死ぬほどセンスのいいジャズ喫茶蔵人

No.36
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明治時代の蔵をリノベした空間に
巨匠作のテーブルが鎮座する
死ぬほどセンスのいいジャズ喫茶

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豆の産地や品種のみならず、淹れ方にもこだわる「サードウェーブ・コーヒー」。そのブームをきっかけに、古き良き喫茶店のスタイルが注目を集めています。そして実はここ高崎にもイイ感じのお店が結構あるのです。お洒落カフェや海外チェーンも良いけど、本当の幸せは意外と近くにあったりするもんですねえ。ということで今回はそんな中から高崎が誇る名門ジャズ喫茶に足を運んできました。

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/吉田大)

かつてはカリスマ美容師
今はカルチャー伝道師

写真ライター吉田

「こんにちは!コーヒー好きライター吉田です。今回お邪魔するのは、今や希少な存在となってしまった『ジャズ喫茶』。なんとこちらのお店、日本全国からお客さんが集まってるらしいんですよね。そいつは気になる!ってことで、早速現地に向かってみましょう」

そう言いつつ、ライター吉田がやってきたのは群馬県南部を走る“東国文化歴史街道”。この街道沿いの、かつての宿場町「倉賀野宿(現在の倉賀野町)」にあるのが、今回訪れるジャズ喫茶「蔵人(クラート)」だ。

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看板がすでにアート

店名にもあるとおり蔵をリノベーションして作ったというお店。外観は蔵そのもの。

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これはセンスありありですわ

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店の隣にはよく手入れされた小粋な庭。シャ、シャレてますわ

写真ライター吉田

「歴史ある宿場町の蔵をジャズ喫茶に。しかも外観と庭から漂うこのハイセンスさ。ハハーン、さては地主の道楽息子が先祖の蔵で遊んでる系のアレですか

などと失礼な妄想をキメつつ、お店に足を踏み入れる吉田。

ドアの向こう側はある意味予想通り、

THE 道楽の極み!

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店内を埋め尽くす古書、アナログレコード、そして妙に高そうな骨董品の数々

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床の板の経年変化ぶりにも店主のセンスのよさが感じられる

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雑然と整然の間、ちょうどいい塩梅でレイアウトされるレコードやその他の置物たち

間違いなくこれは道楽者が作った空間。吉田がそう確信したところで登場したのが、マスターの根岸蔵人さん(73歳)である。

激渋!!

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笑顔が素敵なジャズおじさん。ポップな中に毒を感じるファッションから「昔は悪かったんだろうなあ」感が漂う

写真ライター吉田

「それにしてもすっごいお店(空間)を作っちゃいましたね。正直、高崎市のしかも郊外にこんなお店があるなんてビックリしちゃいました。そして出会って5分で聞くことじゃないですけど、これだけのものを集めたり作ったりするのって相当コッチ(=お金)がかかりますよね」

写真根岸さん

「まぁ、そうですね。私は若い頃、東京で美容師をやってまして、昭和46年に20代半ばで高崎に戻って美容室を始めたんです。“東京から来た男の美容師”という物珍しさもあって、いきなり繁盛してね。以降、お金はそれなりにあったんですよ

写真ライター吉田

「そのセリフ、言ってみたい!」

写真根岸さん

「それで美容師としても成功した39歳のある日のこと、倉賀野に来てこの蔵と出会っちゃったんです。タイミングよく売りに出ていたものですから買ってしまってね。ちょっと小さかったので、ほかの場所にあった蔵を解体して増築までしちゃいました」

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二つの蔵を合体することで奥行きを確保。さらに2階部分の床をぶち抜くことで開放感のある吹き抜けの空間を作り出している。

写真ライター吉田

「てっきり地主の道楽息子が先祖の蔵で遊んでる系かと思ってましたが、ちゃんと自分の稼いだ金でやり尽くしてるわけですね。で、素朴な疑問なんですが、なぜカリスマ美容師だった根岸さんがこの蔵を買っちゃったんでしょうか?」

