祖父は元祖ハイパーメディアクリエイタートムソン

No.28
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祖父は“群馬の上海”を盛り上げた
元祖ハイパーメディアクリエイター?
「食える喫茶店」の知られざる歴史

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明治から昭和期の前半まで、高崎に“群馬の上海”と呼ばれ、大変賑やかだった町があるという。その町の名は「新町」。ところが今回調査のためいざ町に降りたってみると、商店も人もまばらでかつての面影は皆無…。そんな新町で昭和40年代から営業している純喫茶『トムソン』は、温かい雰囲気が滲み出すぎている夫妻がほっこり営む名店だという。しかもやたらとフードメニューが充実しているとか。絶メシ調査隊は、そんな喫茶店で“群馬の上海”のかけらを探しに行った。

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/船橋麻貴)

そもそも“群馬の上海”ってなんだ?

写真ライター船橋

「レトロ喫茶が大好きなライター船橋です。インスタ映えする喫茶店に行っては自己顕示欲丸出しの画像をアップする日々を送っております。え、インスタ映えじゃなくて、インスタ萎えだろって!? ムキーッ! 誰ですか、そんな失敬なことを言う奴は(怒)」

リア充になりたくてもなれないライター船橋がやってきたのは、かつて“群馬の上海”と呼ばれた高崎市新町に佇む純喫茶「トムソン」だ。“群馬の上海”という味わい深い異名を誇った町に、唯一残るという純喫茶の店。その外観はレンガ造りに木枠の窓と、申し分ないレトロ感である。

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自家焙煎と書かれているが、10年以上前から自家焙煎はしていない模様

そして店内はこんな感じ。

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木枠の窓と皮張りのチェア。これだよこれ

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ナイスな色のコーヒーミル

店内の雰囲気も実にレトロそのもの。まるである時から、時間が止まってしまっているかのよう。入店直後からインスタ映えしそうなものばかりだ。思わずライター船橋もスマホを取り出しカメラを構えてしまう。

そんな船橋を優しい笑顔で待っていてくれたのは、ここトムソン店主の安原和男・ひとみさんご夫婦だ。

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店主の安原和男さんと、奥さんのひとみさん。会って3秒でステキな人だとわかる

写真ライター船橋

「こんにちは、絶メシ調査隊の船橋です。ステキすぎるお店ですね! もうインスタ映えが止まりません。いきなりなんですが、このあたりはかつて“群馬の上海”と呼ばれていたそうですね」

写真和男さん

「ええ、そうです。僕がこの店を始めたのは昭和46年なんですけど、当時この町には10軒以上も喫茶店があるほど賑やかだったんですよ。だからそのように呼ばれていて。でも、今は町も元気がなくなちゃってね、喫茶店もうちだけになっちゃったんですよ」

写真ライター船橋

「そうですか…」

写真和男さん

「でも昔は本当に賑やかだったんですよ。自衛隊の駐屯地や化粧品メーカーがあって、隊員さんや女工さんもそれぞれ1000人以上もいたもんだから、夕方になると町は人でごった返してね。この近くの“銀座通り”なんて、歩くだけで肩がぶつかるくらい。昭和40年代くらいまでは賑やかだったんですが…」

写真ひとみさん

「今はご覧の通り。もう、どこが“上海”だってくらい静かなもんですけどね(苦笑)」

写真ライター船橋

「ちなみに和男さんがこの町で喫茶店を始めようと思ったきっかけは何ですか?」

写真和男さん

「東京の大学を出た後、実家に戻ってぶらぶらしていたら、オヤジが『何かやりたいことをやらせるから言ってみろ』って言うんですよ。学生時分、銀座の老舗喫茶店でアルバイトしていたし、コツコツこなすマメな仕事が好きだったもので、なんとかやれるかもってことで、喫茶店を妹とふたりで始めることにしたんです。当時、僕は22、23歳。自己資金もまったくないから親に頼んで、実家の一角を使わせてもらってね」

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なお店名の “トムソン”は、「創業当時、流行っていた名前だった」(和男さん談)という理由でつけたという

写真ライター船橋

「資金も場所も提供してもらったんですか? まさか和男さん、いわゆる“ちゃんぼつ”(=おぼっちゃま)では?」

写真ひとみさん

「というより代々安原家は、江戸時代後期に創業した足袋屋から続く商いの家系でね。この人はそんな家系で自由にのびのび育ったもんだから、スーツにネクタイといった勤め人になるという考えはなかったみたいなんです(笑)」

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「そんなこと言うなよぉ」という表情の和男さんと、「あら、ごめんなさい」と口元を抑えるひとみさん。おっとりとしたご夫妻。とてもお似合いである

