ホントごめんなさい、数字苦手なんですよ(苦笑)。あ、そんなことより、できたての豆腐、食べてってくださいよ!」

写真ライター田中

「その言葉、待ってました!」

ということで出来たての豆腐、いっちゃいます!

まずは木綿豆腐から

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まだあったかい。これに醤油を垂らして…こんなの美味いに決まってる!

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あーん

写真ライター田中

「すんごいふわふわ! そして濃厚! やっぱ豆腐屋の豆腐はすごいわ!」

写真関根さん

「ありがとうございます! うちの豆腐の消費期限は3日。早ければ早いほど美味しいので、なるべくその日のうちにとお勧めしています!」

続いては厚揚げ!

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厚揚げも醤油を軽く

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熱い、美味い、熱い、美味い

写真ライター田中

「豆腐屋さんが本気でつくった厚揚げ、レベルが違う!!」

さらには純度100%、
添加物一切なしの豆乳

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テイクアウトもできる豆乳。スーパーフレッシュ!

写真ライター田中

「これも最高ですね! 濃厚だけど、嫌な臭みもない。お砂糖を添加してなくても豆腐本来の甘みが感じられて、非常に美味しいです。そして間違いなく健康に良いだろうし。こりゃ癖になるわ」

豆腐屋さんでは
お豆腐を売っています

写真ライター田中

「安心な素材と、丁寧な仕事ぶり、そしてなにより味がいい。こういう専門店の偉大さは、改めて評価されるべきだよなぁ。今日、取材して、そして食べてみてそのことを実感しました」

写真関根さん

「でも豆腐屋が豆腐だけ作っていても、なかなか客足が増えないんですよ。祖父の代からの常連さんもいますけど、みなさん歳をとっていきますしね」

写真ライター田中

「時間とは残酷なものです(真顔)」

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「今後も店を継続していくには僕がいい豆腐を作るだけでなく、もっと別の方法で若い世代を呼び込む必要があると思いまして。そこで妻の発案で豆腐スイーツも出すようになりました。豆乳プリンに豆腐ドーナツです」

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豆腐ドーナツと豆乳プリン、奥は豆乳。豆乳プリンはプレーンといちごの2種類。これがまた美味いのである

写真ライター田中

「豆腐屋さんが本気でつくる豆腐スイーツ…これ目当てで来られる方も多そうですね」

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「そうなんですよ。実際に若いお母さんとかが来てくれるようになりましたね。なんですけど、スイーツ目当てのお客さんに『豆腐も売ってるんですね』って言われるんですよ(笑)」

写真ライター田中

「ほっほう」

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豆腐屋の前に置かれた「とうふあります」看板のシュールさたるや

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「今ってやっぱり、豆腐はスーパーで買うものというイメージなのかもしれないですね。うちのは1パック150円ですけど、スーパーだと100円ぐらいですし。でも、こっちは手間暇かかっていて技術も上だという自負があります。それに東京ではデパートで高い豆腐を買っていく方が珍しくないじゃないですか。高崎は人口が少ないからちょっと難しいけど、良い豆腐が売れる余地は十分にあるんじゃないかと思っています」

写真ライター田中

「何より美味しいですしね。地元の人がどこかで食べる機会が増えるといいですよね」

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「実は地元の小中学校が給食にうちの豆腐を使ってくださっているんですよ。地産地消ですね。何の気なしに子ども時代に味わって、数年後にたまたまうちの豆腐を食べて、あの味はこの店のものだったのか、と気付いてくれたら嬉しいですよね」

写真ライター田中

「おじいさんも喜びますよね」

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「そうですね。前より美味しくなったねと常連さんに言っていただけることも増えて来ましたし、祖父に勝ったなと思える豆腐ができる日もあるので、祖父がそうだったように今後も修行のつもりで続けていきます!」

力強い言葉とともに、高崎の豆腐文化を守る若手店主・関根優さん。数字、特に年数計算は少々苦手のようなので、そう遠くないはずの創業100周年がいつなのか正確なところは不明だが、今でも十分に創業100年を支えるに相応しい味とボリュームの豆腐を堪能できる。残念ながら通販等は行なっていないが、それもできたての味を守るため。近くに寄ったら是非立ち寄って欲しい。本当の豆腐とはこれのことだ!

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取材・文/田中元
撮影/今井裕治

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