写真根岸さん

「もともとオーディオ好きで、自分が好きなジャズを大音量で聴きたくてね。ここの蔵は30センチくらいの土壁なので、防音という面でしっかりしている。うちは隣が交番なんですが、夜中にすごい音量で音楽を聴いてても苦情がくることは全然ないですよ。それとほぼ土と木で出来ているので吸音性が高い。つまり音が反響しないため、音楽を聴く空間としても申し分ない」

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蔵の内部は照明を落とせば真っ暗になるので、映画を見るにも都合が良い。見上げれば最新鋭のプロジェクターの横に3管タイプのヴィンテージプロジェクターが

写真ライター吉田

「愚問ですが、オーディオにも相当こだわってるわけですよね?」

写真根岸さん

「そうですね(←眼鏡の奥の目を光らせながら)。オーディオのシステムは、その時々で違いますな。スピーカーはJBLとALTEC、アンプはマッキントッシュとレビンソン、LPプレイヤーはLINNと…他にもいくつかあります。今は2種類のシステムで聴くことが出来る形になってます。実は最近オーディオの配置変えをしまして絶好調なんですよ…フフフ」

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ガラスで覆われたオーディオブースのラックには各種音響機材が

写真ライター吉田

「(マ、マニアック…)ちなみにレコードって何枚くらいあるんですか?」

写真根岸さん

ジャズだけではなくて、クラシックやアイドルなんかもあります。かなり厳選して3000枚。この作業に関しては、本当に終わりがないんだよね。欲が尽きることがない。『これで完璧』と思っても、やっぱり別の物を置きたくなってくる。それで不幸になってるんだよねえ(←すごく嬉しそう)」

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根岸さんは70代となった今もレコードをガンガン掘り続けている現役のディガー。近所や都内のレコード店で、中古、新品を問わず様々な音源をゲットしている模様。

調度品が美術館所蔵品級!
ちょっとこの店普通じゃない

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所狭しと並べられている絵画、彫刻、器。質、量ともに半端じゃない蔵書は、手にとって読むことが出来る

レコードや書籍、オーディオ機材が充実しているのは、ある意味ジャズ喫茶としてはあたりまえ。このお店がすごいのは、それ以外のカルチャー要素。お店を見回すと、そこら中に絵画や器といった美術品が置かれているのだ。何気なくそっち方面に話題を振ってみると、期待を上回る特濃のお話が聞けた。

写真根岸さん

「若い頃から、柳宗悦周辺の民芸関連の美術品が好きで。あちらの棚には、濱田庄司(※2 はまだ しょうじ)、河井寛次郎(※3 かわいかんじろう)の作品があります。実はこのテーブルも版画家の棟方志功の作品なんですよ」
※2〜3:共に民芸運動の作家

写真ライター吉田

「は?」

写真根岸さん

「いや、だからこれ棟方志功が作ったテーブルなんです」

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> まさかのSIKOH MUNAKATA作 <
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20世紀美術を代表する世界的巨匠・棟方志功作のテーブル。「うちで一番のご馳走といえば、このテーブルで飲むコーヒーなのかも」と根岸さん。いやいや、緊張しますから!

そのほかにも、博物館クラスの家具などが普通に使われていたりも。なんちゅう店だ……ここまで突出したセンスをお持ちのマスターのこと。もう断言しちゃっていい。コーヒーだって美味しいはずである。

写真根岸さん

「どうですかね(笑)。一応、富岡でコーヒーの焙煎をしている親戚がいるんですが、そこの焙煎士の方と相談して、オリジナルブレンドを作ってもらってます。用意しているのは深入りと浅煎りの2種類ですね」

写真ライター吉田

「なんとかラテとか、ほにゃららフラペチーノとか、よくわかんない種類のコーヒーを出す店もありますが、こちらではコーヒー2種類のみで直球勝負していると」

写真根岸さん

「ですね。ただ、コーヒーと一緒にチーズケーキとクッキーは出していますよ。とあるお店の方に作ってもらっているんですよ」

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棟方志功作のテーブルに直置き(!)される深煎りコーヒー(600円) ※後で聞いたら普段はトレーに載せて出しているとのこと。そりゃそうであろう