脱・足袋屋!
多角的にメディア業を手掛けた
ファンキーな祖父

ここまでの話を整理しよう。江戸時代から続く商家の子として、自由に育った和男さん。大学卒業後に、勤め人になる気もなかった和男さんに手を差し伸べたのがお父さんで、そのお父さんのサポートもあり、「なんとなくやれそう」という理由で喫茶店をオープンしたという。というか江戸時代から続いていた足袋屋はどうなったのだろうか。

写真和男さん

「あぁ、僕が喫茶店を始める当時、すでに足袋屋はたたんでいたんですよ。いろいろ経緯があるんですが、祖父の代のときに、着物が着られなくなったから足袋屋だけではやっていけないだろうということでね。祖父は軍人だったのですが、退役後に活版印刷業や写真館、映画館の3つの商売を始めたんです。あれは大正時代だったのかな」

写真ライター船橋

「足袋屋だったのに印刷&写真&映画を同時に始めるって……おじいさん、かなりイケイケじゃないですか!! 全部メディア業だし、多角的だし。今でいうハイパーメディアクリエイターってやつですよ」

写真和男さん

「よくわかりませんが、単に派手で新しいもの好きだったみたいです。しかもかなりの遊び人だったと聞いてます(苦笑)。それだからなのか私の父ともソリが合わなくて……。父は満州鉄道の写真部に就職したんですけど、その後、祖父が早くに他界して家業を継ぐことになりましてね。3つも商売できないってことで、父が映画館に一本化したわけです。映画館はそれなりに流行ったんですよ」

写真ライター船橋

「だけど和男さんは映画館ではなく、喫茶店を始めるわけですよね。映画館を継ぐ、ということは考えなかったんですか?」

写真和男さん

「昭和40年代中頃には、映画館も客足が減って廃れ始めていたんですよ。最盛期にはこの町に3軒あった映画館も、当時はうちだけになってましたし。映画館をやっていくのは厳しいだろうから、喫茶店をすることにしたんですよ。喫茶店ならなんとかなるかなと思ってね」

写真ライター船橋

「なるほどー。でも遡ってみると足袋屋がダメで映画館、その映画館もダメで喫茶店。で、その喫茶店もいま町で一軒のみなんですよね。もうデジャヴ感がハンパない…」

写真和男さん

「時代は繰り返されるんですね」

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店内に飾られた古い時計。今は、もう、動かない

写真ライター船橋

「話を変えましょう。奥様とはどうやって出会われたんですか?」

写真和男さん

「妻は、店の前にある群馬銀行に務めていたんですけど、女子行員さんは、お店に何人も来てくれていて。妻はそのなかのひとり。それで、まぁそういうことになったんです

写真ライター船橋

「端折りすぎですよ(笑)。つまり、一目ぼれしたと?」

写真和男さん

「(こくり)」

写真ライター船橋

「ほっほう。たくさんいる女子の中から、たった一人を選び抜いたわけですね。ひとみさん的にはどう思いました?」

写真ひとみさん

「なんで私?とだけですよ(苦笑)。だって世間のことは何もわかってない21歳の小娘でしたから。彼は私よりも随分年上でしたし(※10歳上です)」

写真ライター船橋

「けしからん! で、和男さんはどうやって声かけたんですか?」

写真和男さん

「いやいや声なんてかけられませんよ! うちの親の友人の中に、妻の親と知り合いがいたので仲人をしてもらったんです。仲人さんのおかげもあって、昭和53年の8月に見合いして10月には結納、翌年に結婚したんです」

写真ライター船橋

「その仲人さん超絶仕事できる……とりあえず紹介してください(真顔)」

こうして夫婦二人であらたなスタートを切った純喫茶「トムソン」。創業から46年、夫婦二人で歩んで38年。今では町唯一の喫茶店として、ここ新町にはなくてはならない存在となっている。ただ現在の新町から、かつて“群馬の上海”と言われた輝かしい時代の面影を探すのは難しい。そうした現実について、和男さんもこうつぶやく。

写真和男さん

「スーパーやコンビニができ始めた20年くらい前から、商店が減りだしてね。八百屋さんも魚屋さんも豆腐屋さんも、みーんなやめちゃった。気にしないつもりでいたけど、やっぱり寂しいです。だからそれはひとつの事実として受け止めて、続けられることはやっていこうと思ってます

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取材中も入れ代わり立ち代わりでやってくる常連さん。窓側の席での談笑が楽しげ。いつまでも、この風景が残りますように

夫婦のあうんの呼吸で生まれる
昔ながらの喫茶メニューたち

ファミレスなどチェーン店に負けないようにと、メニュー数を豊富に用意し、今や“食える純喫茶”として常連客に愛されているトムソン。コーヒーの価格も20年前から据え置き。周りの商店がなくなろうともいつでも前を向いてきた同店の看板メニューは、シチューとナポリタンだそう。その秘密をさぐるべく、こっそり厨房へ!

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細長い厨房内で夫婦並んで調理する

注文が入ると、夫婦ふたり仲良く並んで厨房で調理。シチューを煮込んだり、パスタを炒めたりといった料理を担当するは和男さん、それに合わせてパンを焼いたり、サラダを作ったりするのはひとみさん。そのあうんの呼吸は、お見事としかいいようがない!

シチューはデミグラスを使って丹念に手作り。

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穏やか口調とは違い、素早い手つきで料理を仕上げる和男さん

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じっくりと煮込んだシチューは、肉がゴロゴロで大きい!

「もうすぐ料理出るよ!」と和男さんの声に呼応するかのように、ひとみさんがサラダとパンを絶妙なタイミングで作っていく。

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サラダに乗せる玉子は、半熟具合もマヨネーズの加減も◎

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トースト前にマーガリンをたっぷり!

時は来た。

ついに、シチューセット(900円)が目の前に。

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ワクワク…!

ようこそここへ! うっふふっふ~♪

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トーストとシチューのいい香りが店いっぱいに漂う

肉との遭遇。

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どこからどう見ても肉。まごうことなき、肉

写真ライター船橋

「でっかいのにやわらかい肉。そしてひと口でデミグラスのコク・甘み・酸味が体中に染み渡るぅ~」

写真和男さん

「肉、おいしいでしょう? でも実はポークなんですよ、それ。僕はこのポークの味が好きでね。特にブランド豚とかではないんだけど、お肉屋さんを追いかけて質のいいものを入れてもらっているんです。あとは、肉の表面に火を入れる時、赤ワインをひっかけることで、豚肉とは思えないくらいやわらかくなるんですよ」

そしてシチューとともにやってくるパンの厚み。

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肉もパンも財布も厚めがお好きなライター船橋

写真ライター船橋

「うまいなあ。ふっわふわのパンにマーガリンの塩気が絶妙にマッチしてますね。ダイエットしてたことも忘れますよ。ホント、リバウンドしたらどうしてくれるんですか」

写真ひとみさん

「あ、今日のパンはいつもより厚めかも(笑)。新町のイシカワベーカリーさんにお願いして作ってもらってるパンを使ってるんです。ここのパンは食感も味も最高においしいんですよ」

そしてナポリタンセット(900円)も来た!

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ケチャップたっぷり系のやつ

くるくるくる~!

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ケチャップが麺とよく絡む。これぞ昔ながらのザ・ナポリタンよ!

う、うんまぁ~!

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「もうリバウンドしたらどうするんだなんて言わないよ絶対」

写真ライター船橋

「さ、さ、さ、最高です…。麺が細いから甘酸っぱいケチャップがよく絡んでいて、どこを食べてもうまい。これこそが、レトロ喫茶にある昔ながらのナポリタンってやつですな!」

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「ありがとうございます。今どきのパスタ屋さんみたいにゆで上げの麺を使ってるわけじゃないけど、昔ながらの味わいを心がけてます。そんなに難しいことはしてないけど、スパゲッティにも赤ワインを隠し味として忍ばせてるんですよ」

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セットのデザートは、抹茶ババロア、チョコレートババロア、パンナコッタなどからひとつチョイスできる。今回は抹茶ババロアを選択。うまし

レトロ喫茶といえば、これ! コーヒーゼリーであろう。

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純喫茶の代名詞的な器に盛られた自家製コーヒークリームゼリー(550円)

コーヒーと一緒に味わって、木枠の窓から外を眺める。これぞ至福のひととき。

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「#純喫茶で彼氏を待ってるなう」に使っていいよ。というか使えよ。いや、使ってください

インスタもいいけれど、心のシャッターでこの幸せな一瞬を切り取りたい。そんなことを思いながらライター船橋は、店の今後を訪ねてみた。

写真ライター船橋

「お店もおふたりの雰囲気も素敵ですし、ごはんもデザートもおいしい。自宅の近くにあったら絶対に通いたくなる名喫茶ですよ。だからこそ商店がなくなりつつあるこの町に、ずっとあり続けてほしいと願ってしまうんですが」

写真ひとみさん

「そう言っていただけるだけで、今までやってきた甲斐があります……どうもありがとうございます。子供は3人授かったんだけど、この店の跡継ぎはいないんです。小さいころなんかは、『僕が後を継ぐ!』なんて言ってくれたりもしたんですけど、今は違う道をそれぞれ見つけて歩んでいる。今の時代、この町で商いをやるのは大変だし、子供たちには自分のやりたいことをやってもらえたら、それでいいと思ってるんです。だから、いつまでできるかわかりませんが、夫婦ふたりでできるだけ長く頑張っていきたいですね」

写真和男さん

「ふたりでできるところまで。ええ、それでいいんです(にっこりと)」

時代とともに変わりゆく町で変わらないものがある。町に根を張って愛され続ける店がある。それがここ「トムソン」だ。かつての“群馬の上海”として栄えた町の姿はもうないけれど、夫婦が歩んできた店の歴史はいつまでも消えない。

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取材・文/船橋麻貴
撮影/今井裕治

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