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文化の香りに包まれて、ちょっぴり気取った気分になっている吉田

今回いただいた深煎りコーヒーは、酸味が弱めで非常にスッキリした味わい。昨今のプレミアムコーヒーのように思い切り主張してくる感じではなくて、味と香りが非常に繊細で、まさに古き良き喫茶店のスタイルといった感じ。

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他のお店にお願いしてオリジナルで作ってもらっているという「チーズケーキ」(300円)

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しっとりとしたチーズケーキは甘さ控えめ。香りもそれほど強くなくて、やっぱり控えめな感じのコーヒーとよく合う

写真ライター吉田

「コーヒーはもちろん、クッキーやチーズケーキも、すっごく美味しいですが、やはりこの空間あってこそ。仮にテイクアウトして家で楽しんだとしても、同じ感動を味わうことはできないだろうなと思います。店の雰囲気含めて、五感で味わい尽くして欲しい逸品です」

蛇足的に聞いた昔話が
やたらとスゴすぎた件

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根岸さんはとにかく会話の引き出しが多い方なので、店に行った際には、ぜひ話しかけてみてほしい。きっと面白い話が聞けるはずだ

ここからちょっと話は脱線するが、マスターの根岸さんとジャズとの出会いの話がとってもおもしろかったので、(メシの話と関係ないけど)披露しよう。

写真根岸さん

「僕は群馬出身ですが、東京の高校に通っていたんです。当時は『美大に行こうかなあ』なんて思ってたので、勉強も兼ねて目白にある画材屋さんに通ってたんですよね。そうしたら、そこに平野威馬雄さんがいて、『ウチの親族がやってる美容室で働かない?』って誘われたんですよ。で、住み込みで入ったところ、和田誠さんをはじめとするジャズ好きの集団に捕まってしまった(笑)。それが僕のジャズとの出会いですね」

説明しよう。平野威馬雄さんとは詩人でフランス文学者。もっとわかりやすく言うと、料理研究家の平野レミさんのお父上である。さらに和田誠さんはジャズ好きで知られる大御所イラストレーター。そして平野レミさんの夫であり、トライセラトップス和田唱さんの父上であり、もっというと女優・上野樹里さんの義父である。

写真ライター吉田

「目白のサロンでジャズとアートの洗礼も受けた……っていうか、和田誠さんと平野レミさんも、そこで出会ったんですね! そんな才能ある若者が集まる場所に根岸さんも通っていたと」

写真根岸さん

「まぁ、そうですね。当時はジャズがブームで、一番カッコイイものだったからね。目白だけじゃなく新宿のジャズ喫茶『ビレッジ・バンガード』とか『風月堂』でもよく遊びました。その頃、国内版のレコードが1900円くらいだったんですが、ブルーノート(※ジャズの名門レーベル)のレコードは2800円する。もちろん若いから良いオーディオなんて買えるはずもない。だからみんなジャズ喫茶に行くわけです」

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昔話がどこを切り取ってもかっこいい

そんなこんなで、60年代の東京で美容師として働きつつ、ジャズとアートの世界にのめり込んでいった根岸さん。あの時代のあの文化を実際に体験しているのは、おそらく相当貴重だし、若い人は当時の話を聞きに行くべきでしょう!

写真根岸さん

「僕はね、高崎に戻って来た時に、やっぱり“文化”を伝えていきたいと思ったんですよ。だから、39歳で買ったこの蔵もね、ジャズ喫茶をやる前は20年ほどサロンとして利用していたんです。それこそお客さんを招いて、映画鑑賞をしたり、音楽鑑賞をしたりね。ジョン・ゾーンとかデレク・ベイリーを呼んで、演奏してもらったこともあったなぁ。もっとも商売って感じではなくて、あくまで趣味の範囲でしたけどね」

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当時のフライヤー。それにしてもジョン・ゾーンとデレック・ベイリーのライブとは…分かる人にしかわからないコアなセレクト

写真根岸さん

「まぁ、自分でサロン作ってみたはいいけど、当時は美容師の仕事が忙しいから中々来れなかったんですよ(苦笑)。一度来ると楽しいから、もっといよう、まだいようと粘ってしまってなかなか帰らなくてね。で、どんどん寝不足になる。結果、51歳の時に脳出血で倒れちゃった

写真ライター吉田

「それはまた……」

写真根岸さん

「仕事盛りだというのに自分では美容師が出来なくなってしまったんですよ。そしたら、さらにジャズの方に気持ちが行ってね。『これはもうジャズだけで生きて行こう』と決心して、60の時にここをジャズ喫茶にしたというわけ

360度オレの店……だけど
一刻も早く店を譲り渡したい

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お気に入りの空間を心おきなく楽しむために…

大好きなものを集めたお店で、音楽、映画、コーヒーに恋と、悠々自適過ぎるリタイアライフを満喫する根岸さんだが、実はお店を引き継いでくれる後継者を探しているとか。しかも「一刻も早く譲り渡したい」らしい。一体どうして?

写真根岸さん

僕も客になりたいんだよ(笑)。だから早く人に譲りたい。売っても良いし、貸すのでも良いですよ」

写真ライター吉田

「こんな店を継げるって、すっごく良い話のような気もしますが、ちょっと荷が重い感じも……後継者になってくれそうな若いお客さんっています?」

写真根岸さん

「というか若いお客さん自体が少ないねえ。まあちょっと敷居が高いのかもしれないけど」

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たしかに敷居は高め…だがそこがいい

写真ライター吉田

「外観を見た感じ、何の店か分かりにくいってのもあるかもしれませんね。ただ、今は国内外で空前のジャズブームが起こってますし、民芸も再ブレイクしつつある。この店が発信する価値観に共鳴する若者は多いと思います。この記事をきっかけに若い人がたくさん来たら……」

写真根岸さん

「いやぁ、あんまり繁盛しちゃうのも困るんだよね。僕の居場所がなくなっちゃうから(笑)」

写真ライター吉田

「複雑ですね(笑)。で、後継者なんですが、どんな人を希望します?」

写真根岸さん

まあ音楽が好きなら良いよ。ジャズじゃなくても良い。あとは、ちゃんと経営が出来る人だよね」

写真ライター吉田

「経営つっても、2種類のコーヒーとクッキーくらいしかないじゃないですか。正直儲かる構造になっていないような(苦笑)」

写真根岸さん

今のやり方じゃ潰れちゃうから、そこをなんとか出来る人だよね。僕だって先が長くないだろうし、こちらが色んなことを伝えられるうちに、譲りたいんだよね」

写真ライター吉田

「この空間が持つポテンシャルは相当なものだと思います。過去と現在、そして未来の文化をつなぐサロンとして、どうにか機能できれば……そしてそれをマネタイズできる有能な人、ふるってご応募ください!」

写真根岸さん

「そうそう、これってある意味、文化事業の側面もあるから、高崎市がなにかやってくれないかな。高崎市役所のみなさんいかがですか!?(笑)」

マスターの話によれば、倉賀野周辺は烏川の水運で栄えていた場所で、東京から生活必需品とともに様々な流行や娯楽が流れ込んでくる文化の交差点的なスポットだったそう。そんな場所だからこそ、文化を育てるハブとしてこれからも機能させていきたい。マスターは本気でそう思っている。

一人の客としても思う。

センス抜群のマスターが“美しい”と感じるもので埋め尽くされた空間で飲むコーヒーは、そこはかとない文化の香りがする。そして目をつぶり、スピーカーから流れてくるジャズに身を委ねる。こんな素敵な体験ができる店を、絶やしてはいけない。

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根岸蔵人さんと奥様の由美さん

取材・文/吉田大
撮影/今井裕治

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